#44 それはとても至って普通のチョコレート
ドン、と効果音が聞こえてきそうなほどの存在感を放つ箱が、目の前に置かれた。赤いリボンで装飾された箱。差出人である生徒会長様は腕を組み、堂々と構えている。
「えっと……これは?」
「あら、わからない?」
「うーん」
ひとまず考えてみる。
今日は2月14日。世間でいうバレンタインの日だ。クラスの男子が朝からソワソワしていたのを思い出す。
いやまあ、さすがの僕も今日がバレンタインだから目の前の箱がチョコなのだろうと察しはつく。けど問題はそこじゃない。生徒会長様が僕にチョコをくれるっていうのも信じられないけど、それよりも信じられないのは今の状況だ。
「バレンタインのチョコよ。見てわからない?」
「うん、それはわかるよ? 僕がわからないのは、なんで僕が縛られてるか、なんだけど」
場所は生徒会室。
時刻は昼休み。
僕、椅子に縛られている。
うん。おかしいな。生徒会長様に呼ばれてやってきたら、一瞬のうちに椅子に拘束されてしまった。自分でも非力な方だと思っていたんだけど、まさか生徒会長様に力で負けるとは思っていなかった。ちょっと僕のプライドにヒビが入った。
「それは……あなたが逃げないようにするためよ」
「逃げないようにって……」
「だってあなた、毎年私のチョコから逃げるじゃない」
「…………」
それは生徒会長が毎回工夫をしてくるからだ。僕だってくれるものはありがたく受け取りたい。けど、毎回激甘だったり中に変なもの入れてたり、食べるとトイレから一時間ほど出られなくなったりと、サービスが豊富なのだ。それがなければ、僕だって逃げたりしない。
「……ちなみに今回は何したの?」
「今回は普通よ。普通の手作りチョコ。そう構えないで」
「前例がありすぎて信用できないな」
「しょうがないわね。じゃあ、今回は私が食べさせてあげる」
「……え?」
「縛られてちゃ食べられないでしょ」
そう言って生徒会長はリボンを外し、箱を開ける。綺麗な形で作られたチョコレートがこんにちわする。
すごい、見た目なら過去いちばんに良い。
一口サイズのチョコが四つ入っている。そのうちの一つが、生徒会長の細い指によって摘まれる。
「はい、あーん」
うーん、生徒会長に「あーん」というこの学校の男子ならば誰しもが羨ましがるシチュエーションなのだが、残念ながら僕はそうではない。だって縛られているんだもん。ムードもへったくれもあったもんじゃない。
「…………」
「本当よ。今回は変なもの入れてないから」
「……本当?」
「ええ。惚れ薬も媚薬も何も入れてない」
「前例がなぁ……」
「いいから食べなさい」
隙をつかれて、僕の口にチョコレートが放り込まれる。
程よい硬さのチョコレートは、一回噛めば簡単に崩れた。
覚悟を決めて、咀嚼し、飲み込む。
………………あれ?
「……美味しい」
「だから言ったじゃない。何もないって」
「そうだけど、え? なんで?」
「最初はとても苦いものを作ってたわ。けど、なんだかバカらしくなっちゃって。一周回って普通の甘いもの作ったのよ」
「………」
「さ、わかったらおとなしく残りも食べてちょうだい。そして感想を言って。あと、ホワイトデー期待してる」
僕が何かを言う前に、新たなチョコレートが放り込まれる。
うん、これも美味しい。
結局、四つとも全部美味しかった。
四つ全部食べると、生徒会長は満足したのか部屋から出ていく。
「………………え? 待って僕このまま!?」
何度か生徒会長を呼ぶも、帰ってくることはなかった。
昼休み終了のチャイムがなり、僕は五限目をサボることになってしまったのだった。
「……縛られる必要、全くないじゃん……」
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