19話 あなたは死なないわ。

夕食を白鳥家で食べ、おれ達は廃病院へ向かった。


 廃病院は見るからに、不気味であった。


 周りに人気が無く、暗いのも怖さを更に引き立たせた。


「では、私は車で待っておりますので」


 セバスチャンはまた待機だ。居てくれた方が有り難いのに。


 廃病院の中は暗く、懐中電灯で照らしながら進んでいく。


「……今度は本物なんだよな」


 春休みに入ったお化け屋敷とは違い……。


「当たり前でしょう。今度は逃げ出さないようにしなさいよ、ビビリの高村君」


 ビビってないと言えば、嘘になる。


「フッ」


 突然、首筋に生温かいものが……。


「うわあああああっ」


 情けなく悲鳴を上げるおれ。


 恐る恐る後ろを振り返ると、烏丸が少し驚いたような顔をして立っていた。


 どうやら、烏丸がおれの首筋に息を吹きかけたらしかった。


「な、何すんだよ」


 本気でビビッちまったじゃねえか。


「ご、ごめんね。そんなに驚くとは思ってなかったよ」


「本当に情けないわね、高村君。全く進歩していないじゃない。……それに比べて、烏丸君は平気そうね」


 おれを驚かす余裕があるくらいだからな。


「そうだね。慣れってやつかな。霊なんてそこら中にいるから」


 ユーレイが見えるっていうのも、多分大変なんだろうな。


「素晴らしいわ、烏丸君! 私は、あなたのような人材を求めていたのよ」


 目をキラキラさせて言う白鳥。


「では、早速、霊が見えるというあなたのお手並み拝見と行きましょう。……今、私たちの周りにはどれくらいの霊がいる?」


 辺りを見回す烏丸。


「そうだね。……五、六体はいるね」


「そ、そんなにいるのか……。怖ええ」


「何処に多いかしら?」


「……ここの階の奥と、地下かな」




 奥の部屋は手術室であった。


 メスなどの手術用具が、そのまま残っていた。


「……何で、取り壊さないで残しとくんかな」


「そうよね、サッサと取り壊さないと霊の溜まり場になってしまうのにね」


「……早く取り壊してしまうべきだよね」


 ふと、手術室の壁を照らすと、赤いシミのようなものを発見してしまった。まるで、血のような……。


「高村君は、ここでカメラを回していて頂戴。私と烏丸君で地下室に行くから」


「ってことは、おれはここに一人⁉ 無理無理、絶対に無理だって。こんな所に一人とか、怖すぎだって! おれを一人にしないで~」


「大丈夫よ。あなたは死なないわ。私は守ってあげないけれど」


「残酷だ。白鳥、お前は鬼だよ」


 白鳥と烏丸は二人で行ってしまった。


 ビビリのおれを一人残して……。


「へっ、別に怖くなんかないんだからな」


 ツンデれてみる。が、空しいだけだった。


「ざ~んこ~くな~」


 あの名曲を歌ってみた。


 なんか喋ってないと、おれのチキンハートが持たないので、とにかく大きな声で歌うことにした。


「となりのト……って、さっき何かきこえなかったか?」

 ジブリメドレーに突入していた所で、何かが聞こえた気がした。

 悲鳴のような、何か。

 嫌な予感がして、手術室を出る。

 角を曲がると、地下室に続く階段の前に誰かが立っていた。

 立っていたというより、立ち尽くしていた。

「何かあったのか、烏丸?」

 烏丸はおれに気付くと、怯えたようにおれを振り払い、言った。

「僕じゃないっ!」

「は、何が……」

 そこで気付いた。

 白鳥が階段の踊り場で倒れていた。

「し、白鳥っ⁉」

 おれは急いで、白鳥に駆け寄った。

「おっ、おい、大丈夫か」

「……う、うーん、高村君?」

 良かった、意識はあるようだ。

「ていうか、何があったんだよ? 烏丸はあんなだし」

 階段の上の烏丸は、床に座り込んで何かブツブツと呟いている。

「彼、ただ霊が見えるだけではなかったみたいね」

「だから、どういうことだよ」

「烏丸君は、どうやら霊媒体質のようね。霊に取り憑かれやすい体質よ」

「じゃあ、今、烏丸は取り憑かれてるのか?」

「……今はどうかしらね。でも、烏丸君に取り憑いた霊が私を突き落としたことは、間違いないわね」

 階段から突き落とした?

「何のために?」

「私に縄張りを荒らされたとでも思ったのでしょうね」

 そして、ちょうど良い所に霊媒体質の烏丸がいたという訳か。

「で、立てるか、白鳥?」

 未だ、起き上がらない白鳥に聞く。

「……無理みたいね。骨が折れてるかもしれないわ」

 それは大変だ。

「と、とにかく、セバスチャン呼んで来る」


 白鳥はセバスチャンにおんぶされて、車に乗った。

 おれは、情緒不安定な烏丸に付いていた。

 烏丸は車に乗ってからも、ずっと「僕じゃない」とか呟いていた。

 時々だが「兄さん」と言っているのが聞こえた。

「兄さん」って誰だよと思ったが、今はそっとしておくことにした。

 その日は、おれも烏丸も白鳥家に泊まった。

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