第22話

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「その方は本物の勇者さまだぞ! 無礼はひかたまえ!」


 聖域せいいきの庭、全体に響き渡るような声で叫んだのは、女の子の声だった。

 そして、とっても聞き覚えのあるもの。


 振り返ると、そこには騎士風の出で立ちをした少女が威風堂々いふうどうどうたたずんでいた。彼女の背後には、おともらしき騎士隊が勢揃いしている。


 現れたのは、とある一国の姫、レーネだ。

 いつの間にトリトーネに到着していたんだ、レーネ。しかも、登場っぷりが派手すぎる。

 結局のところ、わたしが勇者だっていうこと、見物人たちにもバラされちゃうし。

 わたしは、頭を抱えてうずくまりたくなってしまった。


「これはこれはレーネ姫ではありませんか。ご無沙汰ぶさたしております。突然に、どうなされたのですか?」


 どうやらレーネと聖女さまには面識があるらしく、彼女たちはガッチリと握手をくみかわす。

 うーん。レーネって、ただのやかましい女の子だと思ってたけど、本当に姫騎士なんだなあ。


「ボクは、こちらの勇者さまを追って駆けつけてきたんだ。それから、トリトーネ近辺で、魔物が活発だっていう報告も受けているよ」


「まぁ。では、こちらの女の子が、本物の勇者さまなんですか?」


 聖女さまは驚きに目を丸くして、わたしをしげしげと眺めてくる。

 彼女とわたしの目が合うと、全身を雷で打たれたような衝撃が走ってきた。


 聖女さまが美人だから、わたしの胸が喜んだのではない。

 なんか、デジャヴュっていうのかな。彼女とは、初めて会ったような気がしないのだ。そして、聖女さまも同じ感覚を受け取ったのか、わたしたちは視線だけで会話をしているような気がしていた。


 わたしたちの時を融解ゆうかいさせたのは、レーネのハキハキとした声だった。


「そうだ。エステルさまは、ボクの目の前でドラゴンもしずめたほどの力の持ち主だ。ボクの言うことを信用できない、なんてことはないよね?」


 レーネは、するどい物言いで警備兵たちをにらみつける。

 さすがは一国の姫なだけあって、発言力は桁違けたちがいなようだ。全員が身をすくませていた。

 一方で、聖女さまを責めているわけではないみたい。レーネと聖女さまは面識があるだけではなく、そこそこ交友もありそうだ。


 聖女さまは、一歩わたしに身を寄せると、右手をそっと取ってくれた。


「わたくしの部下が大変失礼をいたしました、勇者エステルさま。わたくしは、代々女神さまから、聖女の任を拝命はいめいさせていただいております。名はロゼリアと申します、何卒なにとぞよろしくおねがいします」


 聖女ロゼリアは、丁寧ていねいに挨拶をすると、柔和にゅうわな笑みを浮かべてくれた。やっぱり、マリアにそっくりな温和な表情だ。わたしの緊張もすぐにほぐれていった。


「あはは、わたしも女神さまについてはあんまり知らなくて……勇者としてちょっと恥ずかしいんだけどね。で、騒がしいみたいだけれど、なにかあったの?」


 尊敬の眼差しで見つめられると、こそばゆくなってしまう。わたしは照れ笑いをしつつ、率直そっちょくに聞いてみた。


 すると、聖女さまは目を伏せて、不安げな吐息をつく。どうやら、深刻な状況なようだ。


「勇者さまにお越しいただいところ申し訳ないのですが……。聖域への道中に、魔物が大量発生してしまったようなのです……」


「え!? 魔物!? じゃあ、ここも危ないってこと!?」


「あっ、あまり大きな声ではいけませんわ、勇者さま」


 聖女さまが、慌ててわたしの口をふさいでくる。

 彼女の手のひらからは、優しげな匂いが漂っていた。まるで、哺乳瓶ほにゅうびんの中のミルクみたいな、ふわふわっとした香り。マリアに甘えていた過去を思い出しそうになった。まあ甘えているのは今もなんだけどね。


 わたしは、はっとなって、後ずさる。マリアが見ているから、浮気認定されないようにしないといけないよね。

 それに、自分が不用心だった。周りには大勢の観光客がいるのに、魔物、なんて単語を出したらパニックになるに決まってる。ただでさえ、レーネが大量の騎士を連れてきているので、民衆は不安そうにしているのだから。


