第16話 俺達のノブレス・オブリージュ②

 魔法学園の中庭。

 そこには樹々が植えられ、ベンチが設えてある。

 昼休みなど、生徒達が思い思いに集まって昼食をとったりしていた。

 そのせいか食べかすなどのゴミが散乱している。


「そういうゴミを俺達でこの袋に回収する。学園がきれいになる。俺達の評判も良くなる」

「……へいへい」


 俺が姉ちゃんにそう指示すると、姉ちゃんはもたもたしながらもゴミを拾い始める。


「おいおい、言ったろ? みんなに、さようなら、とか、おつかれさま、とか挨拶しながらやろうって。好感度上げてこうぜ!」

「……そんなんで評判よくなるもんかよ……」


 ぶつくさ言う姉ちゃん。

 ちょうどその前を品のよさそうな女生徒たちが数名、さざめきながら帰寮していく。

 その内の1人が、姉ちゃんに気付いた。


「まあ、アネット様! このようなところでどうなされたのですか?」

「えっ!? あっ、あっ……」


 彼女はアネットの知人だったらしい。

 一方の姉ちゃんは話しかけられるなんて微塵も思っていなかったよう。

 不意打ちを食らってオドオドしはじめた。


「あの、奉仕活動でいらっしゃいますか? そういえば最近クラスでお見掛けいたしませんでしたが……お体の方は?」

「あっ、えっ、あのっ、だ、大丈……夫」

「左様でございますか」

「あっ、あっ、さっ、左様です。えっ、えへ……へふ……ひへ……」


 姉ちゃんは泣き笑いみたいな情けない笑顔を浮かべ、変な声を漏らしだした。

 顔が赤らみ、汗が浮かぶ。

 それから、急に振り返り、そのままその場から離れだす。


「あ、あの、アネット様?」


 そんな女生徒の声も無視して、姉ちゃんは木陰に飛び込んだ。

 蹲って、呻き出す。


「あああああ、左様ですってなんだよ……!」

「おい、姉ちゃん。せっかく向こうから挨拶してきてくれたのに、無視して行っちゃうなよ。それだと感じ悪いぞ」


 呻く姉ちゃんに俺はそう声をかける。

 すると姉ちゃん、ぎっ、と俺を睨みつけてきた。


「……大体お前がなあっ! こんなアホなこと思いつかなければなあっ!」

「なんだよ姉ちゃん、なに怒ってんだよ」

「うるさいっ! もうこんなことやってられるか! わたしはゴミ拾いとかやらないからな!」

「また……もうちょっと頑張ってみようぜ?」

「……なら、さっさと終わらせてやる……!」


 姉ちゃんはふくれっ面になると、立ち上がった。


「……来いっ!」


 その言葉と共に、突然、姉ちゃんのいる木陰にローパーが湧いた。

 ぬらぬらと触手を揺らしている軟体の魔物だ。


「な……っ!? 姉ちゃん、また召喚したのかよ!?」


 俺は貞操の危機を思い出し、股間をきゅっとした。


「こいつにゴミを拾わせればそれでいいだろ! わたしの代わりだ!」

「姉ちゃんとか俺が、自分でゴミ拾いするからこそ評価が上がるんだろうが! こんなの召使とか使用人にゴミ拾いさせるのと同じだろ! ていうか、こんな場所に魔物を召喚するな!」

「知った風な口きくなぁ! ゴミ拾わせたいのはお前だろ!? わたしはやりたくないの! だから、ゴミ拾いはこいつにやらせる、わたしは拾わなくていい。それでいいだろ!」


 姉ちゃんはローパーに向き直った。


「お前、この中庭のゴミ拾いしろ! 5秒で! 誰にも見つからないように!」


 ローパーは触手をくねらせてオッケーのサイン。

 早速、姉ちゃんを拾い上げた。


「わたしは拾わなくていい!?」


 ゴミ扱いか。

 ちょっとエッチなゴミ袋。

 ていうか、触手に掴まれて拘束された姉ちゃん……。

 アネットのボインボインの体だと見ごたえがあるな……!

 早速、触手が胸の部分に入り込んで蠢いてやがる……!

 やってんねえ……!


「ば、ばかー!? やめろやめろやめ、ひん……っ、やめ……やめてください……」


 姉ちゃんが突然しおらし気な声を上げはじめた。

 その声に、それまで思わず見とれていた俺は我に返る。


「お、おい! なにやってんだよ!」

「た、助け……タカアキ……いやぁ……」


 うねうねと触手にまさぐられる続ける姉ちゃんは息も絶え絶え。


「はやくこんな魔物引っ込めろって! なに!? ふざけてる!? 無詠唱で退去魔法かけりゃいいだけだろ!?」

「……ぬ……ぬるぬるで……ひぃ……集中できな……タカアキ……これ取って……!」

「……くっそ!」


 俺は触手に掴みかかった。

 姉ちゃんの体から無理やり引っぺがそうと力をこめる。

 ヌルッと滑ってアネットのおっぱいに手が入り込んだ。


「ひぃん! な、なにやってん、だっ!」

「わざとじゃ……! こいつ滑って……!」


 力が入らない。

 素手じゃ無理だ……!

 でも、手元にナイフとか触手を切り離せそうな武器もない。

 

「わあー!? 魔物だ!?」

「なんでこんなところに!?」


 まずい……!

 中庭にいた生徒達に気付かれ出した……!


「……うぇーい! こんなところにアンダーダークの化け物が出るとは、王都ってのは思ってた以上に楽しいとこらしいなあ!」


 そんな叫び声と共に、氷の薄刃が俺達の周りを飛び散った。

 と、触手が切り裂かれ、ぶぎゅ! と姉ちゃんが拘束から解放され地面に倒れ込む。


「だ、誰だあいつ!?」

「確かリーチ辺境伯の跡継ぎの……」

「あのならず者……!」


 そんな声が聞こえる中、俺達の前に長身の男が近付いてきた。

 制服を着崩し、めちゃくちゃチャラい。


「へえ? 助けたのは大貴族のお嬢様か? ……おっほ、エロい体してるじゃねえか! いいぜぇ気に入った! お前、今日から俺のオンナな」

「な!?」

「は? はひ……?」


 そのチャラい大男の言葉に俺と姉ちゃんはそれぞれ固まった。

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