第21話

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「あ、戻ってきた戻ってきた」


 レストランのテーブルには、別れたときのままの席順でみんなが座っていた。

 暇させちゃったかな、って思ったけれど、楽しく雑談していたみたいで何よりだ。手にはそれぞれ好みの飲み物が握られているし、レストランなだけあってくつろぐには最適だったみたいだね。


「その、お恥ずかしいところを見せてしまい、すみませんでした……」


 マリアは開口かいこう一番、腰を曲げて謝罪をする。マリアってば、かしこまりすぎなんだよ。もう長い間、旅した仲だから、リリたちも心配してくれてただけで、謝る必要は皆無かいむなのにね。


「いいっていいって。アイシャにも、色々教えてあげたところだからさ。気にしないでよ」


 リリは、マリアにい目を感じさせないためか、はたまたその性格ゆえからか、あっけらかんとして元気いっぱいだ。

 隣のアイシャは、いったい何を吹き込まれたというのか、神妙しんみょう面持おももちをしている。いや。アイシャはいつもこんな顔か。

 もしかしたら、わたしたちの子どもになるかもしれない、って思ったらアイシャのクールな顔も可愛げがあるようにしか見えないな。


「はい。リリちゃんに、たっぷり教わりました。女の子同士は繊細せんさいとうとい愛の形なのだと。私の無知のせいでマリアお姉ちゃんを傷つけてしまい、ごめんなさい」


 アイシャが深々ふかぶかとお辞儀をする。それはまるで、信仰しんこうする神に相対あいたいしたときのような信心しんじん深さが垣間かいま見えた。

 一体リリに、どんな知識を植え付けられたっていうんだ。


「顔をあげてください、アイシャちゃん。それに、私のことをお姉ちゃんだなんて……。本当に小さい頃のエステルみたいですね」


 マリアは口元をゆるめ、一旦いったん、椅子に腰を落ち着ける。

 まあ、わたしはアイシャほど無愛想ぶあいそうな幼少時代だったわけではないので、彼女と似ている、っていう意見は否定したいところだけど。話の腰を折るのもあれなので、わたしは口に出して否定はせずに、無言でマリアの隣に座った。

 ……マリアのことを、お姉ちゃん、って言ってくっついていた時期もあるにはあったしね。


「私も女の子同士の関係に興味が湧いてきました。おふたりのことも応援しています」


 おもてを上げたアイシャの瞳には熱情がともっていた。

 ま、まあ生きる活力が見つかったのなら、いいことだ。

 といっても、アイシャの口調からは、自分もお相手を見つけたい、といったニュアンスは聞こえてこなかったけど。他人の愛でもながめてニヤニヤしたいお年頃としごろなのだろうか。


 これにて話は整理できたと見て、わたしは今後の予定を切り出した。


「それで、聖域せいいきってとこ、行くんでしょ? もう出発する?」


「ん。マリアちゃんが平気なら、今から行こっか? 別に明日でもいーけどね、あたしは遊び歩いてくるだけだし」


 わたしとマリアは、今日中に聖域へ行くつもりだったので、予定を先延さきのばしにする必要はない。

 なので、すぐに聖域へと向かうことになった。


「にしてもリリ、遊びすぎでしょ。今日も遊び歩くつもりだったなんて、見回りしてくれてるハーピーは心配じゃないの?」


 ホテルを出て、大通りを歩いている最中、リリに声をかけた。

 通りは、相変わらず雑然ざつぜんとしている。ただの平日にもかかわらず、毎日がお祭りみたいに賑々にぎにぎしい。だから、わたしは声を大きくしてリリにたずねていた。声を張り上げないと、すぐ前を行くリリにすら届かないほど、喧騒けんそうに包まれているからだ。


