第8話ヒロイン登場?

 このエデンワールドが魔王に乗っ取られ、RPGのような姿に形を変えてからもう2日も経ってしまった。

 

 にも関わらず、僕のLvはまだ1のまま……。それもそのはずで、あの死闘から僕は一度も敵モンスターと戦っていないのだから。


 別に痛いのが嫌だからとか、モンスターと戦うのが怖くなったとかでは決してない!


 ただこのゲーム、最大で4人までパーティーを組めるシステムの関係上、敵の強さも複数を想定して作られているのだ。

 

 したがって、ソロでの攻略は自殺行為に等しい。戦闘中に道具を使用できないため、最低限ヒール役である僧侶がパーティーには必須だ。


 このゲームはパーティー人数と同じよう、最初にランダムで4つの職業に振り分けられる。僕は戦士に選ばれたが、他にも耐久の高い騎士や、魔法を得意とする魔術師に、回復や補助を得意とする僧侶がいる。


 それぞれの職業には、攻撃役や守り役などのロール役割があるため、これらを駆使して戦わなくては攻略が困難なのだ……。


 だけど悲しいことに、僕には一緒にパーティーを組んで下さいと言えるような親しい友人がいない。


 そもそも気軽に喋れる話し相手が、父さんか母さんしかいないし……。でもあの2人は戦わないだろうな。


 仮想世界が乗っ取られてから、人類の動きは2つに分かれた。


 まず、この囚われた世界を解放させるために、正義の心を持って攻略に挑戦する者たち。命をかけて戦う彼らの姿は、まさしく英雄と言って差し支えないだろう。


 次に、外部からの助けを待ち、何もせずはじまりの街で待機する者たち。まあ普通に考えて、いきなり職業を与えたからモンスターと戦ってこいなんて言われて「はい、わかりました」と素直に首肯できるものは少ないだろう。


 それに、この世界で死んだら、本物の肉体も死を迎えるときたもんだ。誰だって戦いたくはないだろう。


 現に今のこの世界では、始まってすでに2日ほどしか経過していないにも関わらず、すでに100万人ほどの人間が命を落としている。


 魔王の言葉を鵜呑みにせず、無謀にもモンスターに突撃し命を散らしてしまった者。夢だと現実逃避し、街の外にある川に飛び込み入水自殺をしてしまった者。


 何も死因はこの世界で死んだからだけとは限らない。


 大多数の人間が仮想世界で生きているのに対し、少ないながらも現実世界で生きている人間もいる。


 その人たちと連絡をとり、なんとか僕たちの肉体を閉じ込めている装置を破壊してもらおうと試みた者たちがいた。


 結果として、この装置に衝撃、もしくはなんらかの形で干渉しようものなら瞬時にインフィニティの液体に毒素を流し込まれ、助けようとした人間が死んでしまったのだ。


 つまり、この世界から脱出するには魔王を打ち倒すしかない。だけどほとんどの人たちは現状に絶望し、戦う意思がなくなっていた。

  

 だけどこんな状態も長くは続けられない。この世界で飯を食わないことには、AIから栄養を貰うことができないようになっているからだ。


 今はまだ所持金があるため食いつなぐことができているが、いずれはジリ貧。いつかは戦わなくてはいけない日が来てしまう。

 

 こうやって悠長にしている間にも、僕たちの腹は空いていくのだ……。こんなところでぼうっとしている暇なんかない。 


 だけどほとんどの人間は絶望し、生きることを諦めている。

 

 僕も同じだ。この現状に絶望している。


 一体どこに行けば、一緒に戦ってくれる僧侶と出会えるのか……。僧侶職の人は決して少なくないが、戦う意思を持っている人は多くない。


 あとどうせなら、小汚いおじさんとかじゃなくて、可愛い女の子がいい。


 なんて感じで、人を選り好みできる立場にない癖に、選り好みばかりしていたら2日が経過した。


 もうこの際、とりあえず僧侶なら誰でもいいかな……。


 そう思った矢先、座り込む人々の間を抜けるようにして、1人の女の子が僕の目の前を通り過ぎた。


 純白のローブを身にまとい、手には僧侶の初期武器である先端にエメラルド色の宝石がついたステッキを手に持ったその少女を、僕はつい目で追ってしまう。


 目元まである長めの前髪と、肩よりも少し長いセミロングな髪型。何より特徴的なのが、ローブと真逆の黒い髪色だ。


 この世界では、髪の毛をいじるのにお金がかからない。つまり髪の毛は、一番個性が出しやすく、いじりやすい場所なのだ。


 よっぽどのことがない限りは、黒なんて地味な色にはしない。黒色なんて髪色を選ぶやつは、よっぽどのめんどくさがりか、下手に目立つことを嫌う人間だけ。


 何よりも僕は、彼女の瞳に惹かれた。大多数の人間たちは諦め、絶望し、瞳から生気がなくなっているというのに、彼女の目は真っ直ぐ前を向いていた気がする。


 きっと彼女なら、パーティー勧誘にも快く応じてくれるだろう。僕は小走りで彼女に駆け寄ると、後ろから声をかける。


「あの!」


 呼ばれた彼女はビクッと肩を震わせると、おもむろに顔だけ振り返ると、一歩だけ後ずさり。


「な、なんですか?」

 

 少しだけ警戒心を露わにしながらも要件を訪ねてくる。なので僕は、もう一歩だけ距離を詰めると。


「良ければ僕と、パーティーを組みませんか」


 そう、言葉をかける。

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