第28話会議は踊る、されど進まず
トントンと木製の床と靴がぶつかる音を鳴らしながら愛花ちゃんが近寄ってくると、僕の隣に座っていたガラが空気を読んで立ち上がり席を譲る。
「どうぞ」
「あ、どうも……」
かすれるほど小さな声で感謝した愛花ちゃんは、若干居心地の悪そうな顔をしつつも席に着いた。
それからヒソヒソ声で僕に耳打ちをしてくる。
「ねえ、話ってなに?」
「あーそれは」
「そのことについては僕が今から話そう!」
ただでさえ声の小さい愛花ちゃんが、さらに声を落として僕に喋りかけてきたのに、ベリトはそれを拾って話しかけてきた。なんて地獄耳なんだ。いきなりでかい声で喋りかけられた愛花ちゃんは、挙動不審に「あ、え……」とか言いながらも。
「よろしくお願いします……」
ぺこりと頭を下げながら、ベリトに説明を求めた。
「さて、それじゃあ早速だけど今後の冒険者ギルドについて話し合おう。とりあえず僕がギルド長を務めることは決まったけど、それ以外は何も決まってない。だから今から、今後新しく設立する冒険者ギルドについて話し合おうとしてるんだよ」
分かりやすい説明を愛花ちゃんの方に向けて言ってくれるベリトは、愛花ちゃんが相槌を打ったことを確認すると続けて喋り出す。
「まず、何と言ってもまず初めに、僕は冒険者とクエストにランク付けをするべきだと思うんだよ。今のNPCが経営してる冒険者ギルドはそう言ったランク付けがされてない。そのせいで、適正外のクエストを受けて亡くなってしまう人も少なくないんだよ」
ベリトが追加する項目とその理由を説明すると、皆うんうんと頷いてみせる。だけどガーランドだけはあまり納得できていないのか、ベリトの説明に口を挟んで質問した。
「別に冒険者やクエストにランクをつけるって案は悪くねーけどよ。誰がそのランクをつけんだよ。俺と彼方の兄貴は同じレベル5だけどよ、実力は天と地ほどの差があるぜ」
こいつ、バカっぽい癖に痛いところを突いてくるな。そんなベリトの心の声が聞こえてきた気がする。だけどベリトがそう思うのも無理はない。確かにこの世界はレベルという概念があるけど、同レベルだからと言って実力も同じわけではない。
隠しステータスに装備品、さらには己の技量まで、ステータスでは測れないことだらけだ。クエストにランク付けをするのは簡単かもしれないが、冒険者までランクをつけるというのは難しいかもしれない。
ガーランドの芯を突いた質問のせいで一旦静寂が流れるが、すぐにベリトは反論するよう新しい提案をする。
「なら、試験を設ければいいんだよ。例えば、Aランクのクエストを10回以上クリアしたことがあるとか。または試験官を用意して、その人に勝てたらランクが上がるとか」
ベリトがすぐにそれらしい案を出してみると、皆が口を揃えて「あ~」と感嘆の声を漏らす。確かにそうすれば、かなり適正なランクに収まるか。だけどそうなると……。
僕の頭には新しい疑問が浮かび上がるが、ベリトの話を妨げてまで口にするべきか悩む。別に細かいことはギルドを建ててからでもいいんじゃないか?
そう思っていると、今度は気弱そうなガラが口を挟んだ。
「でも今のベリトさんの話だと、冒険者を個としてランク付けするのは難しくありません? 例えば俺は僧侶ですけど、一対一の戦闘は不向きですよ? クエストをクリアと言っても、それはパーティーとしてクリアするわけですし、個人のランク付けは難しくありません?」
僕の考えていたことを代弁してくれたガラの発言に、ベリトは頭を悩ませる。これにはすぐさまそれらしい反論ができないのか。
「確かに、僧侶職の人たちをランク付けするのは難しいかもね……」
ベリトは顎に手を当てて考えるそぶりをとる。すると悩ましげなベリトのサポートをするかのように、彼のパーティーメンバーであるマーシャが口を挟む。
「なら、チームでランク付けすればよくない? そもそも個人個人で戦うことなんてないんだし、パーティー全体でランク付けした方がいいでしょ」
「おお! それだよマーシャ。ナイスアシスト」
グッと親指を立てるベリトだが、アシストってなんだ。別に僕たちは戦ってるわけじゃないだろ。にしても、会議とはこんな感じなのか。
一人一人がそれぞれ別の意見を出し合い、より良い方向に進んでいく。いいものだなと柄にもなく思ってしまう。
「よし、それじゃあランク付けの話はとりあえずチームで決めるってことで。次はギルドの運営について話をしよう」
これからようやく本題ということか。今のところ僕と愛花ちゃんは案や反論をせず、ただ傍観してるだけなんだけど、ここに居ていいんだろうか。
