第38話 告白

「カノン君、きみは調律魔法を使うのか?」


 デリックの唐突な問いかけに、カノンは怪訝な顔をした。

「何故、そんなことを聞くんですか?」


 カノンは紅茶のカップを机に置き、デリックを見つめた。

「もし調律魔法を使っているのなら、もうやめたほうが良い。あれは危険すぎる」

 デリックは眉をひそめ、静かに言った。

「調律魔法は時の流れを狂わせ、時空をゆがませる。不自然な力を使い生じたゆがみは世界を壊してしまうだろう」

「世界を壊す?」

「ああ」

 デリックは光の無い目でカノンを見つめ返した。


 カノンはデリックの目から目を離さずに静かに問いかけた。

「デリックさん、どうしてあなたは僕を捨てたのですか?」


 デリックは乾いた口を紅茶で湿らせてから、そっとつぶやくように言った。

「カノン君、きみがライラを……私から奪ったのだ」

「え?」

 カノンは喉の奥から絞り出すような声で尋ねた。


「ライラが時空のひずみに飲まれたと聞いたとき、カノンと一緒に消えたと思ったのだ」

 デリックは重い息を吐きだすと、紅茶の水面を見るともなく見ていた。

「私には国を背負う責任があった。ライラを探すことは許されなかった」

「それなら何故、母……ライラを……」


 デリックは歯をくいしばるように顔をしかめたまま、言葉を紡いだ。

「一度きりのことだった。国のためのした結婚に愛はなかった。愛など知らなくても良いと思っていた。だが、ライラと出会ってしまった。ライラとの出会いは、逆らえない運命だった」


 カノンは手を握りしめ、デリックの言葉を聞いていることしかできなかった。

「今もライラのことは忘れられない。王の座を息子に渡してからは、ライラを想い、こうして一人で生きている」

 デリックは顔を上げた。


「君の瞳はライラとそっくりだ」


 デリックはそう言うと、カノンの目をじっと見つめた。そして、ため息をついた。

「……帰りなさい。ここにいても、君の望むものは何も見つからないだろう」

 デリックの言葉を聞き、カノンは己の無力さに打ちひしがれた。


「……お邪魔しました」

 カノンはデリックの屋敷を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る