#319 「俺のことはいくら悪く言ってもいい」っていうけど

「んなわけないよな。普通に自分も悪く言われんの嫌だわ」

「どうした急に」

「主人公とかがさ、『俺のことはいくら悪く言ってもいい。けど、こいつのことを悪くいうことは許さねえ』って言うじゃん? あれ、俺全然わからねえんだわ。だってさ、自分のことだって悪く言われたらムカつかねえ?」

「ま、言いたいことはわかるよ。けど、そこは主人公なんだし」

「主人公だからって自分を悪く言われて平気な訳ないだろ。つか、悪口は自分だろうが他人だろうが、言われたら怒るべきだろ。なんで自分は悪く言われてもいいのか不思議なんだわ。自己犠牲? ってやつか? あれの何がいいんだか。自己犠牲で救われた側になってみろってんだ。自分も助けて、他人も助けてこそ一流の主人公だろ」

「主人公像たっか」

「もし俺が異世界転生して主人公になったら、絶対にンなセリフは言わないね」

「大丈夫。異世界転生なんて絶対にしないから」


 数日後、あいつが行方不明になった。

 ……まさか、本当に異世界転生したんじゃないよね?


「……もしそうなら、有言実行してよ。ちゃんと自分も他人も、全てを救うヒーローになってさ」

 そんなことを、青空に向かって言ってみた。

 冬の空に、寂しく僕の声だけが届く。

 あいつの悪態は……聞こえない。

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