快眠戦車のエース・パイロット

ちびまるフォイ

眠れる獅子 ~ライオンで狩りをするのはメスらしい~

「どうですか、先生」


「うーーん。こないだの薬は飲んだんですよね」


「はい、でも眠れなくて……」


「でしたら……ちょっとうちではわかりかねますね」


「そうですよね……」


睡眠専門の医者がいると聞いてやってきた大学病院でも、

自分が快眠できない理由や対策はついにわからなかった。


これまで枕を変えたり、布団を変えたり、マットレスを変えたり……。

それでも効果はなかった。


「あなた、家をいったいどうするつもり?」


「原因が騒音かもしれないから、防音できるようにするんだ」


「でもこれ……無響室に使われる素材よ!?」


結局、寝室を完全なる無音にしても眠れなかった。


日中に運動したら子供のように眠れるんじゃない?という妻の提案を受け、

昼には必死に運動してみたが快眠は得られなかった。


不眠症……というわけではないのが嫌なところ。


中途半端に眠って中途半端に起きてを繰り返し、

起きてからはむしろ寝る前よりも疲れている。


いっそ眠れないものと開き直れば、

眠れない時間を有効活用できるのにと思うときもあった。


「ああ……また快眠できなかった……一生このままなのか」


そんな快眠を探究し続けている日もそう長くは続かない。

なんやかんやで情勢が悪化して戦争へと駆り出されることになった。


怖そうな教官がやってきて、いかつい戦車の前に立たされた。


「貴様はこれからこの戦車で敵の豚どもを粉砕するのだ!」


「でも私は戦車なんて乗ったことないですよ」


「操作はすべてAIが行う!!」


「だったらなおさら私が乗る必要なんてないんじゃ……」


「馬鹿者!! 戦車の起動スイッチは戦車の中にある!

 貴様はそのボタンを押す係だ!!」


「えええ……」


戦車に乗って、起動スイッチを押すと戦車が動き出した。

あとはもうAIの自動操縦になるのでやることがなくなった。


戦車が進み、ガタガタと座席が揺れる。

ときたま発射される砲弾の反動がこちらにも伝わる。


内部から外は見えないが振動で戦っているのがわかる。


そしてーー。






「……あ、あれ?」


戦車から外を見渡すと、戦いを終えた戦地が広がっていた。


なにより感じた違和感がある。

体は軽く、これまでの疲れがふっと消えていた。


「まさか、寝ていた……のか?」


はじめて快眠という感覚を肌で感じた。

こんなにも爽快感と開放感が同時に押し寄せる感覚はなかった。


戦車の小刻みなキャタピラの揺れなどが、

たまたま自分の快眠スイッチを入れてくれたのだろう。


「すごい! これが快眠!! うぉおお! 疲れが消えてるーー!!」


本拠地に戻ると戦車の活躍を大いに認められた。


「よくやったぞ! 貴様の活躍で戦況は大きくこちらへ傾いた!」


「いやでも私は寝てただけで……」


「AIは操縦者の脳をも使って動いている。

 操縦者がリラックスしているほど、その脳を使って強くなれるのだ」


「そうだったんですね……!」


「貴様の活躍はこれからも期待しているぞ!!」


「はい!! どんどん戦車に乗りたいと思います!!」


正直なところ戦況がどうとかは興味がなく、

戦車に乗ることで獲得できた「快眠」をもう手放したくなかった。


「あなた……また、戦車に乗るの?」


「もちろん! あそこじゃないともう眠れないからね!」


戦車に乗ると、妙な閉塞感のある空間と揺れ具合に安心する。

自分にとってはゆりかごのようですらある。


気がつけば深い眠りに落ちて、次に目を開けたときには戦闘は終わっていた。


「また貴様の大活躍だな! よくやった!!」


「はい!! 今回も快眠できました!!」


戦車ひとつでめざましい戦果を上げ続けたことで、

いつしかエース・パイロットとしてもてはやされた。


けれど、自分ひとりの活躍で戦況がひっくり返るわけではなく

じりじりと敵軍により追い詰められる形となっていった。


「いいか貴様ら!! 次の戦闘は我々にとっても重要な戦いとなる!

 敵は強大だがけして負けることはできないぞ!!」


隊長は強い言葉で訴えかけるが、とても勝てない相手であった。

家に帰ると心配そうな妻が出迎えてくれた。


「あなた……明日の戦いにも行くの?」


「ああ」


「いくらあなたでも明日は勝てないわよ!」


「わかってる」


「じゃあどうして!?」


「寝たいんだよ!!!」


「え……?」


妻はきょとんとした顔になった。


「人生ではじめてちゃんと眠れる場所を見つけたんだ!

 相手がどんなだろうが、快眠を手放してたまるもんか!!」


「今度の戦いじゃ、快眠どころか永眠しちゃうわ!」


「かまうもんか!」


「命を大事にして! ふたりで逃げましょう!

 きっと快眠できる他の場所も見つけられるわ!」


「そんな場所あるわけない! もう何十年も探したんだ!

 快眠できるあの場所を捨てて、この先生きるくらいなら……。

 快眠したまま死んだほうがずっとマシだ!!」


「あなた!」

「もうほっといてくれ!!」


最後の夜、妻とは喧嘩したまま終わった。


翌日の戦闘は予想をはるかに上回るほどの猛攻にさらされた。

きっとこれが最後になるだろうなと思いつつ戦車に乗り込んだ。


「もっと快眠したかっ……スヤァ」


戦車が動き出すや、あっという間に眠りに落ちた。

深く心地よい眠りに身をゆだねる……。


次の瞬間、体が突き上げるような衝撃で目がさめた。


「うわわわっ!?」


目の前には爆発して炎上している戦車。

百戦錬磨のエース戦車もついに落とされてしまった。


火柱を上げる戦車を見ながら涙が流れる。


「ああ……俺の……俺の快眠スポットが……」


地面を通して、敵の軍靴や戦車が近づいてくるのがわかる。


快眠したまま死ねるなんて理想だった。

欲をかいた自分は目を開けたまま、痛みを感じながら殺されるのだろう。

いや、殺されることなく拷問され続けるかもしれない。


いずれにしても、ここまで生きてきたことを後悔することになる。


徐々に近づいてくる敵の足音。


ああもうだめだ。



そのとき、機銃の雨が近づいてくる敵をなぎ払った。



「あなたーー!! 助けにきたわーー!!」



「え、えええ!?」


戦闘機に乗っていたのは妻だった。


「実は私もずっと快眠できなくて、

 でもこの戦闘機に乗ってる間はずっと眠れたの!」


「そうだったのか!?」


「さあ、はやくあなたも乗って!」


「お、おお……」


戦闘機が発進すると体がシートに押し付けられる。


それはまるで重めの布団に体を包み込まれるように心地よく、

風に揺れる戦闘機のコックピットはゆりかごのよう。


「あなた、どう? これらな快眠も……スヤァ」


「ああ! この戦闘機ならきっと……スヤァ」



眠る二人を乗せた戦闘機はどこかへと飛び去っていった。

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