マスカーレの使命
王都外れの別荘地帯。そこには帝国出身家の別荘が建ち並んでいる。帝国より留学してきたレイヴン・マスカーレもこの別荘地帯に住まいを置いている。父親から譲り受けた立派な屋敷。ここを拠点にレイヴンは学院まで通学している。
執務室のソファで紅茶を飲みながらくつろいでいると、連絡魔法による着信音がなる。前方のスクリーンにホログラムが現れる。映るのは一人の中年の男だ。紫色の髪、長いヒゲ、暴飲・暴食により腹の出た体。レイヴンの父、マスカーレ公爵である。
連絡は月に一度。そして親子といえど、そこには厳しい上下関係があった。久方ぶりの連絡であったため、レイヴンは慌てて紅茶をしまいスクリーンの前に移動し跪いた。
準備が整うとセッション開始のボタンを押下する。
「聞こえるかレイヴンよ」
「はは。聞こえております。父上」
「入学から1ヶ月が経過した。王女へのアプローチは順調か?」
「ハハハ、ボクは父上自慢の息子ですよ? 当然順調にございます!」
嘘である。容姿端麗で文武に秀でた前途有望な次期公爵家の三男坊の末っ子。レイヴンは自身のスペックの高さを自覚していたし、実際にモテ続けの人生だった。フレン王女に対しても簡単に落ちるだろう、とたかをくくっていた。
探索授業でのアプローチは大失敗に終わった。
だが、これまでの人生で一度の失敗も犯したことのない人一倍プライドの高いレイヴンは、その失敗を認めることができなかった。故にとっさに噓を吐いてしまった。
嘘の上手さ、それも貴族社会を生きていくために必要なスキルである。
「くれぐれも失敗だけはするなよ? ウェルセリア王家と婚約を結ぶ。帝王様から預かっている重要なご命令だからな」
「はは、もちろんにございます」
「全ては帝国と王国の繁栄のためであるからな!」
「ははっ」
長年公爵止まりのマスカーレ家。一番王族に近い位置にいながらも、その上を行くことはできなかった。一番になれそうでなれない。そんな苦悩を数十年と味わい続けてにた。王に対する渇望は誰よりも強かった。
15年前のフレン・ウェルセリアが生まれた年。
偶然同じ年にレイヴンを産んだマスカーレ公爵は帝王から命令を受けた。
息子をフレン王女の婿として結ばせよ。
さすれば新たな帝国の王の位を与えよう、と。
帝王はウェルセリア王国を支配することを目論んでいた。
マスカーレはウェルセリアの王女を嫁に迎えることさえしてくれればそれでいい。あとの武力行使は帝国軍でどうにかしてくれるそうだ。
これは帝王直々にくださったビッグチャンス。成功した暁には念願の王になることができる。
フレン王女が幼い頃からマスカーレ公爵は度々王宮に接触しては、レイヴン含めた息子たちとの見合い話を持ち出すことにした。しかしウェルセリア王国としては幼い頃からの婚姻話には消極的だった。そうしているうちに10年あまりが経過し、フレンもレイヴンも学院に通う年頃になった。
レイヴンは二人の兄よりも文武とも優秀な息子だった。
三男であるレイヴンを本命として王国の学院に送り込むことにした。
レイヴンがわざわざ自国の帝国ではなく、王国の学院を選ぶことになったのか。レイヴンには父から、いや帝国から請けた大切な使命があったのだ。
しかし、レイヴン本人は気づいていない。帝王とマスカーレ公爵が裏で企んでいる本当の目的を。
ただ単純に見てくれがよく身分の高いフレンを嫁にすることで、自分をより価値のある存在にしたい、という欲望のために動いている。
「今月の末、学院恒例のヤマトとの親善試合が行われるそうだな。ウェルセリアの国王も来賓として招かれるはずだ。そこで武芸を披露できれば、国王様からの評価も上がるはず」
「そうでございますね。王女様へのアプローチだけでなく、外堀を埋めていくことも重要」
「ウェルセリアの王は実力を重視する男だからな。今のお前なら認めてもらえるだろう」
「そうですね。任せてください。代表選抜戦もなんなく優勝してみせますよ」
「そう簡単にいけばいいのだがな」
「といいますと?」
「クロード・ミッシェル。王国の公爵も出場するのだろう?」
「そ、そうか。確かにあいつは厄介だ」
「代表に選ばれるのは決勝まで進んだ2名まで。念の為彼とは決勝で当たるよう帝国側の教員に話を通し、トーナメント表に根回しをしておこう」
「ご配慮ありがとうございます父上。かならずやご期待にお答えできますよう精進を続けてまいります」
「ああ。任せたぞ。愛する息子よ」
「では、失礼いたします」
連絡魔法を解除する。
緊張が途切れたレイヴンはフーッと大きなため息をつき、ソファに腰掛けた。
「あー、疲れたー。大遺跡の件バレてなくてよかったあ。今週から始まる代表選抜戦、クロードさえいなければあんなの楽勝だっての。そしてボクのカッコいい活躍を見てくれれば落ちてくれるはず。見ててくださいフレン王女様。貴方の王子はあんな平民野郎なんかじゃない。このボクなんだ!!」
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