穏やかな風が吹く 短編集

KKモントレイユ

第1話 白い帽子とワンピース

 夏の日差しが強い高知県南西部の小さな町。町の中心部から少し西に離れた場所。そこに、この地域で有名な観光地がある。なにぶん田舎で、そこへ行くまでの十数キロは民家も何もない田と畑だけである。穏やかな風景の中、遠くの方に小さく畑仕事をしている人が見える。

 私は営業の仕事で町から、その観光地のあるあたりまで車を走らせていた。ふと気が付くと、その道を向こうの方から女性が歩いてくる。白い帽子、白いワンピース。白い日傘に白の靴。木で編んだ小物入れを腕にかけた美しい女性がこちらに歩いてくる。こう言っては地元の人に失礼だが、この辺りでは見たこともない気品を感じさせる女性だった。すれ違う直前に目が合った。少し微笑みながら私の方に会釈してくる。本当にきれいな人だな・・・と思いながら通り過ぎる。

 取引先まで行き用事を済ませ、そのあたりの食堂で昼食を済ませる。ここは海や山が近く、魚や野菜が本当においしいところである。

帰り道、また同じ道を帰るのだが、ふと私は女性とすれ違ったあたりで、もう一度、周りを見渡してみる。前後十数キロまったく民家もなにもない。

どこから歩いて来たのだろう?

 美しさに気を取られていたが、この風景に似つかわしくない身なりをしていたと思う。

 数日後、またその地区の取引先に行く用事があり私は車を走らせた。月に数回その地域の取引先数件を訪問する。その日も夏の日差しが強く遠くに陽炎かげろうが見えている。遠くの方からこの前と同じ白い帽子、白いワンピース、白い日傘、まったく同じ出で立ちで美しい女性が歩いてくる。

 なんてきれいな女性なのだろう。その女性はまた私と目が合うと少し微笑み会釈する。今回は私も会釈を返した。

 バックミラー越しに後方を見ると女性はその道をずっと歩いていく。その先は数キロメートル何もない。さらにその先に山吹台という小高い丘があり、そこを超えると岬になっている。その先に数件の民家、何を売っているかよくわからない商店。

どこから歩いて来たのだろう?

 十数キロ先から歩いて来たことになる。そして、さらに数キロ歩いていくことになる。

 不思議な光景だった。しかしいつもすれ違う時、その美しさに目を奪われ、異様とも思える状況を忘れさせられる。

そんなことがその夏数回続いた。

 ある日、私は普段、あまり行ったことのない地域に行く用事があった。地図で見ると山吹台という丘には南に入っていく小さな道があり、どうやらそこにちょっとした集落があるようだ。限界集落さながらの集落であるが、太平洋を一望に見渡せる小高い丘は人が来ているのかどうかもわからない別荘が数軒と『白いクジラ』というペンションがある。『へえ、こんなところがあったのか』私はその『白いクジラ』に届け物を依頼されていた。老夫婦が切り盛りするそのペンションは意外と流行っているようだ。話を聞くと夏場は意外と泊り客が多いのだという。昭和を残した雰囲気は懐かしさとやさしさを感じさせる。

用事を済ませ店を出ようとすると、カランという鐘の音と一緒に一人の女性が入ってきた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

何度か見た白い帽子の女性だった。

「あら、こんにちは、何度かお会いしましたね」

女性は笑顔で話しかけてきた。

「あ、こんにちは……」

 私は彼女をこれほど近くで見たことがなかったのと、改めてあまりの美しさに動揺してしまった。

 落ち着いたところで話を聞くとペンションを切り盛りしている老夫婦のお孫さんで普段は東京に住んでいるという。夏場だけ手伝いに来ているということだった。

歩いていたのはどこへ行くということでもなく田舎の長閑のどかな風景を見ながら散歩していたのだそうだ。

幽霊じゃなかった……

私は届け物を渡しペンションを後にした。

半年後、私はその地域から転勤となった。

 数年経ち、新聞の片隅に小さく『地元の人に惜しまれながら『白いクジラ』が閉店』との記事を見た。

 あの穏やかな時間と光景は記憶の中だけに残るものとなった。

忘れないうちに書き留めておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る