第21話
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「あ、戻ってきた戻ってきた」
レストランのテーブルには、別れたときのままの席順でみんなが座っていた。
暇させちゃったかな、って思ったけれど、楽しく雑談していたみたいで何よりだ。手にはそれぞれ好みの飲み物が握られているし、レストランなだけあってくつろぐには最適だったみたいだね。
「その、お恥ずかしいところを見せてしまい、すみませんでした……」
マリアは
「いいっていいって。アイシャにも、色々教えてあげたところだからさ。気にしないでよ」
リリは、マリアに
隣のアイシャは、いったい何を吹き込まれたというのか、
もしかしたら、わたしたちの子どもになるかもしれない、って思ったらアイシャのクールな顔も可愛げがあるようにしか見えないな。
「はい。リリちゃんに、たっぷり教わりました。女の子同士は
アイシャが
一体リリに、どんな知識を植え付けられたっていうんだ。
「顔をあげてください、アイシャちゃん。それに、私のことをお姉ちゃんだなんて……。本当に小さい頃のエステルみたいですね」
マリアは口元を
まあ、わたしはアイシャほど
……マリアのことを、お姉ちゃん、って言ってくっついていた時期もあるにはあったしね。
「私も女の子同士の関係に興味が湧いてきました。おふたりのことも応援しています」
ま、まあ生きる活力が見つかったのなら、いいことだ。
といっても、アイシャの口調からは、自分もお相手を見つけたい、といったニュアンスは聞こえてこなかったけど。他人の愛でも
これにて話は整理できたと見て、わたしは今後の予定を切り出した。
「それで、
「ん。マリアちゃんが平気なら、今から行こっか? 別に明日でもいーけどね、あたしは遊び歩いてくるだけだし」
わたしとマリアは、今日中に聖域へ行くつもりだったので、予定を
なので、すぐに聖域へと向かうことになった。
「にしてもリリ、遊びすぎでしょ。今日も遊び歩くつもりだったなんて、見回りしてくれてるハーピーは心配じゃないの?」
ホテルを出て、大通りを歩いている最中、リリに声をかけた。
通りは、相変わらず
「あ~サフランね。元気してるよ。今朝もちょっと話したしね」
「あ、連絡は取ってるんだ。そういうところマメだよね、リリって」
わたしが感心しながら
ここからさらに北上すると、聖域らしい。
広場には出店が多く
アイシャが物珍しそうに周囲を眺め、そんな彼女が迷子にならないように、マリアが
ちなみに、焼き鳥屋のお姉さんとは別れている。彼女は今日も
お姉さんは
きっとリリはたくさんの女の子と出会って別れてを繰り返しているから、
「エステル? 大都会も楽しいですね」
わたしが
わたしはマリアと恋人繋ぎで絡めた手をさらに深く握って、彼女の目を見つめる。
「楽しいけど、人が多すぎて疲れちゃわない?」
「人が多いのも
どうやらマリアは、なにか要件があって声をかけてきたらしい。
マリアにしては珍しく口ごもっているので、わたしは首をひねりながら続きを待った。
「あのですね、エステル。ほら、最近、二人きりのデートができていません、よね……?」
マリアは声量を下げ、
それは周辺の
なるほど、マリア、二人っきりになりたいのか。マリアがラブラブイチャイチャしたいって思ってくれていることに、ニヤニヤしてしまう。
「ん、確かに今からする聖域デートも二人っきりじゃないしね~。マリア、わたしだけとデートしたいんだね?」
「べっ、別に、みなさんといたくないわけじゃなくって……。二人で夜景デートとかも、ロマンティックでいいかな、とか……」
マリアにも、ロマンチストな一面が
「じゃあ、今夜、二人でデートしよ? 約束ね」
「はい♡ 楽しみですね、あなた♡」
マリアは幸せを全身で表現するためか、わたしの腕に抱きついてくる。
人目も
夜はどこで何を見ようかな、なんて考えてしまう。おすすめのスポット、もっと聞いておけばよかったけど。マリアと二人きりなら、
何かめぼしい施設とかはないかなあ、なんて首を
街の北側は、聖域、とやらに合わせているのか教会などが多く見受けられた。
通りを歩く人の身なりも清楚なものに移り変わり、心なしか空気も清浄されているような
背景も自然が多くなってきており、遠くの
う、やっぱり聖域って
わたしの勉強嫌いがバレてしまったかのようなタイミングで、"聖域"とやらがお出ましになった。
外観は、大聖堂、といった感じの巨大な建造物。白を
入り口の門には詰め所があって、警備などもしっかりとしていた。
そして目立っているのは、庭の横に設置された女の人の像である。
恐らくそれが女神さまをモチーフにしたものだというのは、知識のないわたしにもわかることだった。
さらにわたしを驚かせたのは、観光客の多さである。
聖域、なんていうからには、私語厳禁の息が詰まりそうな空間を想像していたんだけど、実際はその真逆だったのだ。
庭には入り口の大扉まで行列ができており、さらには出店まで並んでいる始末。焼き鳥屋のお姉さんが言っていた通り、観光スポットでもあるようだ。
