遍歴皇女

玄月黒金

第1話 外の世界

「町だ・・・・・・!」

初めて味わう昼の都市の活気に、目を輝かせている少女がいた。たまに不審な目で見られるが気にしない。市場の活気のある客引きの声、露天から漂ってくる美味しそうな匂い、道を行き交うたくさんの人々。使い古した一張羅の外套を着てキョロキョロと辺りを見回す不審者とはこのわたし。でも、訳を聞けばみんな涙して納得してくれるだろう。


名前はリーナ、12歳。傭兵兼エクソシストの弟子、もとい召使いをやっている。元の名前は長いという師匠の一言でこうなった。昔、色々あって牢屋に囚われていたけど、運良く脱出できた。でも見知らぬ森へ転移してしまい、狼に襲われかけているところを捕まった・・・いや助けられて今に至る。命の恩人であり今まで育ててくれた師匠にしごかれる日々を送っていた。

仕事は悪いものを『お掃除』すること。もちろん力ずくでだ。

「家」は魔獣が闊歩する辺鄙な山にあって、クソ師匠は修行と称して魔獣の群れの中によくわたしを放り込む。いたいけな女の子にする仕打ちじゃないと訴えたけど取り合ってくれなかった。だから命からがら逃げ出してきたという訳だ。


ん?怪しげな自称神と契約してる癖に何をしてるのかって?・・・・・・まあそれはそれ、だ。わたしはその力を悪用するつもりはないし、オフィーも今のところ大人しくしている。


<ちょっと~~ボクの名前はオフィターポピスなんだけど~?>

頭の中で幼さの残る声が響いた。同時に、目の前にわたしと同じ年頃の少年が現れる。

(はっ、あんたなんかオフィーで十分よ)

<失礼しちゃうな~ボクみたいな偉大な存在の名を略すなんて君くらいなものだよ>

オフィーは拗ねた表情を作るが、演技と分かるようなわざとらしさで、それを隠そうともしない。本性が読めないというのは出会った頃から変わらないが、威厳はすっかり感じなくなってしまった。初めて会った姿は長身の眉目秀麗な男だったが、今はすっかり縮んでしまった。当初に抱いていた恐怖ももうすっかり薄れてしまっている。今の血なまぐさい生活にも。


・・・慣れって怖い。


<それで、本当に出てきてよかったの?>

(もちろん)

毎日毎日、食材を狩りに行かされ(それも普通の獣より危険な魔物を)、寝床は寒い洞窟の中だし、師匠が丸一日走ればその後を死に物狂いでついて行かなければならない。そもそも、魔を払うエクソシストがオフィーと契約した自分を生かしておく理由が謎だ。気付いていないということはないはずだが、一度も話題にしないことが余計に恐ろしい。一人前に成ったら山から出してやると言われているが、5年たった今でも半人前とさえ認められていないのだ。認められる日なんていつになることか。閉じ込められるのはもうこりごりだ。

<ボクは戻った方が賢明だと思うけどな~~>

オフィーが意味ありげに言う。

(どういうことよ)

予想外にも反対されてわたしは眉をひそめる。オフィーもおっかない師匠の傍にいるよりは逃げることを選ぶと思っていた。

(勝算がないって言いたいわけ?今回は初めてって言っていいくらいのチャンスじゃない)

そう、わたしだって馬鹿ではない。見込みがついたからこそ実行に移そうとしているのだから。

その見込みとは、ずばり師匠の不在だ。それもただの不在ではない。いつもは長くても一週間で外から帰ってきていたが、今回はかれこれ一月も戻ってきていない。そんな絶好のチャンスを逃す手はない。今度こそ逃げ出してみせる。

<ま、ボクはどっちでもいいけどね~ま、よく考えるといいよ>

それっきりオフィーは引きこもってしまって、呼びかけても返事はない。


毛皮や肉などの素材を換金した分で露天を堪能した後は、宿を取ろうとしたが門前払いされたので、町の外で野宿することにした。みすぼらしい格好の、どうみても成人していなそうなどこの馬の骨とも知れぬ子供はだめらしい。なんとも世知辛いことだ。

仕方なく、近くの森で野宿することにした。久しぶりにベットで寝れるはずだったのに……。


街の門が閉まる前に外へ出て、晩御飯の材料探しもかねて森へと入る。

宿に泊まれなかったのはショックだったが、大型魔物を狩らなければならなかった時と比べれば足取りは軽い。

「おっ、兎みーっけ」


気配を殺してじりじりと距離を詰める。

兎は食事に気を取られていてこちらに気づく様子はなかった。


気づかれないうちに近づき、ナイフを投げて仕留める。

「晩ご飯ゲット〜」

ほくほく顔で手を伸ばそうとした時、目の前を何かが横切った。風きり音の先を追うと、足元に刺さっている1本の矢が目に入った。

「ひいいっ」

飛んできた方向を探すと、木の上に人影を見つけた。

「誰?」

無言で矢を射るなんてまったく穏やかじゃない。

木の上の人物はだんまりを決め込んでいる。しばらく睨み合いを続けていると、身軽な音ともに人が降りてきた。

「……っ!」

私は驚きに目を見開いた。

さらさらの亜麻色の髪、透き通るような肌、整った目鼻立ち。人間離れした美貌に息を飲む。極めつけは尖った耳だ。この特徴的な見た目はエルフ以外ありえない。人間の領域に現れることは少ないと聞くが珍しいこともあるものだ。

「いきなり悪かった、我が主が君を夕飯に招待しようと仰っている」

「遠慮します」

睨みつける私の視線にお構いなくエルフは言葉を続けた。

「もう日も暮れる頃にこんなところを彷徨いているから盗賊かと思っただけだ。詫びも兼ねてご馳走しよう。着いてこい」


「誰があんたみたいなのに…」

<ボクは着いていくことをおすすめするよ>

当然断ろうとする私の頭の中に声が響いた。

(嫌よこんな怪しそうなやつに…)

<まあまあそう言わずに。これは偉大なる邪神の導きだよ>

思いのほか真面目なトーンに私は黙り込んだ。

(……)

ふっと頭の中に昔の記憶が蘇る。森の中を必死に逃げている少女。それを導く声。これで二度目だ。

(分かった)


「考えはまとまったか?」

「分かった、案内してちょうだい」






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