3 彼女は論争の中で、黒幕のことを考える




「ヴィル、彼女がハリステッド・ジャベリンと協力していた証拠はない」


 宰相子息エミール・クレッシェンは、涼しげな灰色の瞳を自身の主に向けて告げる。落ち着き払ったその態度は、他者に呆れも、悔しさも感じ取らせない。

 アイリス・ミラルディアが私の一番嫌いな人間であるとすれば、彼エミールは私が一番苦手とする相手だ。内実を伺わせないことに長けた人間は、酷くやり辛い。


「だが、この女がハリステッドと話をしているところを見たという証言が、いくつも出てきたんだぞ」


 ゆくゆくは自分の側近になるであろう相手に反論した殿下の言葉は、しかし最愛の女によってきっぱり言い返される。


「ハリスとシャーリンは、同じ学園の生徒じゃない。話をして何がおかしいのよ」

「そういうことじゃなくてだな、アイリス」


 殿下は困ったように、手入れされキラキラと光る自身の金髪を掻き乱す。そしてアイリスに抱き締められている私を忌々しそうに睨みつけるが、アイリス自身に睨み返され怖気づいたように視線を逸らした。


「それが真実だったとしても、状況証拠以外にはならない。シャーリン・グイシェントとハリステッド・ジャベリンが共犯関係にあったという証拠は、まだどこからも見つかっていない」

「しかし、こいつのせいでアイリスは誘拐されたんだぞ!」


 エミールの言葉にヴィルヘルム殿下は、じたんだでも踏むように酷く悔しげに腕を振るった。



 異色の侯爵令嬢アイリス・ミラルディアに、こが国の第二王子ヴィルヘルム・フィラ=ナーディアンスが求愛していることは、学園の人間ならば誰でも知っている事実だ。

 それが好意であっても悪意であっても、他者の感情に冗談のように疎いアイリスなので、些か空回っている感があるのは否めないが、それでもヴィルヘルム王子はめげないしあからさまに周囲に対して牽制もしている。もちろん回りも、好き好んで王子殿下に敵対しようとは思わない。


 しかし、そんな彼女に横恋慕した男がいた。それがジャベリン侯爵家嫡男であるハリステッドだ。

 ジャベリン侯爵家は元をたどれば王族との繋がりもある由緒正しい貴族だが、現在は時流から外れていることもあって取り立てて目立った所もない家である。

 それ故に、正面を切って王子殿下と張り合う事ができなかったハリステッドは、搦め手を用いた。

 元よりそうした策謀を好んでいた男ではあった。弱みを握り、甘言を弄し、誘導をする事で、他者を面白いように操っていく。そうして彼は、アイリス・ミラルディアを陥れ、王子殿下に相応しくないと言われるまでに評判を落とそうとしたり、彼女と王子の、引いては他の取り巻きたちと仲違いさせ、孤立させようとした。

 そんな企みの中で、もっとも利用されていたのが私シャーリン・グイシェントだった。


「シャーリンは、ハリスに騙されていただけなのよ!」


 私の行動が結果として、アイリスたちを危機に導いていたことはこれまで幾度もあった。

 もっともそれは、見当違いの善意や勘違い、情報の錯綜や他者の嘘に惑わされて行動してしまったせいであり、シャーリン自身に悪意や危害を加えようという意図があってのものではない。しかもそれだって、元をたどればハリステッドの誘導の痕跡が見える。

 アイリスはそう主張した。


「だがそれならどうして、待ち合わせ場所に現れたのがアイリス。お前ではなく、そこのシャーリン・グイシェントだったんだ?」


 ヴィルヘルム王子の目は、軽蔑の色を持って私を一瞥する。


「その女がお前に宛てた手紙を盗んだ上で、記してあった時刻を書き換えたんだ」


 つい先日まで、この国は建国記念祭の真っ最中だった。

 記念式典のほか国王主催の夜会があったり、国賓を招いての昼食会があったりと、貴族にとって社交の正念場である一方、城下街では一般市民を中心に大規模な祭りが開催されていた。


 貴族として様々な行事に参加しなければならないアイリス・ミラルディアだが、彼女にとって馴染み深いのはどちらかと言えば城下街で行われる庶民の祭りの方だった。

 彼女は僅かな時間の合間を縫って、そちらの方にもお忍びで出かけようと試みていたのだが、それをヴィルヘルム王子が見逃すはずもなかった。多忙を極める中手紙のとり交わし、ちゃっかり二人きりで出かける約束を取り付けていたのだ。


 しかし、待ち合わせの時間アイリス・ミラルディアは現れず、代わりにいたのは私、シャーリン・グイシェント。

 書き変えられていた時間は小半刻に過ぎなかったが、無防備となっていたアイリスは、そのわずかな時間で誘拐されてしまった。


 犯人はもちろん、ハリステッド・ジャベリンである。

 彼にとっても正念場だったのだろう。これまで人を操って望む成果を得てきたハリステッドだったが、ここに来て彼は他人を信用しなかった。

 危うい所でアイリス・ミラルディアが救い出された後、自らが動いた僅かな痕跡を辿られて、これまで一切姿を見せなかった黒幕ハリステッド・ジャベリンは捕縛されたのだ。

 そして芋づる式に、私シャーリン・グイシェントにも嫌疑が及ぶことになる。

 それが、今の状況だった。



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