第46話 女は男に輝かせてもらうんじゃない

某日淑女科一年教室──


「ローラ・ボストン男爵令嬢!」


凛とした声が教室内に響く。


「・・・はい?」


背筋を伸ばし足音も最小限に流れるように歩くその人。


「お話があります。ついてきなさい」


なぜ第一王子殿下の婚約者様が・・・

と教室のあちらこちらで囁く声がローラの耳に入る。

放課後の教室は一気に不穏なものとなった。


目的の場所がどこかもわからずローラはただついて行く。着いた先は人気のないダンスホール。


「あなたの再教育をします!」


は!?は?はぁぁぁぁぁぁ???

ローラは言葉にならず口をぱくぱくさせる。


「あなたの素行の悪さはよく知っています。手当り次第にパンツを見せるのはもうお止めなさい」

「な、な、な、な、」


ローラは思ってもない事態に愕然とした。自分は今から叱責されるのだと思っていた。こう言われたらああ言ってやろう、等と考えていたことが見事に全部吹っ飛んでいた。


「今日からマナーや礼儀、歴史や語学その他諸々徹底的に鍛えます」


イザベルはにっこり笑った。


「な、なんでそんな・・・嫌がらせですか?ひどいっ、私が元平民だからって!」

「あら、あなたそうなの?」

「お、お母さんが死んだから引き取られたのよ!まさか自分の父が貴族だなんて思わなかったわ。でも!これはチャンスなのよ。私がもっと上へいくための・・・」

「そう、だったら余計にあなたを苛めてあげたくなったわ。あなたお勉強嫌いでしょう?淑女教育と王子妃教育を受けた私を舐めてはいけないわ。たっぷりかわいがってあげるわね」


ローラは呆然と立ちすくみ、イザベルに背中をパチンと叩かれた。


「まずは姿勢よ」



翌日──


ローラは、姿勢を正す、たったこれだけのことがこんなにも辛いとは思わなかった。背筋を伸ばし顎を引き、ただひたすら真っ直ぐ歩く。これだけを延々とやらされた。

逃げよう!授業が終わったらすぐに退出しよう!と、先生の挨拶もそこそこに走った。


「今日は私よ」


エントランスホールには悠然と微笑むヴィオレッタが待っていた。


「予想を裏切らないわねぇ、あなた」


腕をガッチリ掴まれて歩くローザ。

気分は囚人だ。


「イザベル、エリーゼ、オリビア、そして私、ヴィオレッタがこれから日替わりで苛めてあげるわ」

「な・・・んで?」

「あなたに時間を奪われたくないって人がいるのよ。だから日替わり」


さぁ昨日のおさらいよ、とローラはまたもダンスホールに連れ込まれた。



その後──


ローラの逃走は五日続いたが、その度に捕まった。

裏口から窓からと果敢に挑戦したがその度に、あなた単純ねぇ、と捕獲されるのであった。


「私達だって本当はあなたに関わりあいたくないのよ。でもね、風紀が乱れるのは良くないし、問題の芽は摘んでおこうと思ってね」


立ち方、歩き方、座り方、徹底的に覚え込まされた。


「私は平民だったのよ、こんなもの必要無かったの!」

「そう、でも今は貴族なんだから必要よ。貴族と平民では住む世界が違うのだから」

「・・・ふっ、選民意識ってやつ?」


ローラが意地悪く笑うとイザベルは首をふった。


「違うわ。平民の中ではここまで徹底的な所作は浮くわ。それと同じで貴族の中で平民の振る舞いをしては浮くのよ。わかる?その場その場で求められることが違うの。魚は陸で生きられないでしょう?あなたの居場所はもうここなのよ。わかったらちゃんと振る舞いなさい」


イザベルの有無を言わせぬ威厳のある声にローラは怯んだ。


「あなた、いい男を捕まえたいんでしょう?女はね、いい男を捕まえて輝くんじゃないのよ。輝いてる女がいい男を捕まえるのよ」


私、いじめられてるのよね?

なのに、なんでこの人こんなに優しく笑うの?

ローラはもう訳が分からなくなってきていた。


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