「あ~サフランね。元気してるよ。今朝もちょっと話したしね」


「あ、連絡は取ってるんだ。そういうところマメだよね、リリって」


 わたしが感心しながらうなずいていると、通りの先が開けてくる。目に飛び込んできたのは街の中央広場だ。

 ここからさらに北上すると、聖域らしい。

 広場には出店が多くつらなり、大道芸だいどうげいなどもさかんだった。さわがしさは、より増している。


 アイシャが物珍しそうに周囲を眺め、そんな彼女が迷子にならないように、マリアがおだやかな瞳で見守っている。本当に親子のようでさえあった。


 ちなみに、焼き鳥屋のお姉さんとは別れている。彼女は今日も出店でみせのお仕事があるらしいから、聖域の場所だけ教えてもらって解散となった。

 お姉さんは名残なごり惜しそうにリリを見送っていたが、反面、リリは未練を一切見せずに、振り返ることすらせずにホテルをっていたのだから、図太い神経の持ち主だ。

 きっとリリはたくさんの女の子と出会って別れてを繰り返しているから、後腐あとぐされしないようにすることは得意なのだろう、とわたしは邪推じゃすいしている。


「エステル? 大都会も楽しいですね」


 わたしが漠然ばくぜんとリリの背中を追っていると、マリアが耳打ちしてくれた。耳打ち、といっても、人混みのせいで、耳元で大きな声を出さないと会話もままならない。まあマリアの美声ならば、大歓迎なんだけどね。

 

 わたしはマリアと恋人繋ぎで絡めた手をさらに深く握って、彼女の目を見つめる。


「楽しいけど、人が多すぎて疲れちゃわない?」


「人が多いのも新鮮しんせんで楽しいので、疲れませんよ。そ、それよりエステル……」


 どうやらマリアは、なにか要件があって声をかけてきたらしい。

 マリアにしては珍しく口ごもっているので、わたしは首をひねりながら続きを待った。


「あのですね、エステル。ほら、最近、二人きりのデートができていません、よね……?」


 マリアは声量を下げ、口早くちばやにもごもごと告げる。

 それは周辺の喧騒けんそうも相まって簡単に聞き逃してしまうはずなのに、わたしの脳内にははっきりと伝わってきた。


 なるほど、マリア、二人っきりになりたいのか。マリアがラブラブイチャイチャしたいって思ってくれていることに、ニヤニヤしてしまう。


「ん、確かに今からする聖域デートも二人っきりじゃないしね~。マリア、わたしだけとデートしたいんだね?」


「べっ、別に、みなさんといたくないわけじゃなくって……。二人で夜景デートとかも、ロマンティックでいいかな、とか……」


 マリアにも、ロマンチストな一面がのぞけるデートの観念があったんだな、って驚き。マリアも若い女の子だもんね、デートに憧れがあっても不思議じゃないか。


「じゃあ、今夜、二人でデートしよ? 約束ね」


「はい♡ 楽しみですね、あなた♡」


 マリアは幸せを全身で表現するためか、わたしの腕に抱きついてくる。

 人目もはばからずにイチャイチャしてくるマリアが可愛い。今から向かう先もデートだけど、今夜もデートの予定ができちゃったね。

 夜はどこで何を見ようかな、なんて考えてしまう。おすすめのスポット、もっと聞いておけばよかったけど。マリアと二人きりなら、あてもなく街をブラブラするだけでも、立派なデートコースに早変わりだ。


 何かめぼしい施設とかはないかなあ、なんて首をめぐらせていると、人通りは段々と少なくなってきていた。


 街の北側は、聖域、とやらに合わせているのか教会などが多く見受けられた。

 通りを歩く人の身なりも清楚なものに移り変わり、心なしか空気も清浄されているようなすずやかさを感じる。

 背景も自然が多くなってきており、遠くのつらなる山脈も建物の影から見え隠れしていた。


 う、やっぱり聖域って堅苦かたくるしそうだなあ。風景は綺麗だけどさ、デート、って感じはしないな……。夜は別の場所で楽しむことにしよう。いやまあ。マリアとならどこでもデートって思ったは思ったけど! できるなら気兼ねなく見て回れたほうがいいな、って!