売っている品物は、
観光客も、地元から来たっぽいラフな格好をした人やら、民族衣装を着込んだ旅人、それからピシッとしたスーツを決めた人など多種多様な人物で埋め尽くされており、ここトリトーネの聖域がいかに
「なんか、待ち時間長そーじゃない? 勇者ちゃん、聖女さまって人のとこに行って勇者の
リリは
まあ、そう言いたくなる気持ちもよくわかるけど。
だって、
一体、聖域の内部を見て回るの、何がそんなに楽しみなのか。事前知識のないわたしには、理解不能である。
「う~ん……。突然勇者だよ、なんて言って信用してもらえるかな……。っていうか、どうやって聖女さまを探せばいいかもわかんないし」
わたしだって、じっと待っているのは苦手だ。
お店がいっぱいあるから退屈は
そしてそれはアイシャも同じなのか、彼女はすでにそわそわとしていた。
いや、アイシャの場合は食べ物に敏感なのか。クールな見た目とは裏腹に、かなり幼いっぽいことがわかってきた。
といっても、いくら勇者といえども、列に割り込むのはマナー違反な気がするしなあ。将来、自分の子どもになるかもしれないアイシャの前で、変なところは見せたくない。だからわたしは、
「ま、我慢して待とうよ。そう急いで見て回るものでもないでしょ」
「はぁ~? 勇者ちゃん、いつからそんな真面目になったのよ。じゃ、あたしは順番が回ってくるまでブラついてこよっかな」
リリは、わたしは同意してくれると思っていたのか、裏切られたような
悪い大人の見本、みたいなリリをアイシャの
わたしが溜息をつこうとすると、入り口付近がにわかにざわついてきた。
街中へ向かおうとしていたリリも、ぴたりと足を止める。
どうやら、聖域内で何かしらのトラブルが発生したのか、警備兵が
そして、聖域の扉から姿を現したのは、
白のローブを身にまとった彼女は、マリアと同年代くらいだろうか。さらには、清楚な顔や、
マリアとの違いはといえば、
マリアの知能が低いと言っているのではなく、あちらのお姉さんは、幼い頃から本に囲まれて暮らしていそうな、知的探究心の高そうな外見をしているのだ。まあ、あくまで第一印象、ではあるけれど。
そんなローブの女性は、警備兵たちに囲まれ、全員に頭を下げられている。まるで、指揮官のような
わたしは、彼女こそが聖女さまであると、確信していた。
空気は物々しく、それらを
「ほら、勇者ちゃん、話聞きに行ってみない? 勇者ちゃんの出番かもよ?」
リリの目は興味に輝き、聖女さまと
事件に首を突っ込みたがりな性格なのか、はたまた暇つぶしになると思ったのか。落ち着きがない女だ、リリって。
「ん~……迷惑がられないかな……」
「そんなわけないでしょ! ここは女神さまに関連のある場所よ! 勇者ちゃんが出ていけばみんな大喜びよ!」
リリは何がそんなに彼女を突き動かしているのか、わたしを強引にでも聖女さま(仮)のもとへ連行しようとしている。
しょうがない。リリが
わたしは勇者さまだからといって、なんでもできる万能人間ではなくて、中身はただの15歳だからね。変な仕事を押し付けられても、困っちゃうんだよなあ。
内心で気が重くなりつつも、聖域の入り口へと向かっていく。もちろん、マリアはわたしと腕を組んだままだ。
「あの~……何かあったんですか?」
声をかけたのはリリだ。彼女にしてはやけにしおらしく、猫を
聖女さま(仮)は、わたしたちに視線を投げてくれるけど、それは一瞬。あっという間に、警備兵たちに
「関係者以外は下がってて」
「いや、関係者なんだけど。おもに、この子が」
といって、リリはわたしの背中を押して、ずいっと前面に出されてしまう。
人見知りのわたしは、あはは、と乾いた笑いをこぼしながら、後頭部をポリポリとかく。
「あ、あの、えっと……。一応、勇者に選ばれたエステルと申すものです」
大の大人たちの視線に
「まぁ。勇者さま……?」
すると、聖女さまと
「いけません、聖女さま。このような子どもが勇者なんて、名を
やはりお姉さんは聖女さまだったらしく、
わたしは、右手の手袋を外して、手の甲に写る女神さまの紋章を見せつける。
でもなあ。焼き鳥屋のお姉さんにすら信用してもらえなかったこんなモノが、証拠になるとも思えない。
わたしの予想通り、
「そんなもの、その辺の子どもたちですら遊びでつけられるよ。帰った帰った」
相手にすらしてもらえなかった。
どうやら、トリトーネは女神さまゆかりの地なだけあって、女神さまの紋章は珍しいものでもなんでもないようだった。
わたしの紋章が本物だ、と証明するには、女神さまの力を
大衆に見守られながらだと、さすがに遠慮したいところだ。わたし、コミュ障だから目立ちたくないし。ここは観光客がたくさん集っているから、一瞬で街全域にまで噂が広がっちゃうだろうし。
わたしが、ぐぬぬ、と喉を鳴らして悩んでいると、警備兵たちはわたしを偽物だと断定したのか、力ずくで追い払おうとしてきた。
リリが抗議の声を上げ始めようとして――後方から多数の足音が鳴り響いてきた。
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