39.瞳に映る黒い瞳

「一条君っ!! 早く早く!!」


 タケルは中島の後について大きな講堂へと来ていた。

 外の冬風が吹く冷たい空気とは対照的に、大きな講堂内は暖房が効き暖かい。多くの人たちが集まって来ているせいでもあるだろう。

 薄暗い講堂内だが、唯一正面の舞台だけは照明に照らされ輝くように明るい。その舞台の上に見慣れた顔を見つけた中島が言う。



「あ、いたよ。優花ちゃん!」


 タケルは中島とその元カノの理子との間の椅子に座り、中島が指さした舞台を見つめる。



(優花……)


 ミスコングランプリの桐島優花は、同じくミスターコングランプリの上島という男子学生と並ぶように座っている。上島はイケメンというよりは綺麗な顔立ちの童顔で、ややショタ系の男の子。時折見せる笑い顔のえくぼは、可愛らしさすら感じる。

 優花と上島は、文化祭でのコンテスト受賞者として公開対談に臨んでいた。ふたりが壇上に座り、その横で文化祭実行陰の司会者が色々と質問をする。



「……ではまず、受賞してから何か変わったことはありませんでしたか?」


 実行委員会の質問に上島が答える。



「ぼ、僕は、その、ごはんの時に、女の人から一緒に食べようって言われることが多くなって……」


 上島がおどおどした声で答える。その愛くるしいキャラに講堂内にいた女子学生から『可愛い!』といった声が聞こえる。優花が言う。



「私は特にありませんけど、色々といいことが起こりました」


 舞台の上で照明を浴び、光輝くような優花。もともと女優やアイドル級の可愛さがある彼女。その堂々とした振る舞いが更に魅力を引き立てる。

 タケルたちの後ろに座った学生が言う。



「あれが桐島優花だろ? めちゃくちゃ可愛いな」


「ほんと。あれでショボい男に告ってなきゃなあ……」



(ショ、ショボい男で悪かったな!!)


 タケルがムッとしながら思う。壇上の司会が優花に尋ねる。



「色々いいこと? なんですかそれは?」


 美しい優花。

 それでも彼女がそのグランプリ受賞の場でただの男に公開告白したことは皆が知るとおりであり、先の学生の会話ではないが未だに話題となっている。皆の視線が優花に集まる。



「初恋だった人と、お付き合いできました!」



 静まり返る講堂内。

 司会者が『しまった』というような顔になる。



(ゆ、優花……)


