第5話 宅急便の人が目の前で壊れた朝とその後

 当店は宅急便の依頼が結構多い店です。

 今でこそバーコードやQRコードを「ピッ」とやるだけの簡単な作業が増えましたが、一昔前はえらく面倒な作業でした。

 代金も店に入るのはほんのわずかばかりの手数料だけだそうで、個人的にはいいところの無い作業です。

 で、私たち店舗スタッフの苦労もまあまあでしたが、集まった宅急便を集荷しゅうかにくる他社のドライバーさんも相当に苦しんでらっしゃる様子でした。

 今回はそんな一昔前のブラック労働についてのお話。




 当時の運送業はそりゃあもう典型的なブラック環境だったようです。

 今はもう選択できない「当日お届け便」と「12:00~13:00」の時間指定お届けなんかがあって、昼食をとる時間すら無かったとか。

 利用客からすればさぞ便利だったろうとは思いますけどね。

 

 今回の事件と同時期、○川△便のドライバーさんがブチ切れて客の荷物をアスファルトの地面に叩きつけ、さらに蹴り飛ばすというショッキングな動画がTVニュースで報じられたことがありました。

 あれってもう何年前のことでしょうね? あの事件がきっかけで労働環境の改善が進んだという話を聞いたことがあります。


 当店ではあの頃、日本語どころかアルファベットすらまともに書けないという困った外国企業がしょっちゅう宅急便を利用していました。

 インターネットでアクセサリーやら何やらの小物類の注文を受けて、当店から宅急便で発送するというビジネスを行っていたらしい彼ら。

 同僚の外国人スタッフによるとベトナム人たちだということでしたが、まあ何人でも関係ありません。

 問題は彼らの書くアルファベットが下手すぎて読めない、そして住所も郵便番号も間違いだらけという事でした。


 彼らの悪筆ぶりがどれほどのものであったか、一件だけあまりにも面白すぎて(もちろん悪い意味で)記憶しているものがあります。

 それがこちら。


 chuziolcalcen


 ……日本の地名なんですけど、どこだか分かりますか?


 正解は静岡県! 


「lc」となっている部分は「k」を書いたつもりのようです。明らかに左右がくっついてはいなかったし、右側が丸くて「lc」以外の何物でもありませんでした。

 チュジオールカルケン。スパロボの敵にいそうな名前ですね(?)


 こんな感じのハイレベルなクイズ問題を平均15件ほど毎朝毎朝処理させられて、ある朝ヤ○ト便の人が奇声をあげてしまいました。

 それも私の真正面で。


「ン"モ"オ"オ"オ"オ"!!!?」


 まるで牛のような雄叫び。

 ……目の前で人の心が壊れる瞬間を見てしまいましたよ。

 時間は朝6時くらい。

 眼鏡をかけた中年男性でした。

 朝6時に仕事の真っ最中ならば、この人いったい何時に起きているのでしょうね?

 あるいは私たちと同じ夜勤組でしょうか?

 過酷な労働環境でダメージの蓄積ちくせきされた心身に、チュジオールカルケンは強敵すぎたようです。


 まあ何にせよその人、こちらに何のフォローもないまま無言で作業を続け、無言で荷物を持って行きました。

 そして一日後、読めない伝票のものは受け付けないという通達がコンビニ本社から来ました。

 末端に文句言っても無意味だと判断したのでしょうね。だから上からダメ出しが来ました。


 で、そっから半月ほどの期間、今度はこちらがチュジオールカルケンと戦う番でした。

 歴代の敵キャラの中でもかなり強力なボス敵でした。

 日本語通じない、アルファベットもまともに書けない、郵便番号ナニソレ? という例の会社の人たち。

 この人たちに「読める」伝票を書かせるのは本当に大変でした。

 毎日10件以上ですよ。悪い時は一時間近くかかってしまいます。


「国語教師か俺たちはよオ~ツ!」


 とジョジョネタに走って現実逃避したい気分でした。

 ちなみに半月ほどしたら、その会社の人たち店にまったく来なくなりました。

 イヤな思いをしていたのはおたがいさまだったのですね。どこか違う店を拠点にしたようです。

 めでたしめでたし。




 で、2000文字ほど書いてみたこの話のオチですが。

 ヤマ〇の人にとって苦しみの一つとなっていた「朝6時の集荷」が、しばらくしたら終了となりました。

 数年前の3月31日だったかな。同時に「当日便」と「12時配送」が終了し、ドラスティックな環境改善が実現した瞬間でした。


 なんの因果か、最終日の担当は「ン"モ"オ"オ"オ"オ"!!!?」って奇声を上げた人でした。前世でこの人とご縁でもあったんでしょうか、牛と牛飼いみたいな。

 20個ほどの大小さまざまな箱を淡々と機械でスキャンしていく奇声氏。

 彼がひと通りの作業を終え、あとは店を出るのみとなった瞬間に、私は頭を下げてこう言いました。


「今までお世話になりました」


 ……しかし相手、私のことを無視しやがりましたよ。無言スルーです。

 いい年した大人同士じゃないですか。ガキじゃないんだからちゃんとお別れするべきだと思うんですけどね。

 でも腹は立ちませんでした。

 ごくありきたりの挨拶あいさつすら拒絶きょぜつするくらい、私たちって嫌われていたんですね。

 心 当 た り が あ り 過 ぎ ま す 。


 最後の最後に聞こえなかったふりをするくらいしか、彼にはやり返す手段が無かったのかもしれません。

 サラリーマンは悲しい生き物ですね。


 6時の集荷がなくなったことで、私たち夜勤は〇マト便の人たちとは一切の接点がなくなりました。

 だけどchuziolcalcenと書かれた伝票と「ン"モ"オ"オ"オ"オ"!!!?」って雄叫びは何年たっても忘れられませんねえ……。

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