57.アヒル、バレる!?

「ん? 中島からのメッセージ……」


 クリスマスの朝。ベッドから起きたタケルが携帯を見ると、友人の中島からのメッセージが届いていることに気付いた。



『今日のお昼、時間ある? 大切な話があるんだ』


 そして待ち合わせの時間と大学の近くにあるカフェのアドレスが張り付けてあった。



「大事な話? 何だろう……」


 優花との約束は夕方から。大学も休みに入っているし、昼なら問題ないだろう。タケルはベッドから起き上がると朝食に向かった。





「ええっと、ああ、あそこか」


 お昼、どんよりと曇った街を歩くタケル。今日の天気予報は夕方から雪となっていたが、分厚く黒い雲を見ていると今すぐにでも降ってきそうだ。タケルは中島に指示されたカフェへと入る。



「いらっしゃいませ」


 外の凍るような空気とは違い、中はほんのり暖かい。年の瀬のカフェ。色々な層のお客で賑わっている。



「ええっと……」


 店内を見回したタケルの目に、立ち上がって手を振る中島の姿が映った。タケルが移動する。



「えっ……」


 そこには中島の元カノである加賀美理子が向かい合わせにソファーに座っていた。タケルに気付いた理子が自分の横のソファーを軽く叩いて言う。



「一条先輩、ここ。ここに座って下さい!」


「え、あ、ああ。じゃあ……」


 状況が理解できないままタケルが理子の横へ座る。真正面には中島。さらにいつもと違い密接して座る理子に違和感を覚える。タケルが言う。



「な、なあ、大切な話って何だよ」


 タケルが前に座った中島に尋ねる。



「ご注文はお決まりでしょうか?」


 そこへカフェの店員がやって来る。タケルはコーヒーを頼むと中島の答えを待つ。



「私が答えます。一条先輩」


 話そうとしない中島に代わり、隣に座った理子が言った。

 ボブカットに赤色のメガネ。大きな胸を強調するような薄手のニットに思わずタケルの目が行く。



「やっぱり先輩だったんですね。さん」



「え?」


 固まった。

 タケルは理子の言葉を聞き体が固まった。中島はテーブルに置かれたコーヒーを見つめたままじっと動かない。



「え、理子、ちゃん……?」


 驚くタケルに理子が言う。



「写真が上がったんです、私のSNSに」


「写真?」


 理子は頷くとスマホを開き、その写真を見せた。



(げっ!)


 それはハロウィンのコスをした記念写真。ポーズを決めて映る女性の後ろに、アヒルの着ぐるみを着た人物がメイド服の女の子と一緒に走っている。そして拡大されたそのメイドの女の子、それは間違いなく桐島優花であった。



「これ、桐島先輩ですよね? となるとどう考えてもこのアヒルさん、先輩になるんですよ」


 タケルが顔を青くして答える。


「い、いや、だからってそれが俺って証拠は……」



「ごめん、一条君。僕が話した」



「は?」


 何とか誤魔化そうとしていたタケルに中島が最後の砦を壊す言葉を投げ入れた。中島が言う。



「だって、もう隠しきれないよ。これだけ証拠を掴まれたら」


「い、いやだからって……」


 心底困った顔をするタケルに隣に座った理子が言う。



「やっぱり……、先輩だったんですね」


 理子が更に体をタケルに密着させ、潤んだ瞳で見上げるようにして言う。



(ううっ、可愛い……)


 中島の彼女。

 理子は友人の彼女であり、決してそう言った目で見たことが無かったタケルだが初めて理子をとして見てしまった。理子が肩までに切られた髪を耳にかき上げてから言う。



「私、本当にあの時怖くて……、震えて動けなくなっちゃたんです……」


 思い出すハロウィンの夜。中島が間違えてチンピラ達を挑発するような行為をした夜。

 タケルは優花と一緒に夢中になって作戦遂行のために頑張ったのだが、結果『アヒルがチンピラを投げ飛ばす』と言う訳の分からない結果に終わってしまった。タケルが困った顔をして言う。



「いや、あれは何とか理子ちゃんに振り向いて貰おうとして、一生懸命考えて……、ごめん……」


「理子ちゃんそうなんだよ。一条君達は悪くないんだよ。つまらない計画だったことは認めるよ……」


 中島も改めて理子に謝罪し、頭を下げる。理子はタケルをじっと見つめ、そして少し甘えた声で尋ねる。



「本当に、本気だったんですか……?」


 少し雰囲気の違う理子に一瞬戸惑いながらもタケルははっきりと答える。



「ああ、もちろん。本気だった。今思えばあんな姑息な手を使わずに、堂々と伝えるべきだったと思うよ」


 つまらない計画を実行したばかりに、結果この様なこじれた結末になってしまったことを少なからず後悔していたタケル。その言葉に嘘偽りはなかった。理子が下を向いて恥ずかしそうに言う。



「そんな変な作戦、立てなくても良かったのに……」


(ん?)


 その言葉の意味が分からないタケルが隣の理子を見つめる。理子は顔を上げてタケルに言った。



なら、そんなことしなくても全然OKだったのに……」



「え?」


 タケルの目が点になる。それ以上に慌てた中島が理子に尋ねる。



「り、理子ちゃん。それってどういう意味で……」


 理子はそんな中島の方を見向きもせずに、隣に座ったタケルの手を握って言った。



「私のヒーローの一条先輩。あんなカッコいい姿見せられて、私、ずっとずっと探していたんです。先輩もそんなに私のことを想っていてくれたのなら、私はもちろんお応え致します。で、もちろん別れてくれますよね? 桐島先輩と」


「……」


 目の前にいる女の子の言葉が理解できない。

 何か別の星の言葉のようにすら聞こえる。しかし少しずつタケルがその意味を理解し始める。



(え、理子ちゃんは俺をずっと探していて、それはお礼を言うとかじゃなくて憧れで……、中島とのよりを戻すための作戦だったはずなのに、ええっと、間違って『俺が落とすための作戦』になってしまってことか!?)


 状況を理解したタケルの顔が青くなる。中島が言う。



「え、ええ!? なに、なんでそうなるの!!??」


 慌てる中島をガン無視する理子がタケルに言う。



「私、桐島先輩ほど可愛くはないんですけど、胸にはちょっと自信があって、一緒にお風呂に入った友達からも『綺麗』とか『形がいい』とか言われて。あと男の人ともお付き合いしたことなくて、先輩が『初めての人』なんです……」



「り、理子ちゃん……」


 目の前にいるの中島の顔が真っ白になる。まるで精魂が抜けた後の抜け殻のように灰色がかっている。



(むちゃくちゃだ……、ダメだこの子。想像を超えて壊れている……)


 タケルは目の前で恥ずかしそうにこちらを見つめる女の子に恐怖した。まともに構っていたら危ない。男としての本能がそう告げている。タケルが立ち上がっている。



「ごめん、ふたりとも。この後優花とデートなんだ。じゃあ!」



「ちょ、ちょっと一条君!?」


 この状態でタケルが居なくなったらと恐怖した中島が情けない声で言う。


「一条先輩!! 桐島先輩と別れてくれるんですね!!!」



「それは無理っ!! じゃあ!!」


 タケルはカフェから逃げるようにして走り出た。

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