天使の筆は恋を描けない。〜学校一かわいい美少女絵描きにヌードモデルを頼まれた件〜

ウサギ様

プロローグ:天使の筆は空を描く①

 人生とはごっこ遊びだ。


 こうするべきという規範をもとにしてそれを演じる。


 立派な人間はこうする。善人はこうする。あれはしてはいけない、これはしてはいけない。


 そんな規範を元に正しい人間の演技をする。……それをずっと続ける、滑稽なごっこ遊びが人生だ。


 死ぬまで続く人間のロールプレイが人生で、良い人というのは演技が上手い人のことだ。


 …………だから、俺は与えられた「役割」を精一杯、滑稽に踊ろうと思っている。


 そんな俺の考えを裂くように、快活で綺麗な少女の声が高校の教室の中に響いた。


「では諸君、我々怪異研が部活動と認められるための活動を今日も始めようではないか!」


 と宣言するのはキャプテンとみんなから呼ばれている少女だ。


 高校生の放課後という部活に励んだり恋をしたりと励んでいる中、女子生徒は深く頷きながら教室にいる俺たちを見る。


「ふむ、今日は誰もサボりが出ていないみたいだね。僥倖。これは我が怪異研が部活動に承認される日が近いというものだ。では、各々の報告を聞こうか。司会はいつも通り参謀の三船 文くんに任せよう」


 ピシッとキャプテンは俺を指差し、俺は仕方なく立ち上がって彼女の隣に移動する。


 奇行が目立つ彼女だが自分が女の子であるという認識はちゃんとしているのか、隣に立つと可愛らしい髪留めと綺麗な横顔が目に入る。


 少しいい匂いがすることを悔しく思いながら、いつもの流れで口を開く。


「あー、はいはい。我々怪異研究会の当面の目標は学校に部活動であると認められることだが、それに当たっていくつかの障害が存在している。その一つ一つを解決するためにみんなには働いてもらっているが、その報告を聞こうと思う。まず第一に、我々の素行不良だ」


 俺がそういうと茶髪でチャラチャラとした服装の短いスカートの、古い言い方だとギャルと呼ばれていそうな女子生徒が頷く。


「まず、報告を聞こうか。山田」

「りょッス」


 立ち上がったギャル、山田はふざけた様子でピシッと敬礼をしてから離し始める。


「あたしは教頭にピアスとネイルと髪色とスカートを注意されていたんスけど、どうしてもやめたくなかったんだよね」


 まぁそれは見れば何も治っていないことが分かる。何も解決していないのに自信満々な様子の山田はワイシャツの胸元のボタンがあいている胸を張る。


「なんで、教頭を説得して、教頭っぴをネイルとピアスと茶髪にしてデコっちゃいました。ぶいぶい」

「教頭をデコるな」


 ギャルの山田は待ち受けにしていた薄毛気味の中年男性とのツーショットを見せる。

 ネイルしている爪側を見せるようにピースをしている教頭の哀れな末路を見たキャプテンは満足げに頷く。


「僥倖」

「言うほど僥倖か? 俺には地獄が発生したようにしか思えないんだが。……まぁ、服装に関しての障害が取り除かれたのは事実か。……キャプテンも満足しているようだし、後で褒美を渡す」

「ありがとー、文くんもデコっていい?」

「俺をデコるな。次、同じく素行不良……龍滝」


 黒髪が目元にまでかかった男子生徒を見ながら言うが、彼は俯いたまま反応がない。

 キャプテンの方に目を向けると、彼女は楽しそうに頷く。


「僥倖」

「まぁ、学校に来いって話だったみたいだからここにいるからオッケーか。次、部室の確保に当たっている田村」


 気だるそうな表情の男子生徒は地味な雰囲気に似合わず比較的端正な顔を上げ、座ったまま口を開く。


「……あのなぁ、俺も暇じゃあないんだが。それで報告か。部室練の方を当たってみたら空き部屋があった。話を聞いてみると、去年の三年生が抜けたことで潰れた部活があったらしい」