なんだか居た堪れない気持ちになってきた。次からは気を使わず会話に参加したほうがいいか。なんてことを考えてると、ベリトは今後の運営について考えていることを話し出す。
「まず冒険者ギルドなんだけど、僕はこれをただクエストを受付するギルドで終わらせたくない。できれば同時に強力な冒険者を育て、加入させ、その人たちに攻略してもらいたいんだよ。つまりはクエストの受付やランク付けをするのと同時に、最前線を攻略する組織としての側面も持ちたいんだ」
ベリトの話を聞いて、なるほどと頷く。まあ確かに、今この世界でしっかりとモンスターと戦っている人間は、それぞれバラバラになって動いている。
適当にパーティーを組んで、適当に街の近くにいるモンスターを狩り殺す。連携や情報の共有なんかもあんまり出来ていないだろう。だからこそ、冒険者ギルドという組織を作り、そこで戦ってくれる冒険者を育成し、
非常にいい考えだと思う。ドロップした装備品などには杖や盾なんかの僕たちには不必要なものもある。そう言ったものを物々交換したりするのも悪くないかもしれない。いずれにせよ、バラバラの冒険者を一つにまとめあげるというのは、非常に魅力的で素晴らしい提案だと思う。
さすが、人類のことを考えてる人間の言うことは違う。僕のようにただ1人で楽しいがために戦ってる人間とは、考えてることが根本的に違うんだな。
ベリトは自分の発言に異論はないかと不安そうに僕たちを見つめるが、誰からも反対の声は出てこなかった。そのことにホッと一安心したのか、ベリトは安堵したように胸をなでおろし、話を続ける。
「でね、この攻略組の方なんだけど」
「そのまとめ役を、是非とも彼方くんにやってもらいたいんだよ」
いきなりとんでもないことを言い出しやがった。なんで僕が攻略組のまとめ役なんてしないといけないんだ。僕は今まで閉じていた口を開くと、すぐに反論する。
「どうして僕がまとめ役なんて……。別にこれも、ベリトさんがやればいいじゃないですか」
何も僕がやる必要性を感じないため言い返すが、ベリトはチッチッチと人差し指を横に振り、僕でなくてはいけない理由を説明し始めた。
「僕はこれまでたくさんの冒険者を見てきた。それは噂であったり、ネットであったり、様々だ。彼方くんはね、僕が出会ってきた人間の中で一番強いんだよ。きっとこの世界で君以外にレベルが2つも上のボスモンスターを倒せる存在はいない。おそらくだが、僕は君が世界最強なのではないかと考えてるんだ。だからそんな強い君がまとめ役になってくれれば、誰も不満を言わないと思うんだよ!」
熱弁するベリトだが、ツッコミどころが多すぎる。そもそも僕が世界最強って時点でおかしな話だ。多分だけど僕よりも強い人間はわんさかいると思う。どれだけの人がこの世界にいると思ってるんだ。
それに強いから攻略組のまとめ役に向いてるってのも安直すぎだ。リーダーの格とは強さで表されるものじゃない。この人にならついていってもいいと思えるような人徳や、カリスマ性などが、人を引っ張る人間には必要なのだ。
その点で言えば僕は不向きだろう。確かに一般人よりかは強いかもしれないけど、僕の考えはかなり自己中心的なものだし、他人をまとめ上げるなんて無理だ。
「無理です。弱肉強食は獣の世界だけです。強いだけでリーダーになれるほど、人間という生き物は単純じゃないんです。てかそもそも、僕はまだ冒険者ギルドに所属するとは言ってないんですけど」
はっきり言ってやると、ベリトはあんぐりと口を開けて驚く。
「そ、そうなのかい? てっきり流れ的に加入するものだと思ってたんだけど」
「勝手に入れないでください。入るつもりではいましたけど、まとめ役なんてやるぐらいなら入りませんから」
「わ、わかったよ。君のように強く、情報をたくさん持ってきそうな人間は絶対に手放したくないからね。まとめ役は別の人間に任せるとしよう……」
結局その後、この会議は2時間も続いた。流れとしては、ベリトが何か提案して、他の人たちが反論するということを繰り返していた。だからなのか、あんまり話の進展はしなかったように思える。
だけど基盤ともいうべきシステムの話はかなりまとまった。だから明日、正式にギルドを設立して、募集をかけるとか。まあでも、僕たちがこれからやることは今までと大して変わらない。
遠く未開の地へ赴き、未知の情報を集める。それを自分たちだけのものにせず、冒険者ギルドの面々と共有するということぐらいだ。なんだかんだでやることは変わらない。
また明日からも同じように未知を既知とする物語が始まるのだ。これでようやく、人類が一歩だけ前に進めた気がした。
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