4.タケルの決意
「じゃあ、私と付き合って。ずっと好きだったの」
秋の夕暮れの公園。橙色の夕日がふたりを暖かく包み込む。
タケルは真剣な顔で自分を見つめる優花を見て、その両目が水色であることに初めて気付いた。
(水色の瞳? 色が違って……、あっ!)
その時タケルの脳裏に小学生時代の優花との会話が思い出される。
『この紙をね、ピンクの毛糸で結んで……、好きになったら、目の色が変わってね……』
(紙切れ、ピンクの毛糸……、目の色が変わる、思い出した……)
――それって恋のおまじないじゃん
タケルの記憶の底に小学生の優花が一生懸命自分に説明する姿が思い出される。そして改めて優花の綺麗な水色の瞳を見つめて思う。
(……って言うことは、まさかあの時の恋まじないが、今になって本当にかかったってことなのか??)
優花が恥ずかしそうに前を向いたまま言う。
「ずっと好きでね。さっきステージの上から本当に偶然一条君の顔を見つけちゃったの」
「ステージの上から……」
「うん、ずいぶん大きくなったけど面影残ってたし、目なんかそのままだったし」
タケルはその時、自分も壇上にいた優花と目が合ったことを思い出した。
「でね、その時不思議と胸を何かで撃ち抜かれるような衝撃が走ったの。それですぐに分かったんだ。絶対一条君だって……」
(え? それって俺も感じた心地良い胸の衝撃……、それじゃあ……)
――あの瞬間に恋のおまじないが発動したのか!?
優花が恥ずかしそうに言う。
「私、本当に嬉しかったんだ、また会えて……」
「あ、うん……」
返事をしながらタケルの脳がフル回転する。
(いや待てよ。じゃあ、桐島は『恋のおまじない』にかかったんで俺のことが好きになったんか? だから、あんな大それた告白をしたってことなのか……??)
タケルは今日起きたちょっと信じられない体験について少しずつ理解し始める。優花が再びタケルを見つめて言う。
「で、一条君は私と付き合ってくれるのかな?」
そう言ってにっこり笑う優花。目の色は透き通るような水色。タケルが思う。
(この桐島は本当の桐島じゃない。こんな状態で彼女と付き合って、仲良くなって俺はそれでいいのか……)
「ねえ……」
優花は返事をしないタケルの膝に手を乗せ、優しく撫でる。
(だけど……)
タケルの脳裏に、可愛い彼女と腕を組んで歩く友人中島の姿が思い出される。大学に入って彼女を作って楽しいキャンパスライフを送りたい。もう惨めな思いはしたくない。
「俺なんかで、いいのか……?」
そう少し自信なさげに言うタケルを見て、優花が彼の顔に手を添えて優しく言う。
「あなたが、欲しいの……」
(……決めた。決めたぞ!! 桐島が本当の彼女じゃないと言うなら、本心でないと言うなら……)
――俺が本当の彼女を落としてやる!!!
「ねえ~」
少し甘えた声になった優花。タケルは頬に添えられた彼女の手を取り、強く握りしめて言った。
「付き合って欲しい、俺と」
それを聞いた優花の顔がぱっと明るくなる。
「本当? 本当にいいの!?」
「うん」
タケルは前を向いたまま頷いて答える。
「良かった……、本当に嬉しいよ……」
そう言って優花は寄り添うようにタケルの肩に頭を乗せ目を赤くする。
タケルは例え今の彼女が本当の彼女じゃないとしても、桐島優花に迫られて自分が断れるはずはないと思った。
優花が膝の上に置かれたタケルの手に再び自分の手を重ねて言う。
「私ね、本当に好きだったんだよ。子供の頃から……」
「うん……」
タケルは笑顔でそれを聞いた。それが例え本心じゃないとしても素直に嬉しかった。
「桐島は、俺みたいな奴のどこが……」
そこまで言い掛けたタケルの手を優花が少し痛いぐらい強く握る。
「な、なに!?」
優花が少し怒った顔で言う。
「私もう付き合ってんだよ。桐島って、なによ~!!」
「え? あ、ああ、そうだな……」
可愛い。ちょっと拗ねる優花も本当に可愛い。
「優花、って呼んで」
「え、うん……。ゆ、ゆ、ひゅぅ……、か……」
「ぷっ、何それ~」
口に手を当てて笑う優花。自分では陰キャではないと思っているほぼほぼ陰キャのタケル。幾ら元同級生だからってこれだけ綺麗に成長した女の子相手にいきなり下の名前を呼び捨てにするのは難しい。
「ちゃんと呼んで。私は優花だよ。ゆ、う、か」
優花はまるで子供をあやすかのようにゆっくりとタケルに話す。
「ゆ、優花……」
「よくできました~、タケル君。よしよし」
