41.強い男、なの?

「姉さん……」


 クリスマスムードが漂う街。その中でタケルと優花の前に現れたショートカットの大人びた女性を見て優花が言った。優花の姉が言う。



「おはよ、優花」


「姉さん、どうしてここに……?」


 優花の姉、桐島あかねは腕を組んだままふたりに近付いて言う。



「ちょっとあなたが心配でね」


 優花が真剣な顔になって言う。


「まさかつけてきたの?」


「まあ、そんなとこ」



 優花が怒りの表情となって言う。


「どうしてそんなことするのよ!!」


「それよりさあ……」


 茜は優花の隣に立つタケルの前に行くと左右、上下にゆらゆら揺れながら見つめて言う。



「彼が面談の相手の?」


「違うわっ!!!」


 即答する優花。その表情ははっきりと怒気を含んでいる。タケルが優花に尋ねる。



「な、なあ、優花。この人って……」



「私は姉よ。優花の姉の茜って言うの。よろしくね」


 茜は優花が答えるよりも先に自己紹介をした。タケルが返す。


「あ、俺、一条タケルって言います。よろしく……」


 優花よりずっと大人びた女性。優花とはまた違った美しさを持つ女性。そんな茜の前で陰キャ寄りのタケルは少しおどおどとする。優花はそんなタケルの様子を見て更にむっとして言う。



「で、姉さん。一体何の用なの?」


 茜は腕を組んだまま再びタケルをじろじろと見つめながら言う。



「これじゃあ、ダメそうね」



(え?)


 意外過ぎる茜の言葉にタケルが凍り付く。優花が大きな声で言う。


「な、何を言っているの、姉さん!! 意味分かんない!!!」


 たったこれだけのやり取りで、タケルは先日の彼女の父親の件と合わせて優花の家族関係が上手く行っていないことを理解した。茜が言う。



「もっとねえ、やっぱりもっと強い男じゃないと。こんなヘタレ君じゃあ、ねえ……」


 何を言っているのか理解できない。

 タケルは初対面の茜を見ながら思った。優花が言う。



「姉さんの趣味を押し付けないでよ。タケル君はね……」



「認めない」


「え?」


 茜はふたりをじっと見つめて言う。



「私は認めないわ。こんな弱そうな男。桐島家じゃやって行けない」


 優花が前に出て言い返す。



「姉さんに認められなくてもいいわ!! 私が認めるから!!!」


 一歩も引こうとしない妹に茜が言う。



「彼で納得させられるの? お父さんを」


「……」


 家柄や体裁ばかりを気にする父親。今は取引先でもある格上の名家結城家のことで頭が一杯である。茜が言う。



「あのお父さんを押しのけてまでもあなたを奪い取る覚悟はあるのかな~?」


(何の話をしているんだ? 納得とか奪い取るとか……)


