第2話この世界の常識
「ヤッホーみんなー! 元気してるー? 今日もミコルの配信に来てくれてありがとね!
あ、フグタさん! 1万ゼニーギフトありがと~。
『誕生日おめでとう。いつも応援してます』
わ~ありがとー! これからも応援よろしくね!」
軽快な喋りで僕たちリスナーに元気を与えてくれる、超人気配信者であるミコルちゃん。彼女の声を聞いてると、自然とこちらまで気分が晴れ晴れとしてくる。
狭い部屋の中にあるベッドの上で、頭まで毛布を被って彼女の配信を視聴していると、トントンと部屋の扉がノックされる。
「
僕の癒しを邪魔するこのうるさい声の主は、母さんだ。
「ほら、学校に遅刻しちゃうわよ!」
うるさく不快な声をこれでもかと僕に浴びせてくる母さんを、普通に無視する。学校がなんだってんだ。あんな場所、行く意味なんかないだろ……。
母さんを無視し続けていると、声はしなくなった。代わりに足音が近づいてきて、僕の布団をガバッと捲る。眩しい。
「コラ彼方! 起きてるなら返事しなさい。早く支度しないと、学校遅れるわよ」
「わかったよ。だからもう早く出てって」
「ちょっと、押さないでよ」
「すぐ行くから!」
グイグイと母親の背中を押して部屋から追い出すと、僕は遮光カーテンを開け、偽りの日差しで部屋を満たす。
外を眺めると、向こうの現実世界とほとんど変わらない世界が広がっている。うん、多分変わらないと思う。
なにせ最後に向こうの世界に戻ったのは、もう5年以上も前のことだ。あまり向こうの世界には詳しくない。
こっちの世界でずっと暮らしているから、現実世界がどんなものかよく覚えてないのだ。まあ向こうは不便なことだらけだし、別にいいけど。
僕は手を真上に向け、グイッと背伸びをすると、空中で人差し指を下にスワイプする。スワイプすると、色々な項目が目の前に出てくるので、そこから着替えの欄を選択し、学生服を選ぶ。
すると今まで僕が来ていた寝巻きが、一瞬で学生服へと早変わりした。学生服に着替えた僕は、寝不足の
下の階では父さんと母さんが、居間でご飯を食べながらニュース番組を見ていてる。
「おはよう」
二人に朝の挨拶をすると、母さんと父さんは空中に映し出されたモニターに目を向けながら。
「「おはよー」」
適当な挨拶を返してくる。特に話すこともないし、少し早いけど学校に行こうかな。そう考えていると、テーブルの上にパンと目玉焼きが置かれていることに気がつく。
はぁ……またか。目の前に置かれてる意味のない物体を睨みながら、僕は何度目かわからない文句を母さんに放つ。
「母さん。何度も言うけど僕の分の朝食は要らないって言ってるだろ。こんな意味ないことに付き合わせないでよ……」
僕がぶつくさ文句を垂れると、母さんは僕に朝食の大切さを説いてくる。
「何言ってんのよ。例え栄養にならなくたってね、ご飯を胃袋に入れると脳が早く活性化するんだよ!」
「別にそんなことないと思うけど……」
「いいから食べな」
母さんに無理やり言われ、僕は無意味な食事を摂取する。栄養のない、ただ味があるだけの食事に一体何の意味があるんだ。
不貞腐れながらパンと目玉焼きを口に運ぶと、素早く
所詮データなんだから、どうせならもっといいものを用意してほしい。僕は母親の無意味な行動にうんざりしつつも、退屈しのぎに父さんたちが観ている、空中に映し出されたモニターの画面に目を向ける。
モニターにはニュースキャスターと思われる眉目秀麗で綺麗なお姉さんが、今朝のニュースを伝えてくれる。
「おはようございます。今朝のニュースをお届けする、キャスターの山中です。つい先日、ドイツの心理学者であるアーベル博士が、初めてAIに感情を持たせることに成功したと発表しました。このことが真実なら、今後世界はさらなる発展を遂げるだろうと、専門家たちの間では噂されています」
「へー時代もここまで進んだのねえ」
母さんはニュースキャスターの言葉に関心している。
「じゃあこれからは、本当にAIが世界の中心になっていくのかね」
そんな父さんのぼやきに、母さんは笑いながら。
「やーね。もうなってるじゃない」
茶化すようにして、笑う。そうだ。今のこの世界は、AIを中心に回っている。何をするにしても、人間よりもAIが秀でているから当然っちゃ当然だ。
人は未知を既知にする能力に長けている。でも、人間が発見した既知な物事を使いこなすのは、AIの方が優れているのだ。
人間にできる仕事など、今ではたかが知れている……。
「AIに負けないよう、父さんたちも働いてみたら?」
僕が冗談っぽく言ってやると、真に受けない父さんは微笑を浮かべて言葉を返す。
「何言ってんだよ彼方。今の時代働かなくても食ってけるんだ。無料の娯楽も溢れてるし、金を稼ぐ意味なんてないんだよ」
「はは……確かにそうだね」
父さんの情けない言葉に、僕は愛想笑いで返す。やっぱりこれだ……。父さんと母さんのことは好きだ。ここまで育ててくれて、感謝もしている。
今の時代、人を一人育てるのはとても手間のかかることだ。この世界では子供を作れないから、わざわざ向こうで妊娠し、腹を痛めて出産する。
産まれてからも、すぐにインフィニティの液体に漬け込む訳ではなく、ある程度の言語能力や、物事を正しく認識する知能を備えた五歳児ぐらいになって、ようやくこの仮想世界に子供を送り込むことができるのだ。
国が豊かであればあるほど、子供の
逆に、アジア圏の発展途上国なんかでは、労働力のために子供をたくさん産むから、
じゃあ今のこの、便利で労働力が必要ない現代ではどうなのか問われると、まあ御察しの通りだ。
今のこの世界では、その子育てという面倒なプロセスを踏んでまで子供を授かろうという人がほとんどいないのだ。
そのせいで、全世界の人口は1億人前後まで減ってしまった。
今生きている現代の人たちは、人間としての……。いや、生物本来の仕事である、自らの種を残し新しい遺伝子を子供に託すという、最もしなくてはいけない仕事を放棄しているのだ。
別に今の世界が間違ってるとは思わないけど、僕にはどうしても正しいと思えなかった。
だから、僕を産んでくれたことには本当に感謝しているし、ここまで人を一人育てたことには尊敬の念すら覚える。
だけどどうしても、人としては尊敬出来ない。だって僕を養ってくれているのも、教養を教えてくれるのも、全部AIなんだから。
今の僕は、AIが管理している液体によって栄養を得ているし、勉強や常識を教えてくれるのもAIだ。父さんと母さんに育てられているとは、あまり胸を張って言えそうにない……。
こんなくだらないことを考えてる間に、パンと目玉焼きを食べ終えると「ごちそうさま」を言い席を立ち上がり、早々に玄関へと向かい、ホログラムの地図を開き目的地をタップする。
すると次の瞬間にはもう、学校の校門へワープしていた。時刻は8時30分。ギリギリセーフ。
ゆっくりと足を進めると、僕は自分の教室へ向かう。
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