 幸い、わたしの声は漏れずに済んだようだった。


「いえ……この街は女神さまの加護によって護られているので、襲われることはありませんが……。勇者さまはご存知ではないかもしれませんが、この建物は、あくまで参拝用の聖堂なのです。本堂は、裏手の森を抜けた先にありますわ」


「へぇ。じゃあ、その道中に魔物が出ているってこと?」


 聖女さまは首肯しゅこうする。

 討伐に向かおうにも、警備兵だけでは頼りがない、といったところだろう。


 にしても、疑問点がたくさんあるな。

 聖域の周囲にも魔物が存在していること。そして、トリトーネは女神の加護を受けてるってこと。

 加護があるはずなのに魔族のリリには何の影響もおきていないし、魔族じたいは入り込める加護なのだろうか?


 わたしが脳内で色々考え込んでいると、レーネが前に進み出た。


「では、ボクたちが手伝おう。にしても、どうしてここ最近、魔物が活発なのだろうか」


 レーネはいぶかりつつも、リリのことを横目で見ていた。

 魔族であるリリが呼び寄せてしまった、とでも思っているのだろうか。リリが悪人ではないことは当然知っているはずだが、同族を引きつける可能性もなくはない、と考えたのかもしれない。


「ここ最近、といいますか……一、二ヶ月ほど前から急激に活発になったのです。そして非常に攻撃的になったのは、本日から……。もしかしたら、勇者さまの気配を感じたのかもしれませんね」


「えっ!? わたしのせい!?」


 自分の影響が悪い方向に向かっているとしたら、申し訳が立たなすぎる!

 でも、聖女さまの言う通り、一、二ヶ月前といえば、わたしが神託しんたくを受けたあたりだ。

 しかも、街におとずれたのも昨日だし。日付が一致しすぎている。


「ああっ、いえ、勇者さまが悪いと言ったわけでは……」


 聖女さまは慌ててわたしをフォローしてくる。

 が、わたしが原因だというのなら、責任はとるべきだろう。それが勇者としての矜持きょうじだ。


「わかった。わたしが退治するよ。勇者の力も信用してもらいたいし、ちょうどいいね。魔物退治くらいなら簡単だし」


 わたしは胸をらして、やる気をアピールする。

 頭脳労働ではないのならば、任せておいて欲しいところだ。


「ですが勇者さまのお手をわずらわせるわけには……」


「いやいや。ここで動かないなら勇者を名乗るわけにはいかないし。民の平和を守るのがわたしの役目」


 聖女さまは、子どもの見た目であるわたしを戦地に送り出せないのか、逡巡しゅんじゅんが見て取れた。もう。みんなして、わたしを子ども扱いするんだもんなあ。聖女さまといえども、そこは一般人の感覚と変わりがないようだった。


「勇者さまが戦ってくれるのならば、すぐに戦いは終わるよ。もちろん、ボクも加勢するし」


 レーネが後押ししてくれたことによって、聖女さまも了承せざるを得ないようだった。

 レーネの力自体は、信用にあたいするらしい。わたしからしてみれば、レーネは無鉄砲というイメージしかないのだが、騎士としての実力はまあまああるみたいだ。

 

 まとまりそうだった話に割り込んできたのは、リリだった。


「ちょっと待った。あんたは念の為、街に残って警戒を強めなさいな。勇者ちゃんはあたしがサポートするよ」


「は、はぁ? なんで君が……」


 レーネは、リリの提案を即座にはねのけようとするが、リリは有無を言わせぬ表情で睨んでいた。

 そして、ちゃっかりと聖女さまにすり寄っている。


「ね、いいでしょ? あたし、これでも戦えるんだから。聖女さまも一緒に行こ?」


 リリが聖女さまに送る視線は、欲望があふれ出ている。

 ようやくわかった。こいつ、聖女さまをオトしたいんだ。一目惚ひとめぼれってやつかな。リリにしては珍しく、かなりがっついているように見える。まあ、聖女さまはマリアレベルのとんでもない美女だからね。惚れてしまうのはわからないでもないけど。


