第22話PvP

 どうしてこんなことになるんだと、僕は思わずため息を漏らしてしまう。目の前にいるベリトと名乗る人の良さそうな人が、なんでいきなりPvPをけしかけてくるんだよ。


 ぶっちゃけ戦いたくない。ゴブリンロードとの戦闘で疲弊してるし、そもそも人と戦うのが好きじゃない。AIが生み出した意思のない格上の化け物と戦うのは生を実感することができるし、とても楽しいと思う。

 

 でも今から戦う相手は、かなり格下の相手だ。2レベルも離れているし、技能的にも負ける相手じゃないだろう。そんな相手をボコって、一体何が面白いんだ。


 でも、僕は頼まれたら断れない性格だし、この人の仲間には回復してもらった恩がある。だから本当に仕方なく、彼の頼みを受けた。


「それでベリトさん、ルールはどうしますか?」


 ただルールの確認をしただけなのに、ベリトは僕がやる気満々の様子だと勘違いしたのか、ニヤリと笑い「いいね」とこぼす。


 何にも良くないけど、いちいち口を挟むことでもないので無視をして話を進める。てか、PvPなんて一度もやったことないからどういう仕様なのかよくわからない。ベリトはなんだか詳しい様子だし、全部任せていいかな。


 と思っていたら、ベリトは説明を始めた。


「それじゃあ痛覚は無効。HPの総量が十分の一になったら強制的に負けの一般的なルールでいいかな?」


 一般的がなんなのかよくわからないが、とりあえず頷いておく。そういえば、一番大事なことを確認していないことに気がつく。


「あの、もしHPがゼロになったらどうなるんですか?」


 もしそれで死んでしまうのなら、絶対にやりたくない。殺しても殺されても、胸糞が悪いだけだから。だがそんな僕の思考も杞憂だったようで、ベリトは優しい笑みを浮かべてHPがゼロになることは絶対にないと断言してくれた。


 なら、何も考えずに全力でやって大丈夫なのか。でも、全力でやってもなぁ……。勝ち負けのわかりきっている勝負をすることが、やっぱりどうしても気乗りしない。なら、ハンデをつけるとか?


 でも、堂々と「ハンデをつけますよ」なんて言ったら失礼じゃないかな。まあ、どうせ遊びだし適当でいいか。ルールの設定が終わったベリトは。


「承認よろしく」


 と伝えてきて、そのタイミングで目の前に『ベリトさんからPvPを挑まれました』と赤く燃えるフレームに収められたウィンドウが表示された。


「わかりました」


 ベリトの挑戦状を受け取ると、僕は承認ボタンを押し、剣を構える。ボタンを押すと空中には10のカウントダウンがカチカチという音とともに開始され、緊張感を煽る。初めて人を戦う。

 

 意思のある、ちゃんとした人間だ。ベリトは全身を軽量級の皮鎧で包んでおり、右手には剣を、左手には円形状の木盾を装備している。見た目からして騎士職であることが伺える。

  

 盾持ちの相手と戦うのは初めてだ。だが、盾の面積はそこまで広くない。直径40センチほどの、片手で軽く持てる程度の盾だ。なので攻撃を打ち込むのはそこまで難しくはないはず。


 あとはベリトの行動だけど……。色々と目の前にいる敵を観察し、行動を予想していたが、なんだかめんどくさくなる。

 

 痛みもないし、死にもしない。負けたところで何かデメリットがあるわけでもない。そんな戦いを前にして、一体どのように気分を高めればいいのか。


 先ほど戦っていたゴブリンロードとの戦闘は、敵の一挙手一投足に目が離せなかった。一手でもミスれば死ぬ。そんな非現実的でスリルのある戦いをした後だと、どうしてもこれから始まるお遊びが退屈でつまらないもののように感じてしまう。


 別になんだっていいか。正直レベル差が2もあるのだから、どう考えても僕が負けることはない。


 確かにスキルポイントは振っていないが、それでも隠しステータスのことなどを考慮すると、目の前にいる彼に負ける道理はどこにもないだろう。


 空中に映るカウントダウンが0になると、ベリトは優しい笑みから一転して、やる気に満ちた表情で盾を前に突っ込んでくる。


 単調だが、盾のせいでどうも攻めにくいなと感じる。いい攻撃手段だ。だが、それは同格の相手だった場合の話だ。圧倒的な筋力と攻撃力ステータスの差があるこの戦いでは、盾など無意味に等しい。


