ただひたすら剣を振る、試験官との模擬戦に挑む。(1)
第二大教室をあとにした俺は、お爺さんに連れられて校舎内を歩いている。
「…………」
前を行く背中を注視しながら顎に手をやる。
うーん。どう見ても普通のお爺さんだ。しかし、だとしたらさっきのアレは何だったんだ?
「ん? ――もしかして」
この時、初めてお爺さんが腰に帯びている剣に目がいった。
やっぱり間違いない。これはリィード村に住んでる鍛冶師ブルーノさんが鍛えた
でも、どうして学院の先生がこの剣を?
「さあ、着いたぞ。第一
お爺さんは顔だけ振り向いてそう言うと、歩みを止めることなくその中へ入っていく。
「……実技試験、ここでやるのか」
学院の敷地内に
「どうした? ギルバート少年」
出入り口の両開き扉の前から、お爺さんが不思議そうに声をかけてくる。
「すみません。すぐ行きます」
えっちらおっちら歩く背中を追いかけ、薄暗い通路を進むことしばらく。
やがて光が漏れてきて眼前に大きく開けた空間が広がった。
「ほっほっほ。けっこう集まったのう」
顔を上げたお爺さんが、ここより高い位置にある観客席を一瞥する。
俺たちが立っている
「……見物客がいるのか」
つられるように俺もお爺さんの視線の先を辿る。
観客席はほとんど空席だが、ざっと見た感じ二十人ほどいた。
値踏みするような視線を感じる。あまり良い気持ちはしない――あ、ジェシカさんもいた。目が合ったので軽く頭を下げる。仕事はいいのだろうか。
「すまぬ、ギルバート少年。きみに興味がある者らが勝手に覗き見にきたようじゃ」
言われるがままここまで来たが、どうやらこの人が実技試験の試験官で間違いなさそうだ。
もしこの人が昔から学院に勤めている先生なら、父さんと母さんを知っているかもしれないな。
「構いませんよ。俺がやることは変わりませんし」
「そう言ってもらえると助かるわい」
お爺さんは剣帯から鞘ごと長剣を取り外し、
「きみの剣、刃はきちんと落としてあるかね?」
にっこり笑った顔の前で抜刀する。
見覚えのある
やはり俺のと同じ……ブルーノさんが鍛えた長剣だ。
「はい」
俺も剣帯から取り外し、長剣を引き抜いた。
見惚れるほど綺麗な刃文が光を反射する。
「よろしい。では実技試験をはじめようか。説明は受けていると思うが、儂と模擬戦をしてもらうぞ」
お爺さんは鞘を足元に転がし、だらりと脱力して、剣を下段に構える。剣先を地面に引きずるような形だ。
「まずは準備運動といこう。儂の剣をできるかぎり凌いでみなさい」
できるかぎり、か。そう言われると完璧に防ぎきりたくなるのは俺だけだろうか。
「わかりました。やってみます」
言いながら俺も鞘を地面に置く。
その流れで右足を引き、両手で握っている剣の柄を右耳の横に持ってきて、切っ先をお爺さんに向ける。
見合うこと数秒。
沈黙の中、俺はお爺さんの一挙一動を見逃すまいと集中している。
「――ッ」
動いた。重力を感じさせぬ無音の踏み込みで、お爺さんが一気に迫ってくる。
だが俺は焦らない。父さんやキンググリズリーの超加速に比べればなんてことはない。
お爺さんはそのまま小細工なしの剣撃を放ってくる。
俺は冷静に太刀筋を見極め、真正面からその剣を受け止めた。
刹那、甲高い金属音が耳をつんざく。
ほんの一瞬、お爺さんは驚いたように目を丸くしたが、ニヤリと笑ってまた姿を消した。
「ふッ……!」
右だ。目だけで動きを追いかけ、二撃目を打ち落とす。
しかしそこからが本番だった。
前後左右、時には頭上から、縦横無尽の銀線が襲いくる。
俺は素早く身を捌き、最低限の動きで嵐のように降り注ぐ刃を耐え凌ぐ。
どれほどの時が流れただろう。
冷たい空気が流れる闘技場の中心で、俺たちは激しく斬り結んでいた。
いつまでも続けていたい。心の底からそう思っていたお爺さんとの剣戟は、なんとも呆気なく終わりを迎える。
「――やるのう、ギルバート少年。話には聞いていたが……ふむ、受験生のレベルではないのう」
言ってお爺さんは攻撃の手を止め、鋭いバックステップで離れていく。
「おめでとう。実技試験、文句なしの合格だ」
「……ありがとうございました」
警戒を解き、一礼する。
やっと楽しくなってきたのにな。残念だ。合格なのは嬉しいが、熱くなった心、湧いた血肉、さてどう冷まそうか。
そんなことを考えていると、お爺さんが再び剣を構える。
「安心せいギルバート少年。ここからが本番じゃ。まずは準備運動と言うたじゃろ」
「え?」
「実技試験はこれで終了じゃが……まだ時間はある。心ゆくまで斬り合おうではないか」
突如、お爺さんの気配が変わった。
可視化できるほどに濃厚な魔力がその身から溢れ出し、猛獣のような闘気が俺の首元に喰らいついてくる。
「ッ――!」
反射的に迫りくる猛獣を斬り捨てる。闘気でつくられた幻だとわかっていても体が動いてしまった。
「無論、ここからは反撃もありじゃ。どんどんきなさい」
「……わかりました」
願ってもない申し出だった。
筆記試験がボロボロで落ち込んでいたが、そんなことすら忘れるほど俺は興奮していた。
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