 リリってば、強引に喫茶店に誘うような態度で、聖女さまの袖を引っ張り出すんだもん。相手がくらいの高い人間だというの、考慮していないのだろうか。

 早速さっそく、警備兵たちは聖女さまを保護しようと慌てふためいていた。


「あ、あの、あなたは……」


「ちょ、ちょっと、勝手に話を進めないでくれ」


 聖女さまとレーネが同時に待ったをかける。リリは、裏手の森へ行く気満々らしく、止めるなよ、って顔で威嚇いかくしていた。


「なによ。あんただって勇者ちゃんの力は知ってるでしょ。外の魔物くらい、らくしょーよ、らくしょー。それより、マリアちゃんを外に連れていくわけにはいかないでしょ? だから、街中でしっかり守ってあげててよ」


 まあ、正論ではある。

 街中に魔物が入り込まない、っていう確証があるわけでもないしね。


「勇者さまは、それでいいのかい?」


 レーネは、わたしに許可を求めるように問いかけてきた。

 そしてマリアも。わたしと離れ離れになりたくないのか、はらはらとした面持ちをしていた。


「ん、んー……。まあ、マリアは安全な場所に退避していて欲しいかな……。今からは魔物との戦いになっちゃうし。そうなると、信頼できる人間に守っててもらいたいし……。レーネが適任かも」


 リリに留守番を任せたら、マリアに手を出しちゃいそうだしなあ。

 騎士道を重んじるレーネにならば、安心してマリアを預けられる。


「トリトーネ内は治安も良く、危険なことは何もありませんよ?」


 聖女さまは、わたしたちの相談に首をかしげていた。

 彼女もまさか、わたしが、マリアが女の子に寝取られてしまわないか危惧きぐしているとは思ってもいないだろう。


 それに、真面目な話、リリが街に入り込んでいるわけであって、確実に魔物が入らないとは言い切れないのだから。まあ、聖女さまは、リリが魔族だなんて信じてくれないだろうけど。見た目はほぼ人間だしね。


「その辺の理由は、後で話すとして……。レーネ、マリアを守っててくれる?」


 わたしは、とっとと魔物を片付けて安全を確保することに決めた。

 数が多いと言っていたけれど、わたしが暴れればさほど時間はかからないでしょ。

 それに、聖女さまの信頼も勝ち得たいところだしね。


「私も、一緒にマリアお姉ちゃんを護ります。だから安心してください」


 すると、ドラゴンの少女・アイシャも、マリアのかたわらに並んで、番犬っぷりをアピールしてくれた。ドラゴンの番犬なんて贅沢ぜいたくだよね。


 二人の女の子に守られるマリアは、お姫様の風格さえある。実際に姫なのはレーネなんだけどね。

 マリアは、困りつつも、笑みを見せてくれる。


「エステル……。すぐに、帰ってきてくださいね……?」


 マリアも分別をわきまえているのか、駄々だだをこねることはなかった。だけど、彼女の目は、離れるのが寂しい、って書いてある。遠回しでもなんでもなく、紙にでかでかとした文字を見せられていると感じるくらいに、はっきりとした意志を感じ取れた。


「うん。さくっとやってくるよ。帰ったら、デートだからね!」


 後の楽しみを与えておけば、マリアも我慢して待っていられるはず。まるで、小さな子どもを前にして、お仕事に行ってくる親の気分だ。子どもの立ち位置はアイシャのはずなのにね。


