第23話 鍵
「発展?」
彼の言った言葉の意味がいまいち理解できず、おうむ返しで尋ねる。ベリトはそんな僕に優しく、自分が今後どうしていくのか、どうなりたいのかを説明し始めてくれた。
「彼方くん。君はこの世界の人々が今後どのようになっていくか分かるかい?」
「どのように、ですか?」
一瞬だけ頭を悩ませ、なんとなくこうなるだろうなと回答する。
「そりゃ、モンスターに勝てる人間は生き残りますし、負けたり戦えない人間は死んでいくんじゃないんですか?」
なんとも当たり前の回答をしてみると、ベリトは嘆かわしいとでも言いたげに表情を曇らせる。
「そうなんだよ。僕も彼方くんの想像通りに、このままじゃなると思ってる。戦えない人たちはお金を稼ぐ手段がないため、必然的に餓死してしまう。このままじゃ二ヶ月も経たないうちに、半分以上の人間が死んでしまうだろう」
はぁ……とため息を漏らし、今後のことを憂いているベリト。だが、僕にはいまいち彼の心情に共感することができなかった。別にそれの何が問題なんだろうと。
モンスターと戦えず、お金が稼げなくて餓死してしまうのなんて当たり前じゃないか。働きもせずに飯を食えていた今までがおかしかったんだ。むしろこれこそが、生物本来のあるべき姿なのだ。
でもそんなことをこの場で言おうものなら、きっとベリトは怒るだろうなと思い口にはしない。なので僕は空気を読んで。
「確かに、まずいかもしれないですね」
まるで他人事のように共感しといた。そんな適当に返した僕の言葉を聞いたベリトは、唐突に僕の手を掴み、握りしめてくる。
「そうなんだよ! だから今後の人類のため、是非とも君に協力して欲しいんだよ!」
「は、はぁ……」
めんどくさいし、果たして僕に協力できることなんてあるのかと疑問に思い、どちらとも言えない返事をしてしまう。協力なんて言われてもなぁ。さっきベリトがスタートを発展させるとか言ってたけど、その協力をしろってことなんだろうか。
でも発展って、具体的に何をどうやって? 街を発展ってわけでもないだろうし、一体ベリトが何を考えてるのかわからない。
まあ、その辺りのことはこの後聞くとするか。ベリトの話の続きを聞こうとしていると、黙って聞いていた何故か僕を兄貴と慕う斧が口を挟んできた。
「おい、その話まだ続くのか? 俺たちは一応クエストの最中だぜ。話ならそのあとにしてくれ」
斧の発言で、そういえばそうだったと思い出す。あんなに強いモンスターを倒したんだ。ここがダンジョン扱いになっているのか疑問だが、なっているのなら宝箱がドロップするはず。
あのゴブリンロードがやってきた奥の穴にはまだ行っていない。もしかしたら大量の財宝や、とんでもない装備品があるのかもしれない。
ゴクリと生唾を飲み込むと、立ち上がりゴブリンロードがやってきた奥の穴に向かおうとする。するとそこで、愛花ちゃんがいないことに気がついた。
あれ、どこ行ったんだろ。もしかして先に帰ったとか? そんな空気読めないことある? でも愛花ちゃんだしな。彼女は自分のことを普通の人間みたいに思っている節があるけど、僕から見ればだいぶ変わってる。
あの子にだけは、頭がおかしいと言われたくない。まあ、別にいいけど。今は愛花ちゃんのことよりも、お宝の方が先だ。
そう思っていると、奥から何だか微妙そうな顔をした愛花ちゃんが姿を現した。もしかしなくても、僕たちがPvPをしている間に宝物を先に取りに行ってたのか? なんてがめつい奴なんだ!