 椅子に座ったタケルがパーカーのフードを頭にかぶせる。司会者が慌てて言う。



「ええっと、桐島さん。じゃあ質問を変えて……」



「ずっと片思いだったんですけど、あの場所で偶然再会できて、本当に嬉しくて……」


 静かだった会場から共感する声や、からかいのヤジが飛び始める。上島が言う。



「良かったですね。また会えて……」


 優花はそう言って屈託のない笑顔を向ける上島にお礼を言うと、マイクを持って立ち上がり講堂内に向かって手を振りながら言った。



「タケルくーーーーん、大好きだよーーーーっ!!!」


 講堂内に笑いと冷やかしとヤジが更に大きくなる。

 タケルはパーカーのフードを深く被りながら、そのままずるずると滑るように椅子に沈み込んでいった。






「あれほど軽々しい発言はしないよう言ったじゃないか!!」


 公開対談が終わった後の文化祭実行委員の部屋に責任者である結城の声が響いた。

 普段人前では温厚で優しい結城。実行委員会の女の子たちは真剣に怒る結城の姿を見て驚きを隠せなかった。優花が答える。



「軽々しい発言じゃないです。あれはミスコンから繋がった私の大切なお話です」


 水色の目をした優花は毅然とした態度で答える。何を言われようがタケルとの交友については一歩も引けない。結城が言う。



「軽々しくない? 桐島さんはミスコングランプリという立場を理解しているのかい?」


 トーンは少し下がったものの優花を追い詰めようとする口調は明らか。実行委員の女の子も結城に同調するように言う。



「そうですよ、桐島さん。あなたの言動のひとつひとつがこの大学を表しているんです!」


 面倒臭いなあ、優花は正直どうでもいいミスコンについてぼんやりと考え始めていた。ミスターコンの上島が言う。



「あ、あのぉ、桐島さんとの会話が上手くできなかったのは僕の責任もある訳で……」


 文化祭実行委員の女の子が言う。


「上島さんは黙っていてください!」


「は、はい……」


 少し気の強い女の子に一喝されてショボンとする上島。結城が優花を見ながら言う。




「やはりCM撮影は水着になって貰う」


「は?」


 結城を睨み返すように優花が言う。結城が強い口調で言う。



「水着だ、って言ってんだ!!」



 文化祭実行委員の女の子たちも見たことのない結城の怒声にしんと静まり返る。優花が答える。


「そ、それは、前の話でなしになったんじゃ……」



「俺が決めたんだ!! 撮影は水着で行く!!!」


 水着での撮影に反対していた一部の文化祭実行委員の人たちも、結城の強い口調と迫力の前に黙り込む。結城に気がある女の子が薄笑いしながら言う。



「ちょうどいいんじゃないの~? その大好きな『タケル君』ってのに見て貰えば」


 優花に好意的じゃない人の間からくすくすと笑い声が起こる。赤い顔をした優花が結城に言う。



「水着なんて無理です!! 絶対嫌です。強制されるなら辞退します!!!」


 結城が睨みつけるような顔で言う。



「じゃあ、全ての責任取ってくれる?」



「責任……?」


 自信満々の顔の結城を見て優花の手が少し震える。



「そう、責任。とりあえずミスコンのやり直しからかな」



(え?)


 ミスコンのやり直し。

 それは大学の文化祭レベルのイベントを優花個人が催さなければならないということ。大学と言う組織。地域を含んだ大勢の人たちが協力して行われるイベント。それを結城はひとりでやれと言っている。



「そんな、そんなこと……」


 できるはずがない。

 その場にいる誰もが思った。結城が言う。



「どうしたのかな? 桐島さんが辞退するって言うことが一体どういう意味になるのかは、頭のいい君なら分かっているよね?」


 優花は口を真一文字に結んで黙り込む。タケルに告白したり言いなりにならない自分への嫌がらせなのは明白だ。



「私は……」


 優花が小さくそう言うと結城がそれより大きな声で言った。



「じゃあ、桐島さんも理解してくれたようなので、来年度の撮影は水着で行くことにしようか」


「ちょ、ちょっと……」


 慌てて声を出す優花に結城が言う。



「はい、これはもう決定事項。何かあれば次のミーティングで言ってね。決定は覆らないけど」


 結城は満面の笑みを優花に向けた。優花はその言葉、そして場の雰囲気を体で感じ取り、ただただ下をじっと見つめていた。






「なあ……」


「なに?」


 その日の夜、優花に珍しく校外のカフェに誘われたタケルが言う。



「何かあったのか?」


 優花はテーブルに置かれた温かいカフェラテを両手で持ちながら答える。


「何にもないよ」


 タケルは黒色の瞳の優花を見て思う。



(本当に嘘が下手な奴だな……)


 優花が言う。



「なあ、一条」


「なに?」



「一条は、その……、私のことが好きなんでしょ?」



「え?」


 意外過ぎる質問に少し戸惑うタケルだったが、すぐに答える。



「ああ、もちろん」


 そうはっきり言い切れる自分に少しだけ成長を感じる。優花がカップをテーブルに置いて言う。



「私をさあ、どこか遠い所へ連れて行ってくれない?」


「え?」


 一瞬の静寂。

 周りでカフェを楽しむお客たちの声が意味を成さないままタケルの耳へと入って来る。



「遠い所?」


「うん。だめ?」


 タケルが答える。



「遠い所はまた親父に叱られるから無理だけど……」


 タケルは黒い瞳をじっと見つめて言う。



「とりあえずうちに来て飯でも食って行かないか?」


 優花は少し笑って答える。


「全然遠くないじゃん。まあでも……」


 今度は優花がタケルの目をじっと見つめて言う。



「いいわ。行ってあげる」


 タケルの目には優花の綺麗な黒い瞳がしっかりと映っていた。

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