そう言って優花がタケルの頭を撫でる。
「や、止めろよ! 俺、ガキじゃないぞ!!」
そう言って顔を赤くして優花の手を払うタケル。優花が笑って言う。
「あー、そう言うの子供の時のまんまだ! やっぱりタケル君だ!!」
そう言って優花がタケルの腕にしがみ付く。
「え、あ、うわっ、優花、何だよ、いきなり!!」
「何だよっていいじゃん、私、彼女だし」
そう言ってにっこり笑う優花を見てタケルは、嬉しさと恥ずかしさを胡麻化すように苦笑いして応えた。
「さあ、そろそろ駅まで行こっか」
「うん」
日も随分と傾き少し肌寒く感じる。ふたりは立ち上がると一緒に駅に向かって歩き始めた。
(腕を組んだままだとは……)
歩き始めたふたり。優花はずっとタケルと腕を絡めたまま歩いている。
日も落ち、薄暗くなった街。腕を組んで歩く優花のことを今日のミスコンのグランプリだとは誰も気付かない。
「それにしても優花がミスコンに応募するなんてびっくりだよな」
明るい子ではあったがそれほど目立つことが好きじゃなかったと記憶している。優花が少し困惑した顔で答える。
「うん、私は全然興味がなかったんだけど、知らない間に友達の推薦でエントリーされていて。それで書類審査通っちゃってさ、断るに断り切れなくなったんだよ」
これだけ可愛い優花。性格も良く、先ほどから腕に当たる彼女の胸の膨らみの感触を鑑みても、グランプリに相応しいと言わざるを得ない。
「でも、凄いじゃん。グランプリなんて。同級生としても誇りに思うよ」
それを聞いた優花がちょっとむっとした顔になってタケルの腕をつまむ。
「え、痛てててて!! な、なに!?」
驚いたタケルが優花に言う。
「同級生じゃないでしょ。彼女って言って!」
「え? あ、ああ、ごめん。彼女……」
タケルは女とはこんな事で怒るんだと思いつつも、その怒った優花の顔がとても可愛く見えた。
「悪かった、優花。俺、そう言うのよく分からなくて……」
そこまで言ったタケルが一瞬、何か違った空気を感じる。優花がギッとタケルを睨んで言う。
「あれ? なんで一条が私と腕組んでるのよ!!」
「へ?」
それは先程まで自分に見せてくれていた『彼女の優花』の顔ではない。今日初めて見せる冷たい表情。がらりと雰囲気が変わった優花が絡めていた腕を外し、少し離れて言う。
「あー、なんで私が一条なんかと付き合って……、あー!! なに? あの公開告白!? いや、マジで信じられないんだけど!! 付き合うとか、えー、そんなの認めないから!!」
「お、おい。優花、どうしたんだ急に??」
戸惑うタケルに優花が言う。
「呼び捨てって、うわぁ、なんでそんなこと許可しちゃったんだろ!? 意味分かんない……」
青い顔をしながら優花が頭を左右に振る。
(誰だ、こいつ……、優花じゃないのか……)
呆然と人が変わった優花をタケルが見つめる。そしてそのことに気付いた。
――あれ、目の色が違う!?
先程までの透き通るほど澄んでいた水色の目ではなく、普通の真っ黒な目に変わっている。タケルは理解した。
(これが素の優花、なんだ……、俺に全く興味のない本当の優花……、これが……)
黒目の優花が言う。
「なんかよく分からなけどさ、優花って呼ぶことはもういいよ。許可しちゃった訳だし。だけどそれ以上は無理。じゃあね」
「え?」
そう言って優花はひとり駅の改札へと歩いて行く。
「俺、一体……」
黒目の優花とは付き合えない。タケルはすぐにその状況を理解する。しかしそれがタケルの心に火をつけた。
(じゃあ、俺が本当の
いつ解けるか分からない不安定な『恋のおまじない』。ずっとかかったままの水色の瞳のままの優花なら良いのだが、そんなものに期待する方がおかしい。タケルがぎゅっと握りしめた拳に力を入れる。
(初恋が叶わないって誰が決めた? ふざけるなよ。まじないが切れて本当のお前に戻った時、その横に、お前の横に俺が立っていられるように……)
――俺が本物の彼氏になってやる!!!
タケルはこちらを振り向きもせず人混みに消えていった優花の背中を見つめる。ガキの頃、想いを伝えられぬまま逃げた自分に戻りたくない。今度こそお前の隣に立つ男になりたい。タケルはその強い決意を胸に刻み込んだ。
ただこの時のタケルはまだ知らない。自分がひとつ、とても大きな勘違いをしていると言うことを。
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