#46 名犬の名演技

 男は膝から崩れ落ちた。

 男の前にはベテラン刑事と若手刑事がいる。二人とも険しい表情をしており、反対に男は自分の犯してしまった罪に嘆いている。


「ワクさん……」


 若手刑事が男の名を呼ぶ。その声音は何かやりきれない感情が込められていた。

 ワクさんと呼ばれた男はある罪を犯してしまった。その罪を刑事二人が捜査し、犯人である男の元に辿り着いた。

 男は嘆き、頭を抱えてしまっている。

 なんともやりきれない空気の中、一匹の柴犬が男の元へ行く。


「ケン……」


 ケン、それが柴犬の名前だ。

 ケンはゆっくりとした足取りで男の元に行き、「クゥ〜ン」と鳴く。ぺろぺろと男の手を舐める。その姿はまるで罪を犯してしまった男を慰めているように見えた。


「ケン……ごめんな、俺、バカやっちまった……ホント、ごめんな……」

「ク〜ン……」


 ケンはもう一度悲しそうな声をあげる。

 そして、男の体に顔を埋めた。



 ☆★☆★☆★




「ハイ、カット!」


 監督の声が飛んだ。

 先ほどまで役を演じていた俳優たちは表情を戻し、監督のチェックを待つ。

 その中で先ほどの柴犬の飼い主が駆け寄る。


「ほらほら〜、お疲れ〜」


 飼い主に駆け寄ると、ケンと呼ばれていた柴犬は尻尾を振って飼い主と戯れる。


「お疲れ様。ケンくん、ホント良い芝居するな」


 飼い主の元に監督が労いの言葉をかける。


「そうですか?」

「そうだよ。犬が出る作品全部に呼びたいくらいだ」

「嬉しい言葉です」

「また機会があったら頼むよ」


 はい、と飼い主の返事を聞くと監督は去っていった。その後も共演者たちから労いの言葉を受け取って、ケンと呼ばれた柴犬は「わん!」と元気よく鳴いた。



 ☆★☆★☆★



 ふうー、さて、今日もいい芝居をしたな。

 最初は犬に転生した時はどうなるかと思ったが、ま、さすがは役者の卵だった俺だな。名演技を発揮する犬として今じゃ引っ張りだこだ。

 今日の芝居もなかなかだったよな。自分の犯してしまった罪の重さに泣き崩れる男の元へ、いいタイミングで近づき、そして同情するかのように鳴く。うん、我ながた完璧だった。

 さて、飼い主よ。今日の俺は頑張った。さ、いいチュールをくれよ!

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