第6話 迎えに来た

(ふぅ。ちょっと……落ち着いた)


 ないまぜになった暗い気持ちを海底に沈めて、セラは大きく髪を跳ね上げた。

 飛沫しぶきがはじけて、塩味のする水が顔にかかるのも、久しぶり。


 夢中だった。

 頭が真っ白になって、何も考えられなくなって、海に走ってしまっていた。


 そんな混乱の最中にもかかわらず、門ではなく探索で見つけたもろい壁を乗り越えて外に出た点が、彼女セラ彼女セラたる所以ゆえんともいえるが。


(そろそろ帰らないと、いなくなったのがバレたら、騒ぎになってしまうかもしれない)


 そういえばアキムと待ち合わせをしていた!


 彼は気にしてるだろうか?

 もしかしたら怒っているかも。


 帰って、謝って、冷静に、アキムから話を聞いて。

 後宮再開といったら、殴らせてもらって。

 

 王を殴ったりしたら、罪に問われるかな?

 バツは投獄とか強制送還?


 チクリ


 そ、送還は避けたい。アキムに会えなくなってしまう。


 チクリ、チクリ


 変だ。ずっとスイハに帰りたかったはずなのに。


 それにしても。


あれ・・が、アキム王の好みだったわけ?)


 何のさえぎりもなく足元まで見える自分の胸を見下ろす。

 波越しの視界は、くねくねと身体が揺らいで見えた。


(男ってヤツは!!) 


 "姫──! セラティーア姫──!!"

 

(そう! 普段、あんなに私の名を呼んでおいて!!)


 あ、でもそんなに大声で呼ばれたことはない。

 幻聴が、大音量だいおんりょう過ぎる。


「姫っっ!!」


 まるで肉声のようにリアルで……。

 えっ?


 声のほうをふりかえって、セラは心底驚いた。

 浜辺にアキムがいて、浜辺どころか服のまま、ずかずかと海に入り来ている。


(危ない! そこから急に深くなっているのに!!)


 思ったとたん、足をとられたようにアキムの半身が沈んだ。


 慌てて、アキムのもとへと泳ぐ。


「陛下?! 大丈夫ですか? どうされたのです、なぜ海へ」


「セラティーア姫! 良かった、無事で。良かった」

「!!!」


 しっかりと抱きしめられ、セラは瞠目した。


 必死さが伝わってくる抱き方。


 気がつくと、アキムの身体は小刻みに震えている。

 顔をのぞくと蒼白で、彼が自分以上に動揺していたのを感じた。



(心配して、来てくれた……?)



 岸に戻るまで、しばらく。


 セラはアキムに身体を預け、その胸に顔をうずめて、あたたかな鼓動を味わった。

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