19.アヒルが好き!?
「あ、来た来た。おーい、一条君!!」
その日の昼食、タケルは約束していた中島に会う為に学食へ向かった。
いつもと変わらぬ学食。暖房の良く効いた少しむわっとする食堂にガヤガヤと多くの学生が食事を楽しんでいる。やや痛む足を気にしながらタケルが中島を見つけて言う。
「おう、中島。あ、こんにちは。理子ちゃん」
タケルは既に先に座って待っていた中島と理子に挨拶をする。中島とは既にハロウィンの件について電話で話し合っており、アヒルの件もチンピラのことも互いに了承済みである。
ただひとり、その意味を知らない理子が真剣な顔でタケルに尋ねる。
「一条先輩!!」
「あ、はい……」
中島の話では昨夜の作戦はまだバレていないはずだが、やはり本人を目の前にすると緊張する。
「ハロウィンの夜のことなんですけど……」
「あ、ああ。聞いたよ、中島から。大変だったね……」
タケルは自分の演技力がどの程度あるのか知らないがバレないよう心から祈る。
「アヒルさんの着ぐるみって知ってますか?」
(うっ、やっぱそうだよな……)
チンピラに襲われていた自分達を、あんな滑稽な着ぐるみを着て助けてくれた人がいる。理子はどうしてもアヒルについて知りたかった。
「アヒル? 知らないけど……」
そう言ったタケルの目を理子がじじっと睨むように見つめる。
「二郎君に聞いているとは思うんですけど、助けられたんです。アヒルさんに」
「へえ~、そうなんだ……、アヒルに……」
知らないフリをする。どこまで騙せるか。理子が言う。
「私どうしてもあのアヒルさんに会いたいんです。お礼を言いたいんです!!」
「そ、そうなの……」
タケルの顔が引きつる。理子がうっとりとした顔で言う。
「颯爽と現れて、あっと言う間に悪い奴を投げ飛ばして無言で去って行く。ああ、カッコいい……、私、アヒルさんに恋しちゃったんです!!」
「へ?」
タケル以上に驚いた顔をした中島が言う。
「えっ、り、理子ちゃん!? それってどういう意味で……」
理子が中島に言う。
「どういうって、そう言う意味よ。二郎君、これからは友達としてよろしくね」
「え、ええっ!? り、理子ちゃん!!?? そんなの……」
泣きそうな顔で言う中島。残念だがここ最近の彼の失態、危険な場所へ連れて行ってしまったという行動に理子はいい加減愛想を尽かせていた。
そこに現れたアヒル。正体が分からない寡黙なヒーローにすっかり理子は魅了されてしまっていた。
「ネットでかなり探したんですけど、見つからないんです……」
(ま、マジかよ……)
顔は平常を保っているが内心バクバクのタケル。中島の失恋だけでも大ごとなのに、自分の正体探しまで始まってしまっている。あのくだらない作戦がもし彼女にバレたらそれこそ中島は完全にフラれてしまう。
「そ、そんなに簡単に見つからないんじゃないかな。仮装してた人たくさんいたし。それより中島が守ってくれたんでしょ? 凄いじゃん、中島!!」
タケルとしては最善のフォローをしたつもりだった。中島も友人の言葉に期待して理子を見つめる。しかし彼女は全く予想外の言葉を発する。
「『たくさんいたし』?? 一条先輩、まるであの日、あそこにいたような言い方ですね?」
(げっ!? しまった……)
微妙な言い回し。普段嘘などつかないタケルには完全に騙し切る術など持ち合わせていない。
「ち、違うよ。テレビで見たんだよ。テレビで……」
タケルの目をじっと見つめてから理子が言う。
「ふーん、そうですか。まあいいです。きっとそのうち分かるし、私はこれからずっと探しますから。絶対に、見つけますから!!」
そう言いながら理子は立ち上がり立ち去って行った。残されたタケルが中島に言う。
「どうする……?」
中島が目を赤くして言う。
「どうするじゃないよ!! 一条君のせいでフラれちゃったじゃないか!!」
「あ、ああ、それはまあ、悪いとは思っているが、お前もお前でなんであんなチンピラに絡んでいったんだよ。全然違うだろ? 俺と」
「そ、それは、あれが一条君の代わりだと思ったし……」
「そんなことはひと言も言ってない。まあ、俺も遅れたし、アヒルのことを告げてなかったのも悪いがな……」
ふたりはため息をつき沈黙する。周りの騒いで食べる学生たちの声がふたりの耳に響く。中島が言う。
「一条君はいいよな。あんなに可愛い優花ちゃんが彼女で……」
「そうでもないぞ……」
実際本当の優花には嫌われている。
会っても冷たい態度や言葉を投げかけられ、今朝も面と向って『嫌い』と言われたばかりだ。本質で嫌われている以上、目の前にいる中島と似たような状況である。
「優花ちゃんとケンカでもしたの?」
焦燥した顔で中島が尋ねる。
「それよりももっと酷いかもしれん……」
「そうなの? 結局『非モテ同盟』なんだね、僕たち」
「そうだな……」
タケルはそう答えつつも本当の優花攻略は絶対諦めないし、理子ちゃんからアヒルの正体をバレないようにしなきゃいけないし、雫からも柔道のことを知られないようにしなければならない。
(何か急に忙しい生活になって来たな……)
そう思っていたタケルの耳に聞き慣れた声が響く。
「タケルくーん!!」
その呼び声にふたりが振り向く。
「優花!?」
水色の目をした優花が笑顔でやって来る。そしてタケルに言う。
「ごめんね、タケル君!! 今朝は何か冷たい態度して……」
朝、黒目の優花に冷たくされたことを思い出すタケル。優花がタケルの隣にくっつくように座り、甘えた声で言う。
「ごめんね。私、本当に反省してるの。タケル君、優花を許してくれる?」
こんなに接近されて甘えられたら断ることなどできない。突然現れたミスコングランプリの美少女優花に周りの学生もチラチラと横目で見つめる。
「あ、ああ。いいよ、全然。気にしてないから」
「ありがとう、タケル君!!」
そう言って腕にしがみつき自分の胸をぐいぐいと押し付ける。それを見た中島が青い顔をして立ち上がって言う。
「幸せにね、一条君……」
「あ、おい、待て。中島!!」
そんな声も空しく中島は魂が抜かれたような顔でふらふらと去って行った。そんな彼を優花が申し訳なさそうな顔で見てから言う。
「やっぱり昨日の件、だよね……」
「うん……」
優花もその作戦に関わっただけに、結果こうなってしまったことを反省する。何より歩き辛いアヒルを選んだのは自分である。タケルが言う。
「あ、理子ちゃんさ、助けてくれたアヒルを探してるんだって」
「え? そうなの?」
「うん。だからこれは秘密な」
「うん、分かった……」
少しの沈黙。椅子に座り直した優花が尋ねる。
「そう言えば今朝、雫ちゃんは何か用があったんでしょ?」
優花はあれからずっと雫がやってきた理由が気になっていた。
「ああ、柔道部で怪我をした奴がいて人が足らなくなったから練習試合に出て欲しんだってさ」
びっくりする優花。
「出るの?」
「いや、あまりそんな気はないし。俺、一応あの部では『ヘタレ』になっているし」
優花はタケルが『わざと負けてきた』と話していたことを思い出す。
「あんまり、関わって欲しくないなあ。あの子とは……」
懇願するような顔でタケルを見つめながら優花が言う。
「う、うん。俺もそう思っている……」
そう答えつつもタケルの頭には雫が言った『誰もいなければ私が出なきゃいけないの』と言う言葉が響いていた。
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