カタワレツインズ

小池 宮音

第1話

 七月に入った途端、最高気温が優に35度を超える日が多くなった。このままいけば夏が40度の季節になってしまう。そうなれば人間の体温を超すわけで、さすれば人間はアイスみたいに溶けてしまうわけで、デロンデロンになって地球は滅亡する。


咲希さき? 大丈夫?」


 近くで友だちの声がして、私の意識は戻された。暑すぎて脳みそが溶けてしまっていたようだ。頭がぐわんぐわんする。とりあえず友だちには「大丈夫」と笑ってみせた。


「じゃあ、また明日」

「うん。気を付けてね」

「咲希こそ」


 駅の改札で手を振って友だちは北口へ、私は南口へと歩を進める。時刻は午後三時半。期末テスト一日目で部活動もないので、あとは家に帰るだけだった。それにしても暑い。屋内と屋外の気温の差が激しくて、身体がついていかない。高校の教室のエアコンは六月中旬ごろから稼働している。設定温度は政府推奨の28度。去年は七月入ってから稼働させていたような気がするが、どうだったっけ。昨日の晩ご飯もすぐには思い出せなくなっているから、去年のことなんて思い出せもしないか……高校一年生のくせになにババアみたいなこと言ってんだって言われるかな。ん? 誰に?


 あぁ、暑すぎてダメだ。コンビニでアイス買って食べながら帰ろう。


 駅から出るとセミの合唱と灼熱の太陽が私を襲い、帰る前に学校で塗りたくった日焼け止めが剥がれ落ちていく感覚に見舞われる。日傘を差して歩く大人たちが少しばかり羨ましい。


 コンビニに入ると思わず「涼しっ」と、声が漏れた。冷気のベールがダメージを喰らっていた肌を包み込み、一気に回復する。買う予定もないドリンクコーナーのドアを開けて追い冷気を浴びてから、アイスコーナーでガリガリ君ソーダ味を選んでレジで会計を済ませて外に出た。


 むわっ。油断した。もっと気合入れて出るべきだった。でももう戻れないので、私はガリガリ君の袋を破ってかじりついた。あぁ、シャリシャリ感がたまらない。やっぱり夏はソフトクリームよりかき氷系のアイスだよね。


 もう少しで棒にあたりマークが付いているか判別できるところまで食べて、不意に肩を叩かれた。


「ねぇ、キミひとり?」


 振り返るとそこには、他校の制服を着た三人組の男子がいた。この制服は多分、近くの不良高校だ。金色に茶色に緑色といった妙な組み合わせの髪色をした人たちは、私を上から下まで舐めるように視線を走らせた。気温は暑いのに背筋が凍る。ゾワワって背中になにかが這うような気持ち悪さを感じて、これが俗にいう『虫唾が走る』ということかと、ひとつ勉強になった。


「…………」


 こういう時は無視するに限るので、奴らの質問には答えず、足を自宅方向へ向けた。せっかく美味しいアイスを独り占めできる至福の時真っ只中だったのに、訳の分からない人たちに話しかけられるなんてツイてない。シャリシャリ食べていると、「おいおい無視かよ」と三人が前に回り込んできた。


「いいもん食べてんね。俺にも一口ちょうだい」

「あ、ずりぃ! 俺も食べたい」

「俺も食べる」


 金髪、茶髪、緑髪の順番で口を開ける。え、めっちゃキモイんですけど。うわ、金髪は歯並び最悪だし茶髪は隙っ歯だ。緑髪は歯列矯正の金具が見える。「自分らでアイス買えば」とこれ見よがしに大口でアイスを頬張った。わ、頭キーンってなった。


「お、喋ったぞ」

「キミ、可愛いね」

「もう帰るの? ちょっと俺らと遊ばない?」


 三人で迫られると熱気が3倍になる。ただでさえ暑いのに余計な熱を発すんなよクソボケが。と心の中で悪態をついて「急いでるんで」とすり抜けようとしたら、腕を掴まれた。


「いいじゃんちょっとくらい。奢るし」


 最悪な歯並びの金髪がニヤッと笑った。うわ、こんなのテストで0点取った方がマシだわ。


「離してください」

「いいじゃんか別に。ちょっとって言ってんだし」


 腕を振り払おうとも、男子高校生の握力を前にすると文化部の私なんて非力だ。ビクともしない。食べ終えてないアイスからポタポタと水滴が落ちて、灰色のアスファルトに染みが広がった。誰かに助けを求めようとも、行き交う人々は我関せずといった表情で誰も目を合わせてくれない。なにが『日本人ハ皆優シイデス』だ。『時ト場合ニヨル』って付け加えた方がいいよ。


「勉強しなきゃいけないんで」と言えば「俺らがもっと大事なこと教えてやるよ」とか言って解放してくれない。暑いしアイスは溶けるしでイライラメーターが上昇し始め、あと少しで振り切るという時。


「あー、すいません。俺の彼女に何か用ですか」


 遠慮がちに私と金髪の間にひとりの男子高校生が入ってきた。背丈は155センチの私と同じくらいで低く、体の線も細い。後姿だけだと女の子に間違われそうだけど、半袖から伸びる腕は申し訳程度に筋肉が見えるので、ちゃんと男の子だった。


「ちぇ、なんだ、彼氏いたんだ」


 三人は彼氏持ちには用は無いのか、拍子抜けするくらいあっさりと引いた。大乱闘が起こるのではないかと危惧していたが、杞憂だったようだ。私たちの前から姿を消した。


 ちなみに私に彼氏などいない。漫画みたいな助け方をしてくれた行動イケメンとこれから恋に落ちる、なんて夢も見ていない。後姿どころか影だけで分かるコイツの正体は。


「なにナンパされてんだバカ」

「知らないよ。あっちが勝手にナンパしてきたんじゃん。でも助かったわ。ありがと、輝希てるき

「つーか双子なのにバレないってのがウケるよな。まぁ俺たち似てないし、無理もないか」


 そう、彼は私の双子の兄だった。双子といっても俗に言う二卵性双生児で、背丈は似ているが顔はあまり似ていない。輝希は母親似で私は父親似。男女の双子というのもあるのだろうが、双子っぽいね、などと言われたことはあまりなかった。


「おい、食わないならもらうぞ」


 あと一口まで溶けてしまったガリガリ君を見かねた輝希は、私の手ごと食べるくらいの大口を開けて食らいついた。これが好きな人だったら卒倒する行動だが、相手が双子の兄(しかも数分早く生まれただけ)だから苛立ちしか湧いてこない。


「あーっ! 私のガリガリ君がっ!」

「うるさ。しかもハズレだし。また買えば?」


 手に残ったのは綺麗に舐めとられた木の棒のみで、そこには何も書いていなかった。うわ最悪。最後の一口を取られた挙句、あたりかハズレかまで先に見られるなんて。しかも周りからは「まぁ仲の良いカップルだこと」みたいな温かい目で見られるし。ただでさえ暑いのに怒りで沸騰寸前だ。


 私はグーパンチで輝希の背中を殴り、「痛ってーな! この怪力ゴリラ女!」という暴言を無視して早歩きで帰路についた。

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