大凶とラグビーと大一大万大吉

砂上楼閣

第1話

「……ははっ、これってある意味運がいいよな」


僕は今まさに開いたばかりのおみくじを見ながら、乾いた笑い声を上げた。


【大凶】


今までは普通に【凶】とか、よくて【末吉】ばかりを引いてきたけど、まさか【大凶】なんて…


新年早々、心機一転しようと初詣に来て、おみくじを引いてみたらこれだもん。


逆に珍し過ぎて、運が良かったのかもしれない。


「はぁ……」


なんてポジティブに考えてみたけど、【大凶】なんて不運の最高峰みたいなものじゃないか。


昔から僕は、割と運が悪い。


道を歩けば結構な頻度でガムを踏み、月に何度かは鳥のフンが直撃する。


席替えのくじ引きではいつも先生の目の前になるし、運が絡むものは大概外れるんだ。


運が悪い。


自分が悪いわけでもないのに、人より損ばかりする人生だ。


ほんと、気が滅入ってくるよ…。


ちなみに、一応おみくじの内容は全て目を通してみたけど、案の定ろくなことが書いてなかった。


ただの【凶】とか【末吉】だったら意外と前向きな事が書いてあったりするけど、ことごとく「〜なし」「〜ず」って否定ばかりだ。


あとは油断するな、みたいな内容か。


ちなみにおみくじを引いたのは参拝が終わって帰る直前のこと。


参拝するまでも色々と不運なことは重なった。


神社の敷地内に入って早々に、一緒に来た友達とははなれちゃったし。


手水舎では柄杓の先端が外れて掬った水が下半身にかかってびしょびしょに濡れになるし。


五円玉を取り出そうとご銭入れを開けたタイミングで後ろからぶつかられて、小銭を盛大に撒き散らしたし。


賽銭箱に向かって投げた五円玉は、僕のだけ変な方に弾かれて中に入らず落っこちたし。


そして極付きは【大凶】のおみくじだ。


なに?今年僕死ぬの?


「はぁ、もうさっさと結んで帰ろうかな…」


【大凶】のおみくじなんて持っていても碌なことがないだろうし。


適当に境内のどこかに結んでおこう。


いい場所はないかな、なんて探しつつ、でもやっぱり【大凶】ってなかなか出ないよなぁなんて考えも浮かんでくる。


結ぶ前に改めて内容を見直してみた。


やっぱりどれもこれも良くない内容ばかりだ。


あ、でも待ち人は来るのか。


でも油断せず精進?


「お、やっと見つけた!お前と再会できるなんて今年は運がいいかもな!」


なんて思った矢先、来た時はぐれた友達と再会した。


基本はぐれたら合流するまでに紆余曲折あるんだけど、すんなりと再会できた。


もしかして、待ち人来る?


じゃあ唯一マシだった内容が今叶ったのか…。


「あ、おみくじ引いたんだ。なんて書いてあった?」


「それが、見てよこれ」


僕が【大凶】と書かれたおみくじを見せると、


「すげえ!【大凶】なんて初めて見たわ!じゃあ今年はついてるな。俺なんて【大吉】だぜ?今年の運使い果たしたわ」


なんてこと言われた。


「いやいや、今年の運勢最悪でしょ?【大凶】だよ?」


「初詣のおみくじで【大吉】なんて引く方が運悪いだろ。だって今この瞬間が一番運がいいんだから、あとは下がりっぱなしじゃん」


え、そういうものなの?


「今が最悪ってことは、今日以上の不運には見舞われないってことだろ?よかったな!」


なんだろう、そう言われてみると、そんな気になってくる。


ポジティブシンキングってやつかな?