 僕は向かってきたベリトの盾を単調に剣で適当に斬りつける。するとベリトは勢いよく後ろによろめいた。


 そのことに本人も、ベリトの仲間たちも驚いている。あのベリトがあんな簡単によろめくなんてと、驚愕と驚嘆に満ちた声を漏らす。


 やっぱり騎士とはいえ、2レベルも差があるとこんなものか。ただ適当に剣を振ってるだけで倒せる相手だ。面白くない。


 そもそもこの人はなんで負けると分かってて勝負を挑んできたんだろう? しかも仲間たちが見てる前で。


 もしかして公衆の面前で負け恥を晒すことに快感を覚える変態なのかな。もしくは強者に挑みたい、僕のような人種だったとか? だったらまあ、挑んできた理由も納得できる。

 

 この世界が始まって一週間ちょっと経つが、レベル3に到達している人は非常に少ない。上位2%に入るんじゃないだろうか。


 そんな彼らだからこそ、1レベル離れるだけでどれだけの差が生まれるかは理解しているはずだ……。


 そしてそのレベル差を覆すことができるか興味が湧いた。確かに考えてみれば、僕が彼の立場だったら挑んでいたかもしれない。


 頂きの高さを知りたいと思うのは、至極当然の感覚なのだから。なら、本気を出すのが礼儀というものか? 


 ベリトはニィと笑みを見せると、持っていた盾を捨て剣のみで攻撃を仕掛けてくる。いきなりヤケクソになったベリトに驚きつつも、振りかぶる剣を弾き返そうとする。


 すると、僕が剣で弾き返すのを予測したのか、ベリトはすぐさま剣を左手に持ち替え僕の胸部あたりを斬りつけてきた。


 騎士であり、尚且つ左手による攻撃。実際に胸を切られた僕のHPバーはほとんど減っていない。だけどそんなことなどどうでもいい。


 まさかこの僕が、格下であろう彼から攻撃を貰うなんて思いもしなかった。さすがはレベル3に到達しているだけのことはある。素直に感心すると、ベリトを褒める。


「いや、驚きましたよベリトさん。まさか咄嗟に持ち手を変えるなんて思いもしませんでした」


「そうかい? お世辞でも嬉しいよ」


「いやいや、お世辞じゃないですよ。あなたはしっかりと戦闘中に頭を使って戦っている。それは当たり前のように思えて、本当にすごいことですから」


 自分で何様だよと思いながらも彼を褒める。褒められたベリトも満更ではない様子だ。


「なら、そろそろ君も本気を出してくれないかい。彼方くんの実力を、この目で見てみたいんだよ」


 言われて、やっぱりこの人も僕と同じ戦闘狂なのだと確信する。相手がどれほどの高みにいるのか、自分では手が届かないのか。どうやったら勝てるようになるのか。

 

 常に戦いのことばかりを考え、格上の相手と戦うことが楽しくてたまらない人種なんだ。なら、そんな彼に敬意を評して、こちらも全力で戦うのが礼儀というものだろう。


「わかりました。では全力で行きますから、構えてください」


 彼に構えるよう伝えると、僕は腰を深く落とし一度剣を鞘に収める。グダーと全身の筋肉を脱力させると同時、右足で思いっきり土の地面を蹴り飛ばし、勢いよくベリトの方へ突進し、彼の腹部を裂くように斬る。


 もちろんダメージも出血もないが、腹部を切られた彼のHPは、騎士である守りのエキスパートであるにも関わらず1発でHPが10分の1以下になり、勝負が決した。


「はは、これはすごいな」


 圧倒的な実力差で負けたはずのベリトは、悔しがるでもなく、ただただ僕の腕前と実力に関心した様子で褒め称えてくる。


「いや、本当にすごいよ彼方くん。きっと君ならこの世界を救う英雄にさえなることができるだろう!」

 

 声高々に、英雄などというこっぱずかしい単語を口にするベリト。一体なんのことだろうかと疑問に思っていると、僕が尋ねるより先にベリトが頭を下げ口を開く。


「頼む彼方くん! 君の実力を見込んで頼みがあるんだ!」


 勝負に負け僕を褒めたかと思えば、今度はいきなり頼みごとをしてくるベリトに困惑する。頼みなら既に聞いてあげたのにちょっと図々しい人だなと思わなくもないが、まあ別にいっか。

 

 僕はベリトに向き直ると、頭を上げさせ質問する。


「それでベリトさん、頼みってなんですか?」


「それはね、《はじまりの街スタート》を一緒に発展させて欲しいんだよ!」


「発展?」


 ベリトの言いたいことがよく理解できず、僕は首を傾げて考える。


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