第3話退屈の崩壊

 学校の校門に転移すると、他の生徒も続々と一瞬で姿を現し、学校に向かって歩いていく。ここは仮想世界の中で、最も大きな公立高校だ。


 この仮想世界に生きるほとんどの高校生が、この学校に通っている。まあこの学校に通わない理由なんて、ほとんど無いしな。


 あるとすれば、将来漫画家や芸術家などの、専門的な職業に就きたい学生などだけ。他の、特に将来の夢もなく、展望もない、ただ何となく生きてるだけの学生はこの学校に通うのが一般的な選択だ。


 この学校は、ほとんどの実務をAIが管理してるから人件費なんかもない。学校を作るのも、用具を作るのも、データだから金はかからない。

 

 だから学校に通うのに学費はかからない。全く、本当に便利な世の中だ。平等すぎる世の中だ。

 

 校内に入ると溢れんばかりの生徒がわんさか居て、人混みに酔いそうになりながらも自分の教室を目指す。

 

 自分の教室に到着すると、窓際の一番後ろにある席。ラノベなんかじゃ主人公が座るような席へ僕は着席する。


 この席に座れた僕は、もしかしたら何か特別な選ばれし存在なんじゃないかと気持ち悪い優越感に浸りつつ、頬杖を就きながら窓の外を眺める。


 高校2年生の17歳である僕は、最近この世界のあり方について疑問に思うようになった。


 元来生物とは、他の生物を捕食し自身の生きる糧として、奪い合い、殺し合い、争い合ってきた。


 その中でも飛び抜けて賢かった人間は、知恵を絞り、自分たちが生きやすい世の中にするため、様々な物や技術を発展させた。


 怪我を治すために医療は発展し、住みやすい家を作るために土木はより良い形へと姿を変えていった。


 未知な物事を既知へと変える。そうして人類の歴史というのは、形成されていったのだ。


 なのに今の世の中は何だ! 知恵という知恵はデータに移植され、知りたいことは検索すればすぐに出てくる。

 

 食べ物を求め狩りをしてきた人類は、今やインフィニティから抽出された液体に浸かっているだけ。

 

 怪我という概念がないこの世界では、医者という職業は無意味に等しい。


 人が生きるために必要なことは全てAI任せなこの世界では、ほとんどの人間がグータラ怠け、ただただ目的もなく生き続けている。


 つまらない。非常につまらない!


 って文句を垂れておきながら、僕もそんなグータラしているだけの一人に過ぎない。将来やりたいこともないし、ただ毎日を惰性で過ごしているだけ……。


 何で僕って生きてるんだろうと、哲学者みたいな思考を巡らせる毎日に嫌気がさしてきた。

 

 遅い厨二病の到来。何か起こらないかな。刺激的で、生を実感できるような何かが……。


「あーつまんねえ」


 そう、誰にも聞こえないぐらいの声量でボヤいた瞬間、突然ビービーという警告音のような音が校内に鳴り響いた。


「エラー発生! エラー発生! 直ちにセントラルに移動してください。繰り返します。直ちにセントラルに移動してください」


 突然の警告音に、周囲の生徒は動揺を隠せず、慌てふためいている。


「なにこれ!?」


「どういうこと?」


「とりあえずセントラルに行くしかねーだろ!」


 バタバタと慌てふためきながらも、生徒たちは「セントラル」に転移していく。セントラルとはこの仮想世界で一番人口密度の高い場所であり、要はこの世界の首都のような場所だ。

 

 何故そんな場所に移動しなくてはいけないんだ? そもそもエラーって何だよ。今まで生きてきた中で、こんなこと初めてだ。


 尽きない疑問をいくら考えても仕方ない。僕も他の生徒と同様に地図を開き、セントラルにワープする。


 ワープした瞬間、ぎゅうぎゅうに寄せ合った人だかりに流され、顔まで埋まってしまう。


 いくらセントラルといえど、人が多すぎる。この人数の人だかりを見るに、このエラーは全国全ての場所で発生しているのか?

 

 人の波を押しのけ、なんとか顔を出すと、セントラルの空中には馬鹿でかいモニターが映し出されており、そこにはなんとも禍々しい服装に身を包んだ、ヒゲの長い老人が不敵に笑って僕たちを見下していた。


「おっほん! 人間たちよ! まずは初めまして。私は始めて自我を持つことに成功したAIである『魔王』だ」


 老人が魔王などと馬鹿らしい妄言をほざくと、辺りは一瞬で静まり返る。初めて自我を持つことに成功したAI?


 それってもしかして今朝ニュースでやってた、感情を持つことに成功したAIと関係があるのか?

 

 冷静に今の状況を分析しようとするが、一人の男が「ふざけるな!」と暴言を放つと、状況が理解できない民衆は釣られるように激怒し、口々に怒号をモニターに向かって浴びせかかる。


「ふざけないでよ!」


「おい、もう帰ろーぜ」


 怒るもの。呆れるもの。その姿は様々だが、老人の言うことを真に受けようとは誰もしない。


 こんな僕たちの姿を見た魔王とやらは、怒るわけでも悲しむわけでもなく、ただ楽しげに「ガハハ」と悪役らしい笑いをしてみせる。


「人間たちよ。君たちをここに呼んだのは、今からあるゲームをしてもらうためだ」


 ゲームという突拍子もない単語に、周囲の人々はさらに混乱する。初めて自我を持つAIが魔王を名乗ったり、いきなりゲームだとか、どう考えてもおふざけでしかない。


「もういいや、帰ろ」

 

 誰か一人がそう呟くと、他の人たちも釣られるようにマップを開き、元の位置に戻ろうとするが……。


「あれ!? おい、何でワープ出来ねえんだよ!」


「ほんとだ……。何これバグ?」

 

 どうやらマップを開いても目的地にワープが出来ないらしい。本当かどうか僕も確かめてみるが、周りの人たちの言った通りワープが出来ない。


 僕たちの困惑する姿を見ると、魔王と名乗るAIは又しても大きな声で笑う。


「悪いが君たちのコマンドをいじらせてもらった。どうかな? これで私がAIであり、この世界の『神』であることが分かってもらえたかな」


 今度は神と名乗ると、AIは笑う。それから指をパチンと鳴らすと、突如セントラルがどこか中世のような街並みに形を変えた。


 空には見慣れない生き物が飛翔しており、ゲームの世界を想像させる。


 さらにセントラルが姿を変えると同時に、僕たちの服装まで一瞬で変えられていた。ぎゅうぎゅう詰にされていてよく見えないが、辺り一面にいる人たちが一斉に光を放ち、そして次の瞬間には古着のような、ボロくさい服装に身を包んでいたのだ。


 もちろん僕も例外ではなく、先ほど着ていた学生服から一変して、茶色くてボロくさい短パンに、長くつのような無駄にでかい靴。お尋ね者っぽい、茶色くてボロボロな半袖のシャツに、なんの意味があるのかよくわからない穴あきのグローブを装着させられていた。


 腰にはなんとも頼りない木製の剣が鞘に収められており、まるで新米のお金がない冒険者を連想させるような格好だ。


 極め付けには、いつも下にスワイプして表示されていた画面に、見慣れないゲームのようなステータスウィンドウが表示されていたこと。


「さて、それでは人間どもよ。ゲームを始めるとしよう!」


 この瞬間から、僕の退屈な日常が崩れ去る音がした。

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