「そうだ、正月の練習どうする?休み明けまでは自主練らしいけど」


「あー、どうしようかな。正月からラグビーってのもなぁ」


運が悪くてよく事故に遭うから、少しでも体を、フィジカルを鍛えるために少し前からラグビーを始めたんだよね。


結果として筋肉はついたし、頑丈にはなったけど…


あの楕円形というか不思議な形状のボール。


不規則なバウンドは僕のことを嘲笑うかのように跳ねて翻弄してくるんだよなぁ。


近くでバウンドしたボールは、狙ったかのように僕の方に飛んできては無防備なスネや股間に直撃していくし。


「まぁ自由参加だからな。けどラグビーは一人じゃできないし、人が集まんないと練習になんないんだよなぁ」


「人が少ないとできる内容も限られてくるもんね」


なんてことを話しながらおみくじを結べる場所を探していると、こんな事を聞かれた。


「そういえばラグビーのワンフォーオール、オールフォーワンって日本語にするとなんて言うか知ってるか?」


ワンフォーオール、オールフォーワン。


これはラグビーではよく使われる言葉だ。


「さすがに知ってるよ。一人はみんなの為、みんなは一人の為にってやつでしょ」


ラグビーに限らず、チームスポーツはみんなで協力し合わないと試合には勝てないし、普段からよく言われるんだよね。


「じゃあ大一大万大吉って言葉は知ってるか?」


「大一大万大吉?めちゃくちゃ運がいい、みたいなやつ?」


【凶】の上の【大凶】みたいな【大吉】よりさらに珍しいおみくじのことかな。


なんて思ったけど、違うみたいだった。


「前に監督から聞いた話なんだけどさ。確か……石田三成、だったかな。その人の家紋に使われてた文字なんだってさ」


石田三成?


確か関ヶ原の戦いに出てくる安土桃山時代の武将だっけ。


その人の家紋?


「大一大万大吉ってのはさ、『一人が万人のため、万人が一人のために尽くす。そうして天下は太平になる』って意味らしくてさ。まぁワンフォーオール、オールフォーワンの考えとめっちゃ似てるんだよ」


「へぇ、そうなんだ」


一人が万人、万人が一人のために尽くせば大吉、か。


なんとなくだけど、意味は似通ってるけど、他の言葉よりもちょっと、いいなって思う。


「と、言うわけで。おみくじで【大吉】とか【大凶】引いて一喜一憂するより、みんなで一緒にラグビーやろうぜ!」


「あ、そういう話?」


結局はそういう話に持っていくのか。


けどまぁなんとなく、やる気になったな。


今日が一年で一番運が悪い日なんだったら、明日からはどんどんマシになる。


今日以降の運が今日よりはマシなものになるってことは、今日あったことよりひどい事は起こらないってことだ。


今日あったことなんて、友達とはぐれたり、水がかかったり、小銭を撒き散らしたことくらいだ。


友達とはすぐ再会できたし、水だって少しすれば乾くし、小銭は回収できた。


五円玉が弾かれたのだって、別に最初から賽銭箱に入れるつもりだったから損をしたわけじゃない。


「よし、やるか!」


「お、いいね!さっそく他の奴らにも連絡してみるわ!休み明け少ししたら練習試合もあるし、新年早々飛ばしてこうぜ!」


大一大万大吉、か。


直接【大凶】に関係するわけでもないし、僕の運の無さが改善されるわけでもないけど、なんとなく気分は【大吉】だ。


よし、とりあえずラグビー頑張るか!


あとこの【大凶】のおみくじは、やっぱり記念にとっておこう。


僕はおみくじをしまおうと財布を取り出した。





その時、急な突風が吹き抜ける。


「あっ!」


財布を開いて入れようとしたタイミングだったから、風に吹かれておみくじが手から飛んでいってしまった。


「ちょっまっ、あべっ!?」


そしておみくじを掴もうと一歩踏み出すと、そこには偶然段差があって…


躓いて転んだ拍子に手から財布まで吹き飛んだ。


僕は手を伸ばしてたせいで顔面から境内の砂利に顔面からダイブし、財布は近くにあった小さな社の鐘に当たって真下にあった賽銭箱の上に逆さまに着地。


ーーーガランガラン!ジャラジャラジャラ!


中に入っていた小銭とお札は全て賽銭箱の中へと吸い込まれていった。


倒れる僕の上に、ひらひらと舞っていたおみくじが降りてきた。


そう、今日は一年で一番運が悪い【大凶】の日。


おみくじに書いてあったのに、僕は油断してしまっていたのだった。


そして、まだ今日は半分も終わっていない…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大凶とラグビーと大一大万大吉 砂上楼閣 @sagamirokaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