56.このみのおなじない
「このみ……」
タケルと優花は駅前で待っていた佐倉このみを見て驚いた。
赤く染まったツインテールとは対照的に、その白い顔は長い時間冷たい風にさらされていたのか凍るように青白い。何時間待ったのか、それを思うとふたりは寒さ以外の身震いを感じた。このみが言う。
「一条君に会いたくてね……、待ってたの……」
「このみ、あなたどれだけ待っていたの?」
ようやく口を開いた優花が尋ねる。
「分からない。明るいうちから……」
タケルは何か病的な怖さを感じる。このみが一歩タケルに近付いて言う。
「私ね、一条君が好きで、ずっと好きで……」
そう言い始めたこのみの言葉を遮るようにタケルが言う。
「このみ、それはもう断ったはずだろ。俺は彼女と……」
そう言ってタケルが隣にいる優花の腕を掴んで引寄せようとするとこのみが言った。
「分かってる。もうあんなおまじないみたいなこと、しないよ……」
(おまじない……)
その言葉を聞いた優花が一瞬昔のことを思い出す。このみが更にタケルに近付いて手を伸ばす。
「こ、このみ?」
このみはタケルの服に手を伸ばし少し動かすと笑顔になって言った。
「ごみがついてるよ」
「あ、ああ、ありがと……」
微妙な、不思議な間合い。一瞬時の流れが遅くなったような感覚。このみはすっと後ろに下がって優花に言う。
「優花ちゃん」
「なに?」
「やっぱり私、一条君が好きだから、負けないよ」
一瞬間を置いて優花が答える。
「分かってる。私も……、負けないから」
このみはそれににこっと笑顔で応えると、軽く手を上げてくるりと背を向けて駅の改札へと消えて行った。ぼうっとその後ろ姿を見ていたタケルに優花がむっとして言う。
「なーに見てんの?」
「あ、いや、ちょっと驚いて……」
タケルは誤魔化す様に言う。優花が言う。
「このみ、可愛かったからでしょ? ミニスカートで足も色っぽかったし」
このみはロリータ風の服を着ておりミニスカートからすらっと伸びた足、更にくるっと回った時に見えそうで見えない下着を凝視していたことは否定しない。タケルが答える。
「でも、なんで俺なんかがいいんだろうって……」
一瞬驚いた顔をした優花が、笑顔になって答える。
「タケル君はもっと自信持って良いよ。小学校の頃、色んな女子が気にかけてたんだよ」
「でも、それは俺の『柔道』にだろ?」
「そうよ。でもそれを含めてタケル君じゃん。もちろん私も最初は『柔道をするタケル君』に興味があったんだけど……」
タケルがむっとして言う。
「ほら、同じじゃん」
優花はタケルの真正面に来て、両手を彼の顔に当てて言う。
「今は柔道以外でも、全部好き」
(うっ、ゆ、優花……)
綺麗な透き通った目、風にゆらめく栗色の髪。思いきり抱き締めたら壊れそうな華奢な体。タケルは優しく優花を抱きしめると、ささやくように言った。
「ありがとう、優花」
「うん」
タケルは優花を抱き締めながら、こんな時間が永遠に続けばいいと心から思った。
「ただいま……」
夕方、家に帰った優花が居間に掛けてあったある物を見て母親に尋ねる。
「ねえ、お母さん。この柔道着ってなに?」
居間の壁に真新しい白の柔道着が掛けてある。台所にいた母親が手を拭きながら来て言う。
「お父さんのよ」
「お父さん? え、どうして?」
今が分からない優花が尋ねる。
「うーん、なんか結城さんが柔道をされているそうで、お父さんに一緒にやろうって誘ったみたいなの」
(あっ)
柔道に打ち込んでいたという結城レンの父親、結城道夫の顔が思い浮かぶ。母親が続ける。
「それで私に柔道着を買いに行かせてね。あんなに運動苦手なお父さん、大丈夫かしら……」
「本当に柔道やるの?」
半信半疑な優花が尋ねる。母が答える。
「ええ。一条さんって知ってる?」
「一条……?」
その名前を聞き一瞬優花がどきっとする。
「そう一条さん。柔道で有名なお宅なんだけど、年末そこで練習するそうよ。確か、新聞に載っていた男の子、あなたの同級生じゃなかったかしら」
優花が笑顔で答える。
「そうよ、知ってるよ!! 一条タケル君、とってもカッコいいんだから!!!」
娘の反応、そしてその目を見て母親が尋ねる。
「知ってるの?」
「え、あ、う、うん……」
女の勘と言うやつだろう、母はすぐに理解した。
「じゃあ、その一条君に伝えておいてね。お手柔らかにねって」
「あっ、うん。分かったよ」
運動会などでもまともに駆け足もできないほど運動音痴な優花の父親。そんな父が柔道をするとは。優花は父親が泣きそうな顔で皆から投げられる姿を想像してひとり心の中で笑った。
「むふ、むふふふふっ……」
家に帰宅し部屋に戻ったこのみは、机に座るとひとり静かに笑った。
「一条君、愛してる……」
そう言って服のポケットから丁重にハンカチを取り出す。そしてゆっくりとそれを開き、中にあった一本の髪の毛を手に取り再び笑みを浮かべる。
「優花ちゃんには渡さない」
そう言って引き出しの中にしまってあった真っ赤な和紙にその髪の毛を置き、折り畳む。その紙にはタケルとこのみの名前や誕生日、血液型などが記されている。
「一週間って書いてあるけど、私は成就するまで肌身離さず持っておくわ……」
そう言ってこのみは服の下着の中に紙を入れる。
「一条君、大好きだよ……」
そう言って赤いツインテールと同じぐらい顔を紅潮させ、そのままひとりベッドへ倒れるように横になった。
「どうしたの、タケル?」
同時刻、食卓で夕飯を食べていたタケルを寒気が襲う。
「あ、いや、なんか今日、寒いなって……」
箸を持ったままタケルが答える。母親が言う。
「明日のクリスマスは雪が降るっているからね。風邪引かないようにね」
「ああ……」
「ミャ〜オ」
タケルは膝の上で甘えてくる真っ黒な瞳のミャオを撫でる。
「ミャ〜オ、ミャ〜オ」
それに応えるようにミャオが甘い声で泣く。目の色が水色から黒に変わった時から、ミャオの甘え方が半端ない。母親が言う。
「一体どうしちゃたんだろうね、ミャオちゃん。ずっとタケルにべったりしてるし」
「知らないよ。たぶん……」
そう言って困った顔をするタケルに、正面に座る父重蔵の存在に気付く。
「親父、大丈夫か?」
「……」
無言。返事はない。
「放って置きなさい。ずっとあんな感じだから」
呆れた母親がタケルに言う。
ミャオがタケルに甘え始めてから、重蔵はまるで魂が抜かれたように大人しくなっていた。エサの時は重蔵のところへ行くが、それ以外はひとりかタケルが居ればタケルの部屋でずっと過ごしている。タケルは膝の上のミャオを見て思う。
(まさか、ねえ……)
そんなタケルの携帯に優花からメッセージが届く。
『明日、夕方に駅前で待ってるよ!!』
クリスマスの夜。
初めて彼女と過ごすクリスマスにタケルは嬉しいような恥ずかしいような気持となった。
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