「なら、そこ使えそうだな」

「いや、問題があってな。今年入った一年の……九重キイロ、あの例の天才少女に学校側が使わせたいらしくてな」


 その言葉を聞いたキャプテンは教卓の裏で俺のズボンをちょいちょいと引っ張る。


「参謀、九重キイロって?」

「キャプテン……もう少し学校の情報にも目を向けた方がいいぞ。九重キイロは……まぁ絵が上手いやつで、既に世界的な評価を得ている画家だ」

「へー、そんな人いたんだ」

「けど、変人キャラによくある例に漏れずかなりの変わり者らしくてな。まぁ学校側としては美術部ってことにして、学校の功績ってことにしたいんじゃないか?」


 キャプテンは「ふむ……」と頷く。


「つまり、現状は美術部と怪異研が設立争いをしているという具合か」

「あー、どうなんだろうか。あんまり人と話をしてる様子はないし、部活を自分から作りたいってようには見えないな」

「美術部ってのは学校側の考えってだけ?」


 キャプテンが尋ねると田村はやれやれという様子で頷く。


「軽く様子を見ていたが、本人はそもそも学校にくるのも面倒って様子だったな」

「ふむ……参謀、どう思う?」

「学校と言い合いをしても勝ち目はないんじゃないか?」

「教頭っぴに頼もっか?」

「教頭っぴにも事情はあるだろうからな。別の教室を探した方が無難だろ」


 田村が露骨に面倒くさそうな表情を浮かべ、それを見たキャプテンは「んー」と考えた様子を見せて俺をじっと見つめる。


「なんだよ……」

「よし、その天才ちゃんを仲間に引き込もう。参謀、頼んだ」

「ええ……」

「そしたら、学校側も私達もいい感じになるでしょ? それに、学校に来たくないけど来ないとダメってなってる天才ちゃんも仲間が増えて、みんなお得」

「いや、まぁ……それはそうかもしれないけども……」


 なんか一番成功率が低そうな面倒な仕事を押し付けられていないか。と思いつつも話が進まなくなるので最後にキャプテンへと目を向ける。


「それで、活動の意義や実績だけど……。キャプテン」

「はいよ。以前から調べていたこの地域の風俗学的な内容と地域の卑近な都市伝説を比較した資料を作成したよ。あと、ついでにこの学校の都市伝説についても……まぁ、これは学校に提出する必要はないかな」


 相変わらず……自分の興味があることは真面目にしている。


 キャプテンはお気に入りのペンをくるりと回して俺に目を向ける。参謀として指示を出せということだろう。


「はあ……まず、山田は教頭っぴに顧問をやってくれないか頼んでみてくれ。反応が悪ければ、キャプテンの作った資料を見せて「民俗学や文化人類学の勉強をするのに集まれる枠組みがほしい。活動の方針として課外活動やフィールドワークがあるから、ただ集まるだけではなく、メンバーの親を納得させるために部活動という枠にしたい」ということを伝えてくれ」

「りょっ! 長文だから全然覚えれないけど!」

「……あとでノートに書いて渡す」

「オッケー。でも、その言い訳って効くの?」


 俺は龍滝の方に目を向けてからちょいちょいと山田を手招きして近づいたところで耳打ちをする。


「学校の風聞として不登校の生徒がいるのは嫌がるだろ。それで俺たちの仲間に龍滝がいるから、前提として学校側とはそんなに悪い関係じゃないんだよ。だからある程度の建前があれば分は悪くない。……まぁ、単純に面倒って問題はあるだろうけど」


 俺がそう言うとヘラヘラとしていた山田はスッと表情を変えて少し厳しい表情で俺を見る。


「……龍くんを引き入れたのは打算だったの」

「俺が決めたことじゃなくてキャプテンが決めたことだ」


 俺がそう言うと山田はいつものギャルっぽい軽薄な笑みに戻って「オッケー!」と席に戻る。


 俺だったら打算で人を利用すると思われてるのだろうか……。


「それで次、龍滝と田村だが、特にやること自体はないけどやる気を見せる必要があるからなんか活動……学校の七不思議でも調べてたら?」

「急に投げやりになったな……まぁいいけど。というか、七不思議ってあるのか」


 田村はやれやれって感じの表情を浮かべながら俺を見る。


「それで、その七不思議ってのは?」

「あ、それは私から説明するね。

 パンクが頻発する駐輪場、

 毎年のように変わる校長の乗ってる車種、

 異様に強い卓球部、

 漫画のラインナップが妙に多い図書室、

 学食のおにぎりがすごく美味しい、

 最寄駅の自販機で夏場でも暖かいおしるこが売ってる、

 怪異!何度席替えしても必ず窓際の一番後ろになる男、

 の七つだよ」

「最後俺なんだけど。えっ、怪異扱いされてるのか!?」


 田村はやれやれの表情を崩しながらそう言う。


「あと、学校の七不思議に一個駅の自販機混ざってるぞ」

「それはほらアレだよ。インターネットの検索とかでも検索したワードに関係なくても人気あるページがヒットしたりするでしょ? アレと一緒」

「学校の七不思議って検索エンジンと同じシステムだったんだ……」

「最近はハイテクだからね」


 そういう問題ではないと思う。

 田村はやれやれ顔を戻しながら頷く。


「まぁ……パンクに関しては気になるな。悪質なイタズラかもしれないし調査してみる。九重の方は参謀に任せるけど、嫌がるようなことはするなよ」

「俺に対しての信頼がない……。まぁ、普通に声かけてみるか」


 怪異研究会の会合は終わり、一時解散となったので早速九重キイロという天才絵描きのところに向かう。


 一年生だったついこの間までいた教室の中に目を向ける。

 有名人ということもあり、まだ帰宅していないらしい彼女をすぐに見つける。


 パチリとした瞳と、年齢のわりにあどけなさの残るが、けれども可愛らしさと共に美しさを感じる顔立ち。


 白く細い指先に赤い絵の具が映えて、ドクリドクリと心臓が音を鳴らす。


 真っ赤な夕焼け空に照らされた彼女に見惚れていると、彼女は子供っぽい顔で夕焼け空を見て満足げに頷く。


 何か絵を描いていたのか……? と思って見つめると、その違和感に気がつく。


 まだ夕方の時間じゃない。教室の時計を見てもスマホの時計を見てもまだそんな時間ではない。


 歩いて近くに寄るが、まだ分からない。目を近づけて凝らして見ても、まだ分からない。窓の端に手をかけて動かすと「窓の外の夕焼け」が窓と共に動く。


 やっと、理解する。俺が見惚れていた夕焼けは九重キイロが窓に描いた絵だった。


 あまりに精巧な絵だったから……というよりも、その絵があまりに美しかったからだ。


 窓に描かれた絵の中の景色を「本物」と思い込みたくなるほど美しかったのだ。現実はこう美しくあるべきだと思わせるようなそんな絵だった。


 それを描いていた彼女に、俺はゆっくりと口を開く。


「……教室の窓に描いたらダメだろ」

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