 わたしの勉強嫌いがバレてしまったかのようなタイミングで、"聖域"とやらがお出ましになった。


 外観は、大聖堂、といった感じの巨大な建造物。白を基調きちょうとした作りに、前庭は広々としていて噴水などもある。

 入り口の門には詰め所があって、警備などもしっかりとしていた。


 そして目立っているのは、庭の横に設置された女の人の像である。

 恐らくそれが女神さまをモチーフにしたものだというのは、知識のないわたしにもわかることだった。


 さらにわたしを驚かせたのは、観光客の多さである。

 聖域、なんていうからには、私語厳禁の息が詰まりそうな空間を想像していたんだけど、実際はその真逆だったのだ。


 庭には入り口の大扉まで行列ができており、さらには出店まで並んでいる始末。焼き鳥屋のお姉さんが言っていた通り、観光スポットでもあるようだ。

 売っている品物は、絵葉書えはがきやらキーホルダーやらつつましげなものではあるけれど、食べ物を販売しているお店もある。


 観光客も、地元から来たっぽいラフな格好をした人やら、民族衣装を着込んだ旅人、それからピシッとしたスーツを決めた人など多種多様な人物で埋め尽くされており、ここトリトーネの聖域がいかに名所めいしょなのかを物語っていた。


「なんか、待ち時間長そーじゃない? 勇者ちゃん、聖女さまって人のとこに行って勇者の職権しょっけん乱用してきてよ」


 リリは長蛇ちょうだの列を見て顔をしかめながら、わたしに無茶な要求をしてくる。

 まあ、そう言いたくなる気持ちもよくわかるけど。

 だって、律儀りちぎに並んで待っていたら、文字通り陽が暮れてしまいそうなほど人が並んでいるのだから。

 一体、聖域の内部を見て回るの、何がそんなに楽しみなのか。事前知識のないわたしには、理解不能である。


「う~ん……。突然勇者だよ、なんて言って信用してもらえるかな……。っていうか、どうやって聖女さまを探せばいいかもわかんないし」


 わたしだって、じっと待っているのは苦手だ。

 お店がいっぱいあるから退屈は幾分いくぶん緩和できそうではあるが、数時間もウィンドウショッピングで暇を潰せる自信がない。

 そしてそれはアイシャも同じなのか、彼女はすでにそわそわとしていた。

 いや、アイシャの場合は食べ物に敏感なのか。クールな見た目とは裏腹に、かなり幼いっぽいことがわかってきた。


 といっても、いくら勇者といえども、列に割り込むのはマナー違反な気がするしなあ。将来、自分の子どもになるかもしれないアイシャの前で、変なところは見せたくない。だからわたしは、つとめて真摯しんしな応対をすることに決めた。


「ま、我慢して待とうよ。そう急いで見て回るものでもないでしょ」


「はぁ~? 勇者ちゃん、いつからそんな真面目になったのよ。じゃ、あたしは順番が回ってくるまでブラついてこよっかな」


 リリは、わたしは同意してくれると思っていたのか、裏切られたような眼差まなざしで見つめてくる。彼女は目を細めたまま、列からするりと抜け出し、今にも女の子をナンパしだしそうだった。


 悪い大人の見本、みたいなリリをアイシャのそばにおいておくの、教育衛生えいせい上よろしくなさそうだな。

 わたしが溜息をつこうとすると、入り口付近がにわかにざわついてきた。


 街中へ向かおうとしていたリリも、ぴたりと足を止める。

 

 どうやら、聖域内で何かしらのトラブルが発生したのか、警備兵があわただしく駆け回り、集合していく。

 そして、聖域の扉から姿を現したのは、神々こうごうしいまでの美女だった。


 白のローブを身にまとった彼女は、マリアと同年代くらいだろうか。さらには、清楚な顔や、金糸きんしのようなロングヘアもマリアと類似るいじしている。穏やかそうで、争いごととは無縁むえんそうな、優しい、を絵に描いたような女性だった。

 マリアとの違いはといえば、理知りち的っぽいところだろうか。

 マリアの知能が低いと言っているのではなく、あちらのお姉さんは、幼い頃から本に囲まれて暮らしていそうな、知的探究心の高そうな外見をしているのだ。まあ、あくまで第一印象、ではあるけれど。