 マリアに別れを告げている間、リリは押せ押せのゴーゴーらしく、聖女さまの手を引っ張って聖域内に入ろうとしていた。

 相変わらず、警備兵たちが止めようとしているが、完全に無視らしい。

 わたしも慌てて、彼女たちの背を追った。


「ちょっとリリ。どうして聖女さまも連れて行くんだよ。危ないじゃん」


 わたしはリリに肩を並べ、横目で見やる。

 リリは、聖女さまと隣にいることにご満悦、上機嫌だった。魔物の群れに向かっているはずなのに、デートと相違がなさそうである。


「どーして、って。そりゃー案内役が必要じゃんね。ねー、聖女ちゃん?」


 リリは、聖女さまに向けて満面のスマイルを送りつけた。それは、必殺の技に違いない。何人もの女の子をオトしてきた、魔性ましょうのスマイルだった。

 しかし聖女さまには無効化でもされるのか、当惑とうわくしたように眉根まゆねを寄せるだけだ。


「え、ええ……。勇者さまに道を案内できるのなら、光栄なことですが……」


 聖女さまはリリをどう扱ったらいいものか、思案している。無碍むげに手を振り払うこともできずに、なされるがまま、腕を引っ張られていた。


「でもでも、怪我けがでもしちゃったら大変じゃん。わたしたちだけで行こうよ、リリ」


 聖女さまはおっとりとしているし、マリアと同様に戦闘に不向きそうだ。


 わたしたちは、聖域の建物に入っていく。聖女さまは、ここは参拝用の建物だと言っていたけれど、それ相応に中はかなり広々としていた。

 光り輝いているかのような、つるつるとした上質の床。それから、立派な柱が何本も立っている。

 裏手の森へとやらは、この建物の裏口から行くらしい。


「いえ、わたくしも自分の身を守ることくらいはできるので、ご心配にはおよびませんが……。こちらの女の子の安全までは、保証できませんわ」


 聖女さまの不安は、リリのこと一点らしい。

 意外にも魔物におくする様子はなく、普通の女性、とは違う一面もあるようだ。さすがは聖職者の上層に君臨くんりんする聖女さまだ。

 身を守ることができる、っていうからには、聖なる力でも行使こうしできるのかな? 女神さまと関わりがある一族らしいしね、有り得る話だ。


「いやいや。あたしを舐めないでよ。あたし、これでも強いんだから。魔族の中では偉いほうだし!」


 リリは、得意げに語る。もはや自分のことなど隠すつもりもないのか、魔族であることすらひけらかしていた。自慢になるのかどうかはともかく、本人は誇らしげである。

 

 それを受けた聖女さまも、子どもがついた嘘を真に受けてあげるようなおおらかさで、クスクスと微笑ほほえんであげるだけだ。やっぱり、性格もマリアに酷似こくじしているね。


「勇者さま? こちらの子とは、どういった関係なのですか?」


 聖女さまはわたしの言葉ならば信じてくれるのか、質問を投げかけてきた。

 リリは、自分が相手にされていないことにいきどおりを感じているようだった。わたしに、フォロー頼む、と願うようににらみあげられてしまう。


「あ、えーっと……。ま、まあ、本人の言う通り、魔族の女の子だよ。だから、たぶん普通に戦えると思う。戦ってるところは見たこと無いけど」


 言ってみて、イメージができないな。都会のギャルっぽい風貌ふうぼうのリリが、魔族と戦う姿。サバイバル生活はしてるみたいだったから、多分なんとかなるでしょ。いざとなれば、わたしが守ればいいだけだし。


 すると、聖女さまはまじまじとリリを見つめていた。

 その聖なる視線にさらされたリリは、ほおを赤らめて恥じらっている。こいつ、どれだけ聖女さまに惚れてるんだよ。デレデレしやがって。


「魔族、ですか……? わたくしも、友好的な魔族がいることは存じておりますが……。こうも人間と変わらないんですのね」


 聖女さまは歩みを止めて、リリをじっくり見回す。

 リリは尻尾は生えているけれど、街中にいるときは服の中にうまいこと隠している。それ以外には、耳がとんがっているくらいだけど、こちらもまた、髪の毛で覆っていたり、フード付きの帽子で誤魔化しているのだ。


 聖域内は、職員やらシスターさんやらが忙しそうに走り回っている。

 観光客の人たちも、緊急命令にて外へ出されているところだった。


 リリも、いくらなんでもこんな人目の多い場所で正体を表すつもりはないのか、尻尾をあらわにしたりはしないようだ。


「まぁまぁ。お外に行ったら、証拠見せたげるよ♡ だから、聖女ちゃんは安心して、あたしに守られてなさいね」


 聖女さまは、不思議そうな顔を崩すこと無く、裏口へ歩を進めていった。


 辿り着いた先には、ひっそりとした木製の扉がある。日当たりが悪い場所なのか、ひんやりとしていた。

 扉の先は少なくとも安全らしく、生物の気配はうかがえない。


「しばらくは、聖域内の加護かごおよんでおりますので、危険はありません。それでは、行きましょうか」


 聖女さまは、慣れ親しんだ護衛もいないというのに、いさましい口調である。彼女の背には、悪しきものと戦う女神さまが浮かび上がっているようにさえ見えた。


 扉を開けて先導せんどうする聖女さまは、まるで天へと案内する天の使いのような荘厳そうごんさも秘めている。

 わたしたちは、そんな聖女さまの案内のもと、聖域せいいきの裏庭におどり出た。

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