20.もうひとりの女子
「ほ、本当に詳しい人なの……?」
その可愛らしい女の子は不安な目で友達に尋ねた。
「大丈夫だって、このみ。メッチャ強いし、詳しい人だから!!」
このみは小さく頷くとその友達の後について大学の食堂に向かった。
「よ、よお。初めまして、かな。佐倉」
大学の食堂で待っていたのは、五分刈りの頭にこのみの倍はあるような大柄の男であった。彼を見た瞬間このみが思う。
(……やっぱり違う)
残念そうな顔をするこのみ。そんな彼女の表情に全く気付かない大柄の男が言う。
「お、俺な、柔道部の主将を務めていて、佐倉は知ってるかな。春の大学選手権でも決勝リーグに残ったんだ」
このみはその話を無表情で聞く。友達が言う。
「そうなんだよ、このみ。剛力先輩はメッチャ強いんだよ!!」
名前を聞いたこのみが思う。
(ごめんなさい、違うんです……)
「佐倉って、柔道の強い奴を探してるんだろ? ま、まあ、自慢じゃないがそんじょそこらの奴らよりは強いからな!!」
剛力が顔を赤くし鼻息荒く言う。このみは少し震えながら言う。
「あ、あの……」
「何だ? まさか俺とお付き合いしたいとか? いや~、参ったな。俺の恋人は柔道だけなんだがなあ!!」
剛力がご機嫌で言う。
「ち、違うんです。ごめんなさい……」
このみが発した言葉に一瞬皆が静かになる。剛力が尋ねる。
「ち、違うって、どういうこと?」
「違う人、もっと、その……、別の人で……」
それを聞いた剛力が顔に青筋を立てて言う。
「強いのか? そいつは」
このみが泣きそうな顔になって言う。
「あの、あの、私……」
気の弱いこのみ。体格の大きな上級生に睨まれるとそれだけで震えてしまう。剛力が言う。
「来週、総館大柔道部と練習試合がある。佐倉、その試合を見に来てくれ。俺の強さが分かる。そんなどこぞと知れぬ馬の骨のような奴とは格が違うのを見せてやろう」
剛力はそう鼻息荒くこのみに言う。
(練習試合? 行かなきゃ。柔道の試合はひとつでも見ておきたい……)
「佐倉、俺に惚れるなよ!! じゃあな!!」
剛力は笑いながら去って行く。このみが思う。
(会いたい。会いたいよ、一条君……)
タケル、優花の小学校の同級生である佐倉このみ。
普段は大人しい彼女だが、内に秘めたタケルを想う気持ちだけは誰にも負けない。そして彼女もふたりと一緒に『恋のおまじない』を行った人物である。
(やっぱりおかしいわ。絶対私って多重人格ってやつだよ……)
土曜の朝、優花は起きて来て鏡を見ながらひとり思った。
以前そう思った時に母親に尋ねてみたが特にそのような変化はないとのこと。ただ『一条タケル』への対応が絶対におかしい。
(私はタケル君のことが好きなのよ。大好き。なのに『もうひとりの私』はどうもそうじゃないみたい……)
微かに覚えがあるもうひとりの自分。感覚的にタケルが嫌で、それが当たり前だと思っている。そしてタケルが好きな自分に戻るとそのことをすごく後悔する。
(絶対おかしい。おかしいよ、こんなの。だから聞く。もうひとりの私に)
優花は化粧台の上に置かれた一冊の分厚いノートを手に取り開いた。
「タケルくーん、着いたよ!!」
優花はタケルの家の前に到着すると携帯をかけて言った。
「あ、ああ。すぐ行くよ!」
タケルはそう言うと玄関を開け優花を迎える。
厚めのショートコートにミニスカート。長い皮のブーツに、首に巻いた大き目のマフラーが栗色の髪が良く似合う。
「お邪魔します!」
優花は片足を軽く上げてブーツを脱ぎ始める。とても色っぽい仕草。タケルは思わずそんな彼女の振舞いに目を奪われる。
「おお、来たか来たか。優花ちゃん」
家の奥から父重蔵がにこにこしながら現れる。
「ミャ~オ!!」
手には優花とタケルが保護しすっかり元気になったミャオ。とても父に懐いている。
「うわ~、ミャオ。ひさしぶり!! 元気になって、大きくなったね~!!」
優花は久しぶりに会うミャオの成長に驚きながらも、その可愛さにとろけそうになる。重蔵が言う。
「可愛いだろ~、すっかり我が家の一員だ」
優花がミャオ抱きながら言う。
「ごめんなさい、お父様。私も面倒を見るって言っておきながらずっと任せっぱなしで……」
「なーに、大丈夫。ミャオも懐いてくれて可愛いもんだよ」
父親がまるで赤子を見つめるような優しい目でミャオを見つめる。タケルが言う。
「本当だよ。猫と居る時は別人だよ」
「ふふっ」
それを聞いて優花が笑う。
ふたりはしばらくミャオと遊び、面倒を見た後タケルの部屋と向かった。
「へえ~、意外ときれいにしてるじゃん」
初めて入ったタケルの部屋。優花がきょろきょろ見ながら言う。
「な、何を期待していたんだよ。何にもないぞ……」
そう言いながらも初恋の相手で超絶美人の優花が部屋にいることに戸惑うタケル。優花がベッドの上に座って言う。
「ねえ、タケル君……」
ベッドの上に座る優花。そのミニスカートから伸びる綺麗な足から目が離せない。
「な、なに?」
タケルがどきどきしながら答える。
「私ってさあ……」
タケルが黙って聞く。
「私ってやっぱりちょっとおかしいよね」
意外な言葉。タケルが聞き返す。
「おかしいって?」
「笑わないで聞いてね。別の人格があるって言うか、タケル君に対して全く逆の行動を起こしてるの」
水色の目の優花。
今はいわば『恋のおまじない状態』。自分に興味を持つ人格であり、それが素に戻った時に不可思議な行動として記憶に残るのだろう。当然の感覚である。タケルが言う。
「そうかな。俺は全然気にならないけど」
それは半分本当であり、半分嘘である。
気にはなるが気にしていても仕方がない。気にならないようにしている。
優花は立ち上がり、椅子に座るタケルの前に来て跪く。そして頭をその彼の膝の上に置いて言う。
「私ね、本当にタケル君のことが好きなんだよ。本当に。本当だよ……」
少し涙交じりの声。
タケルは優しくその頭に手を乗せ言う。
「ああ、ありがとう。俺も優花のことが大好きだ」
大好きだからこそ、早く本当の優花を振り向かせたい。
タケルは彼女の頭を撫でながら、こんなに近くにいる優花なのにまだまだ大きな距離がある様に感じた。
その日の夜。
お風呂を終え部屋に戻った黒目の優花が、化粧台の上に置かれた一冊の分厚いノートに気付く。
「これって……」
覚えている。
確実に覚えている。もうひとりの自分が書いたノート。自分宛てに書いたノート。優花がゆっくりとノートを開く。
『もうひとりの私へ』
僅かに内容は覚えている。
優花はノートに書かれた自分からの伝言をゆっくりと読み始めた。
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