幸福の魔王『るし・ふぁー』
くるくる
吾輩は魔王である
吾輩は魔王である。
名前は――
「るし・ふぁー、がいいと思うの!」
元気いっぱいに宣ったのは、10歳にも満たない姿の少女だった。
少女が鋭い爪先を動かすと、赤黒色の禍々しい文字が宙に刻まれる。
『るし・ふぁー』
丸っこい文字だった。
その文字を仰ぎ見ながら、吾輩はためらいがちに口を開いた。
「邪神様……あの、これはいったい?」
魔王――それは、人類を絶望に叩き落とす存在。
暴食の魔王『ベルゼブブ』
憤怒の魔王『サタン』
怠惰の魔王『ベルフェゴール』
これまでに3柱の魔王が誕生し、世界に災厄を振りまいてきた。
それらの名は、あらゆる遺跡や書物に、未来の人類に対する戒めとして刻まれている。
だが……その記憶は風化してしまった。
500年の時を経て、人類は再び過ちを犯してしまった。
――絶望させねばならぬ。
神々の意志。
それが、吾輩を生み出した。
かつての魔王と同じように、我が名は人類への
……宙で赤黒く瞬く『るし・ふぁー』を眺めつつ、吾輩は困惑していた。
ひょっとして邪神様なりの冗談なのだろうか? 愛想笑いでも浮かべておいたほうが?
頭の中で渦巻いていた疑問は、輝くような笑顔で打ち砕かれた。
「かわいいでしょ!」
褒めて! とばかりに、邪神様は祭壇で胸を張った。
その眼前にひざまずいている吾輩は、何も応えることができなかった。
ただただ呆然と、邪神様の笑顔と、『るし・ふぁー』を交互に見つめていた。
その様子が不満だったのだろう。邪神様は唇を尖らせると、人差し指をピンッと伸ばした。
「えいっ!」
指先で円弧を描き、吾輩の額を指し示す。
すると、宙に浮かんでいた文字が、ふよふよと動き始めた。
蝶々のように、迫ってくる。
『るし・ふぁー』は、吾輩の額に衝突し――
「ぐッ!?」
灼熱感。
表面的な痛みではない。
身体の髄に赤く熱せられた鉄柱を差し込まれたかのような、耐えがたい感覚。
「だ、だいじょうぶっ!?」
遠くから、慌てたような声が聞こえた。
気付くと、すぐそこに邪神様の顔があった。
心配そうな表情で、吾輩の顔をのぞき込んでいる。
「おでこ、痛いの?」
そう言って、邪神様は手を伸ばしてきた。
ほのかに温かい、滑らかな手のひらが吾輩の額を撫でる。
何かを考える余裕など無い。
額の感触にすがりつつ、自らの内で荒れ狂う魔力を、どうにか押さえつけようと試みる。
けれど――
ぷつん。
頭蓋の奥で、どこか間の抜けた音が鳴ったのを最後に、吾輩の意識は途切れた。
〇〇〇
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