呪われ伯爵の優雅な生活。〜契約結婚のはずなのに嫁が可愛すぎる件!

みこと。

第1話 サミュエル、結婚を決める(約束)

「ご結婚される、って、ええええ? い、一体どういうことです、サミュエル様!! 普通に資金援助に行かれただけのはずでしょう?」


 トレモイユ家、王都滞在用タウンハウスの一角で、夜のしじまを破って驚く、太い声があった。


「そうだったんだが……。まあ、成り行きだ」

「成り行きで結婚される方が、どこにますか!! どうされるおつもりです!! "サミュエル・アーレ・トレモイユ伯爵"は、戸籍上では60歳なのですよ? あなたはどう見たって……」

「童顔、と思われような」


 貴族然とした端正な面持おももちで、サミュエルと呼ばれた銀髪の青年が頷く。


「ご自身でもわかってるくせに、とぼけないでください! せいぜい18、19。とにかく、どう見積もっても60には見えません」


「まあな。だからとりあえず俺は伯爵ではなく、いつも通り"家令のアーレ"という設定で切り抜けるから、お前も、こう、ふわふわっと屋敷の奥あたりに伯爵がいる演技で合わせてくれ、ゾフ」


「ふわふわって……、幽霊ではないんですから」


 40代半ば。黒髪、男盛りの従者がため息をついた。


「ご結婚ですよ? これまでとは違います。この先何年もご一緒に過ごされることになるのですよ。あなた様の秘密を打ち明けられるのですか?」


「――いや、大丈夫だ。令嬢とは、とりあえず白い結婚のまま一年くらい過ごし、その後、離縁して良い嫁ぎ先を世話してやれば……」


「だから、なんでそんな面倒なことになったのですか、サミュエル様! お相手だって、お気の毒ですよ~~」


 がっくりと項垂うなだれる30年来の側近を横目に、サミュエル・アーレ・トレモイユ伯爵を名乗る若者は、事の経緯を反芻はんすうした。


 元婚約者にして初恋相手、ミレイユの息子・・が、投資に失敗し、借金苦で困っている。このままでは家屋敷はもちろん、土地も爵位も失って、路頭に迷うことになる。


 その話を聞きつけ、助け船を出そうと、かの邸宅を訪れて借金の肩代わりを申し出た。


「サミュエル・アーレ・トレモイユがあなたを助けたいと思っている」


 サミュエル自身は伯爵家の家令を名乗りつつ、いざ本題を切り出した途端。

 相手……カデュアール男爵家当主であるレイモン・カデュアールはさっと青褪めた。


 それもそのはず、この国でトレモイユ伯爵といえば、恐ろしい噂のつきまとう、得体の知れない貴族の名だったからである。


 若い頃、事故で足に大怪我を負い、満足に歩くことも出来ず領地に引きこもっている。

 そして、腹いせに子どもの奴隷を買い漁っては、地下室でその手足を切り刻み、ウサを晴らすような狂人。


 聞くだけで酷い人物である。


 そんな噂の持ち主が、なんの見返りもなく援助をするはずがない。

(求められる代償は何だ――)


 レイモン卿は震えあがった。


 持ち掛けたサミュエルも困った。


 噂は半分以上、大間違いである。


 ある呪いを受け、


 年相応に見えない見た目を考慮し、人づきあいをって閉じこもっていただけである。

 誰も寄って来ないから丁度良いとばかりに、人々の好奇心のままに膨れ上がる噂を放っておいた。その結果が、この信用のなさである。

 もちろん奴隷を切り刻んでいるわけもなく。


 しかし、まさか初恋相手の子どもが困ってるから助けたいだけだなんて、そんな純情ラヴストーリーを信じてもらえるピュアな伯爵像は、どこを探してもない。

 というか、たとえ援助の申し出相手が人格者だったとしても、無償で助けてくれるなど、そんな美味しい話が来たら疑う。誰だって。


 仕方ない。

 それらしい交換条件を出そう。

 そういえば自分は独り身だ。


 借金返済の代わりに、レイモン卿の娘を結婚相手として要求した。


 その言葉に、レイモン卿はまるで死刑宣告を受けたように蒼白になった。

 その上、思いつきの提案のせいで、サミュエル自身も頭を悩ませる事態に陥った。


 だが今更取り消せない。


 二千五百万ノルト。

 広大な領地と豊かな鉱山、そして多くの事業を成し、潤沢な資金を持つサミュエルにとっては問題ない額であるが、一般的には大金だ。

 けれど妻の実家を助けるためといえば、不自然な話ではない。


 良い落とし所だと思えた。


「まあ、俺はカンが良いほうなんだ。悪いことにはならないさ」

「根拠もないのに、お気楽が過ぎます」

「でも俺の行き当たりばったりのおかげで、お前ゾフは俺と出会えたわけだし」

「私としてはあなたに拾われて、ついてきたことを時々後悔してますけどね」

 

 広い肩を落として、ゾフが諦めたように言う。

 

「心にもないことを言うな。俺でなければ不審を得るぞ。とにかく必要な一切を手配しろ。俺は先に領地に戻って、花嫁を迎える準備を進めておく」


「……そのご令嬢の家では、今頃泣いてますよ。年齢としへだたる、こわい噂の伯爵に嫁ぐのですから」


 "同情します"。


 そんなゾフの言葉を、サミュエルは聞こえないフリで流した。


 そう、この一連は単なる突発的事項だ。

 思いつきで、偶然で、ほんの成り行きだ。

 決して、ミレイユに対する未練なんかじゃない。絶対にない。



 窓外の星が、サミュエルを眺め返して、黒い夜空にキラリと光った。

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