 唯一話の意味が分からないタケルが考える。優花が答える。



「タケル君は強いのよ!!」


「強い?」


 茜が少し首を傾げて口にする。



「そう、強いの!」


「あのお父さんを追いやれるの?」


「たぶん……」


 茜が今度は嘲笑するような顔になって言う。



「じゃあ、ダメね。タケル君だっけ? 残念だけど優花のことは……」



「今度、見に来て!!」


 茜の言葉を遮るようにして優花が言う。茜が尋ねる。



「何を?」


「今月、開盛大学ってところで柔道の公開練習があるの。それにタケル君が参加するんだけど、姉さん。それを見に来てよ」


「柔道? 彼は柔道やってるの?」


「そうよ。強いんだから」


「ふ~ん」


 そう言いながら再びタケルをじろじろと見つめる茜。



「あ、あの、俺……」


 姉妹のやり取りに呆然とするタケル。茜が言う。



「いいわ。優花がそこまで言うのなら見に行ってあげる」


「約束よ」


「ええ」


 茜は小さく頷くとタケルに言った。



「タケル君、優花が欲しいのなら、本気で取りに来なさいよ。じゃあね」


 茜はそうって軽く手を上げ人混みの中へと消えて行った。優花が言う。



「ごめんね、急に」


 優花は申し訳なさそうな顔をタケルに向ける。



「あ、ああ、いいんだけど。ちょっと良く分からないな。説明してよ」


「うん……」


 優花は歩きながら家庭の事情を話した。お見合じみた面談のこと、体裁ばかりを気にする父親のこと。もちろん結城レンのことは伏せながら。タケルが言う。



「面談? マジかよ……」


 この現代にそんな政略結婚のようなことが行われてることに驚きを隠せないタケル。優花が言う。



「も、もちろんそんなのしないよ! 私はタケル君のものだから!!」


 そう言ってタケルの腕にしがみ付く優花。ふわっと風に揺れる栗色の髪からいい香りが漂う。タケルが答える。



「う、うん。ありがと。でもお姉さんは心配してここに来てくれたんだね」


「……そうなるのかな?」


「多分」


「うん、そう思うことにするよ」


 ふたりは腕を組みながら買い物へと出かけた。






「先輩、先輩、一条せんぱーい!!」


 週明けの月曜日。大学のカフェで中島と次の講義までの間の時間を潰していたタケルに、元気な声が掛けられた。


「ん、雫ちゃん」


 青いショートカットの雫。頭にはトレードマークの青のリボンがついている。雫がふたりのところに来て言う。



「せんぱ~い。再来週って、公開練習に行くんですよね~?」


「え、何で知ってるの??」


 開盛大学での一条家の公開練習。今のところタケルの周りでそれを知るのは優花ぐらいである。中島が尋ねる。



「一条君、公開練習って何?」


「あ、ああ、まあ、その、大学とか高校とか行って柔道やるの」


「ふーん」


 あまり興味がなさそうに答える中島。対照的に雫は目を輝かせて言う。



「先輩も行くんですよね!! わあ、楽しみ!!」


 そう言いながらすすっとタケルの近くへ行き、空いている椅子へ座る。タケルが尋ねる。



「なんで知ってるの? 俺が出るって」


 雫はタケルの体に顔を近づけながら言う。



「見たんです。くんがくんが……」


 そう言いながらタケルの体臭の匂いを嗅ぎ始める。


「ちょ、ちょっと雫ちゃん! 何やって……、って何を見たの?」


「SNS。お兄さんの。くんがくんが……」


 雫は既に恍惚の表情を浮かべて頬を赤くしている。



「SNS? ああ、あれか!!」


 タケルは柔道の練習中に兄の慎太郎がスマホで何やら一生懸命更新していたのを思い出す。


(柔道のことSNSに上げていたんか!! 気付かなかった……)



「私も見に行きますからね!!」


 十分に体臭を満喫した雫がタケルの腕に手を絡めて笑顔で言う。タケルが引きつった顔で答える。


「そ、そうなの……?」


「はい、誰でも入場可能なんで!!」


 そう言ってタケルに向かって微笑む雫。それを見ていた中島がぼそっと言う。



「なあ、一条君」


「な、なんだよ?」


「なんかもう、めっちゃリア充じゃない?」



「り、リア充??」


 かつて『非モテ同盟』を結んでいた中島とタケル。しかし今となっては彼女無しの中島に対してタケルはミスコングランプリの優花に美少女柔道部マネージャーの雫、そしてロリ巨乳で元中島の彼女である理子にまである意味迫られている。中島が言う。



「そうだよ、リア充。確かにそれだけ柔道が強ければモテるとは思うけどなあ……、なんか、はあ……」


 中島はそんな自分に目もくれない雫を見て更にため息をつく。タケルが言う。



「お、おい、勘違いするなよ! 俺の彼女は優花だけであって、それ以外は……」


「先輩……」


 それを聞いた雫が悲しそうな顔をしてタケルに言う。



「な、なに……?」


 戸惑うタケルが小さな声で答える。


「私にあんなことをしておいて、酷いです……」



「あんなこと!?」


 中島が目の色を変えて言う。



「な、なに!? あんなことって??」


 優花となら思い当たるふしはある。だけど雫と『あんなこと』をした記憶はない。雫は悲しそうな顔で言う。


「そうですか。先輩は覚えてもいないんですね……」


「いや、だから俺が何をして……」


「いいんです! 私は優花さんにも認められた『二番目の彼女』ですから!! そしていつか必ず『一番目の彼女』になりますから!! なんなら今でもいいですよ!!」


「あ、いや、だからさ……」


 そう言おうとした時、雫は時計を見てふたりに言う。



「あー、もう講義の時間だ!! じゃあまたね~、せんぱーい!!」


「あ、ちょ、ちょっと雫ちゃん!?」


「ああ、忘れてた! 今日の部活ヨロで~す!!」


 そう言って雫は笑顔と共に消えて行った。



「いい子なんだけどなあ……」


「僕もそう思うよ……」


 中島はタケルがぼそっと言ったその言葉を素直に同意した。

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