#80 過去、現在、未来

「過去、現在、未来。ねえ、あなたは過去と未来が本当にあると思う?」


 目の前の少女は、ふとそんなことを聞いてきた。

 少女の名前は蓑原みのばら秋乃あきの。年齢17歳。職業はアイドル兼女優。元々はアイドルだったのだが、少女が醸し出すミステリアスな雰囲気がとある映画監督の目に止まり、それ以降女優としての仕事も増えてきていた。年齢は17歳だが、纏っている雰囲気は明らかに17歳のソレではない。

 そして、少女の問いかけの先にいる男はプロデューサー。黒髪短髪のタレ目が特徴の男性。年齢は20代後半なのに、その表情には未だ幼さが残っている。

 二人は現在、次の現場に向けて車で移動中だった。ただ、次の現場まで少し時間があり、信号に止まった時少女が疑問投げかけたのだ。


「と、いうと?」

「質問に質問で返さないでください。まずは私の質問に答えてからです」

「ふむ。過去と未来があるのか、ないのか……ねえ」


 助手席に座る蓑原を横目で見ると、彼女は面白おかしそうなものを見る目をしている。

 こういった時、彼女のお気に召す答えを返せれば満足するが、満足しないとちょっとだけ不機嫌になってしまう。


「ある、とは思うぞ」

「ある派なのね、あなたは」


 つまらなそうな声音が返ってきた。


「早まるな、続きがあるぞ。俺があると思うのは過去だけ。未来はないと考えている」

「あら、それは面白い答えです」


 信号が青に変わり、前の車が動き出す。

 アクセルを踏みながら、言葉を続けた。


「現在を経て過去は生まれる。けど、未来はまだ未定のものだ。未来は仮定することしかできない。だから、ない、だ」

「さすが私のプロデューサー。私好みの回答です」

「それはよかった。蓑原はどうなんだ?」

「私の答えは決まっています」


 蓑原の声は揺らぐことのないものだった。


「私は過去も未来もない、と考えています。あるのは現在だけ。だって、未来なんて考えている時は未来でも、過ぎ去って仕舞えば過去になる。だから未来はない。過去もまた、すでに過ぎ去ったもの。終わったものをあるとは考えられないんです」

「なんだ、俺と違って両方ないってことじゃないか」

「ええ。ですが、未来がないは一緒でしょう? だから私好みなんです」

「よくわからないな」

「ええ、それでいいんです」


 そこで会話は途切れてしまった。

 次の現場に到着したのだ。


「では、行ってきます」


 蓑原を見送る。

 ふと、先ほどの言葉を考えてみる。

 過去、現在、未来。


「ん?」


 そこで一つ気になる疑問が生まれた。

 なぜ蓑原は「過去と未来が本当にあると思う?」と言う質問をしたのか。なぜ「現在」を外したのか。最初に三つ言ったのならば、この三つがあると思うか? と言う質問になるはず。

 しかし、蓑原は現在を除いら過去と未来だけを聞いてきた。


「現在は……いや、聞くまでもないか。現在は今まさに体験していること。ないはずがない、よな」


 しかし、なぜあんな質問をしてきたのか。それだけはわからなかった。

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