 そんなローブの女性は、警備兵たちに囲まれ、全員に頭を下げられている。まるで、指揮官のような居住いずまいであり、放つオーラは別格だ。

 わたしは、彼女こそが聖女さまであると、確信していた。


 空気は物々しく、それらを傍観ぼうかんしていた観光客たちにも不穏な空気が蔓延まんえんしていく。

 

「ほら、勇者ちゃん、話聞きに行ってみない? 勇者ちゃんの出番かもよ?」


 途端とたん、わたしはリリにそでを引っ張られる。

 リリの目は興味に輝き、聖女さまとおぼしき人物を指差していた。

 事件に首を突っ込みたがりな性格なのか、はたまた暇つぶしになると思ったのか。落ち着きがない女だ、リリって。


「ん~……迷惑がられないかな……」


「そんなわけないでしょ! ここは女神さまに関連のある場所よ! 勇者ちゃんが出ていけばみんな大喜びよ!」


 リリは何がそんなに彼女を突き動かしているのか、わたしを強引にでも聖女さま(仮)のもとへ連行しようとしている。


 しょうがない。リリがわずらわしいから、ここは彼女にしたがうことにしよう。

 わたしは勇者さまだからといって、なんでもできる万能人間ではなくて、中身はただの15歳だからね。変な仕事を押し付けられても、困っちゃうんだよなあ。


 内心で気が重くなりつつも、聖域の入り口へと向かっていく。もちろん、マリアはわたしと腕を組んだままだ。


「あの~……何かあったんですか?」


 声をかけたのはリリだ。彼女にしてはやけにしおらしく、猫をかぶって尋ねていた。

 聖女さま(仮)は、わたしたちに視線を投げてくれるけど、それは一瞬。あっという間に、警備兵たちにさえぎられてしまった。そして、しっし、と鬱陶うっとうしげに腕を振るわれる。


「関係者以外は下がってて」


「いや、関係者なんだけど。おもに、この子が」


 といって、リリはわたしの背中を押して、ずいっと前面に出されてしまう。

 人見知りのわたしは、あはは、と乾いた笑いをこぼしながら、後頭部をポリポリとかく。


「あ、あの、えっと……。一応、勇者に選ばれたエステルと申すものです」


 大の大人たちの視線にさらされたわたしは、緊張に震える声でかたくなりながら自己紹介する。マリアは、わたしを勇気づけてくれるためか、ぎゅっと手を握ってくれた。


「まぁ。勇者さま……?」


 すると、聖女さまとおぼしきお姉さんは、警備兵たちを避けてわたしに向かおうとする。……が、すぐさま警備兵たちにはばまれてしまう。


「いけません、聖女さま。このような子どもが勇者なんて、名をかたっているだけかもしれませんよ。証拠はあるのか、君」


 やはりお姉さんは聖女さまだったらしく、厳重げんじゅうな包囲網を作られてしまう。

 わたしは、右手の手袋を外して、手の甲に写る女神さまの紋章を見せつける。

 でもなあ。焼き鳥屋のお姉さんにすら信用してもらえなかったこんなモノが、証拠になるとも思えない。


 わたしの予想通り、胡散うさん臭い表情で警備兵たちに睥睨へいげいされ、鼻で笑われてしまった。


「そんなもの、その辺の子どもたちですら遊びでつけられるよ。帰った帰った」


 相手にすらしてもらえなかった。

 どうやら、トリトーネは女神さまゆかりの地なだけあって、女神さまの紋章は珍しいものでもなんでもないようだった。

 わたしの紋章が本物だ、と証明するには、女神さまの力を発現はつげんさせる必要がある。そしてそれは、別に難しいことでもなんでもないんだけど。

 大衆に見守られながらだと、さすがに遠慮したいところだ。わたし、コミュ障だから目立ちたくないし。ここは観光客がたくさん集っているから、一瞬で街全域にまで噂が広がっちゃうだろうし。


 わたしが、ぐぬぬ、と喉を鳴らして悩んでいると、警備兵たちはわたしを偽物だと断定したのか、力ずくで追い払おうとしてきた。


 リリが抗議の声を上げ始めようとして――後方から多数の足音が鳴り響いてきた。

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