「ちょっと愛花ちゃん! なんで奥から出てくんの?」
「それは、このダンジョンを攻略したアイテムがないか確かめるためだけど」
全く悪びれる様子もなく、自分が一番にアイテムを漁るのが当然と言わんばかりの態度に怒りが薄れる。
やっぱりこの子は変だ。
「はぁ。愛花ちゃん、ボスを倒したのは僕なんだから、僕が一番最初にアイテムを漁るべきだと思わない?」
「いや、彼方が勝てたのは私のバフのおかげ。だから私が一番最初に開ける権利がある」
「……もういいよ。それで、何があったの?」
愛花ちゃんと言い合いをしても何の生産性もないと悟り、僕が折れた。まあ、漁る順番なんてどうでもいいか。問題なのは、僕らが見ていないのをいいことに、アイテムを独り占めしたりネコババしたりすることだけど、流石に愛花ちゃんがそんなことをするとは思えない。
短い付き合いだけど、人としては真っ当な人間であると僕は思う。彼女に手を向けると、あったアイテムを渡すようなジェスチャーを取る。
僕が手を向けると、愛花ちゃんはメニューウィンドウから落ちていたアイテムをオブジェクト化させ、僕に手渡す。
「はいこれ。宝箱にはこれしかなかった」
言われて渡されたのは、小さな銀色の鍵だ。特に何かの装備品というわけでもなく、説明文には「10本集めるといいことが起こるかも」としか書かれていない。
かなり適当な記載だし、これだけじゃ何に使うのかよくわからない。
「本当にこれだけ?」
訝しむような眼差しを向けると、愛花ちゃんはムスッとした表情で「本当にこれだけ」と言ってくる。
なら、本当にこれだけだったのだろう。にしても鍵一本って、あんな強いモンスターを倒した見返りとしては、かなり物足りなくないか?
何に使うのかも不明だし、このクエストを受けた見返りは少なかったかな。でもまあ、完全に無意味というわけではないけど。
僕が手にある銀の鍵をまじまじと眺めていると、興味津々と言った様子で他のメンツも鍵を覗き込んでくる。
「これは、一体どこで使う鍵なんだろうね」
ベリトも全く思いあたる節がない様子だ。斧の方もうーんと悩むような唸り声をあげると、何も考えてない様子で。
「鍵を開ける扉といやぁ、あの馬鹿でかい扉のことか? でも、流石に小さいすぎるしな」
多分本当に何も考えず発言したんだろうが、そこで僕とベリトはピンと閃く。
「ああ! 多分そうだよ。説明文には『10本集めたらいいことがある』って記載されてるから、多分これと似た鍵を後10本集めたらこの世界にある大きな扉が開くんじゃない? キークエストっていうのも、多分絶対にクリアしないといけないクエストって意味だったんだよ」
僕が鍵の意味や用途を予想すると、周囲から「おお!」と納得の声が上がる。
「そうだよ彼方くん。それにそこの大男くんも。大手柄じゃないか。これでこの世界をクリアするのに大きく近づいた! 人類が救われるのに、一歩前進じゃないか!」
本気で嬉しそうにするベリトを見て、素直に感心してしまう。ベリトにとっても、この世界に生きる大多数の人間は赤の他人のはずだ。にも関わらず、こんなにも人類のことを考えているなんて、きっとものすごくいい人なんだろうな。
ベリトの仲間たちもきっと、そんな優しい彼だからこそついて行っているのだろう。僕にはあまりない感情だけど、それでも素直に尊敬できる人間だ。隣にいるこの大男とは大違いだ。
正直今日のことは僕も反省している。昨日あんだけ愛花ちゃんに言われたのに、好奇心で断りきれずにこんなクエストを受けてしまった。だからこそ、休養の意味も込めて、彼の手伝いをするのも悪くないかもしれない。
ちょっとばかし退屈な日々が続いてしまうかもしれないが、まあいいか。僕はもう十分強くなった。多分だけどレベル5に到達しているような人間は、僕たちの他にいないんじゃないだろうか。
だったら足並みを揃える意味でも、ここで休むのも悪くないだろう。僕たちは今後の方針や、彼らの素性など軽く雑談を交えながら来た道を戻ると、廃村に佇む少女に話しかける。
「ゴブリンロードは倒したよ」
少女にそう報告すると、目の前にいるNPCはニコッと頬を緩ませて。
「ありがと、仇を討ってくれて」
それだけを口にすると、元の無表情に顔を戻した。一瞬だけ本物の女の子に見えたけど、やっぱりAIだな。魔王は初めて自我を与えられたAIと言っていたけど、その魔王自身は他のNPCに自我を与えたりしないのかな?
人間に出来たことなのだから、この世界を支配しているあいつなら簡単に出来そうだけど……。そもそも、この世界を支配しているAIなんかに、この世界で生きてる僕たちが勝てるのか?
あいつはいつでも僕たちの命を奪うことができるのに……。魔王にとっては、僕たちのやっていることなんてお遊びと変わらない。一体この行為に、何の意味があるんだ。
初めて感情と自我を持ったAIの考えなんか、僕にはわからない。勝てる自信もない。だけど不安はない。だってこんなにも、楽しいんだから。
こんな理想郷を与えてくれた魔王には、やっぱり憤りや恐怖よりも、感謝の気持ちが先行してしまう。
魔王に感謝の気持ちを感じつつも、僕たち一行はマップを展開しスタートに戻る。
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