第10話
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「こっちだよ、マリア。疲れてない?」
マリアの、
今日のマリアは、まさに
マリアは、わたしに手を引かれているのを嬉しげにしつつ、歩を合わせてくれていた。
家を出てから数時間。勇者のわたしがダッシュで行けば、
辺りは、木々の合間から陽光が差し込んでいて、
マリアは遠出しているにもかかわらず、疲労の色は出ていない。にこにことしっぱなしだ。体力あるなあ、って関心してみたけれど、よくよく考えてみたら、えっちだって長時間できるし、彼女のスタミナはばっちりだった。
「エステルったら、はしゃいじゃって。可愛いんですから♡」
はしゃいでいるのはマリアのほうでしょ、って突っ込みたくなった。
でもね、わたしだってマリアとお出かけは大好きだ。家にいるほうが好きといえば好きだけど。気分転換のデートというのも、楽しいからね。マリアと一緒にいて、はしゃがないはずがない。
「もー、マリアだって楽しそうじゃん。で、もうちょっとで着くんだけど、大丈夫? わたしがお姫様抱っこしてあげようか?」
聞いてみると、マリアはこの上なく頬を
「まあ、とっても良い提案ですね♡ でも、今日はエステルに手を引かれていたいです。帰りに、疲れてしまったらお願いしますね♡」
マリアの声は、まるで雲の上を歩いているかのようにふわふわと
「わたしはいつでもいいからね、
「うふふ、エステルは食べ盛りですねぇ♡」
マリアの手には、バスケットが
天候も
林を抜けると、目先に広がるのは青空広がる廃墟の風景。
崩れ果てたお城というのも、絵になるものだ。ビニールシートでも広げて、さっそくお昼にしたいところ。
その前に、リリウェルたちを呼びにいかないとね。
「えっとね、こっちの方に地下への隠し道があるんだよ」
「エステルったら、頼もしいですね♡」
マリアが口を開けると、すぐにわたしの褒め言葉が飛んでくる。むず
わたしは、先日発見した隠し階段の周辺にまで歩を進めてから、念の為に周囲をキョロキョロと見渡した。
さすがに人間は人っ子一人いないだろうけれど、万が一、誰かに見られた場合は厄介事になるからね。
そもそもの事の
わたしはほっと一息ついてから、石の床をずらして階段を出現させる。
地面に続く暗い空間を目にしたマリアは、
マリア、おばけは苦手らしいからね。明かりのない場所は
だからわたしは、右手に炎を
わたしとマリアは顔を見合わせて、頷き合う。
そして、彼女をエスコートするようにして階段を降りていった。今日はずうっと、マリアを先導してあげている。わたし、頼りになる
階下まで辿り着き、昨日と変わらぬ地下室がお目見えになる。ま、たかが一日で景色が変わるわけはないと思うけど、もしもリリたちが人間に見つかっていたら、荒れていたりはするかもだしね。
わたしは、先日リリが寝ていた部屋の扉を思い出して、そこをノックしてみた。昨日はこの時間寝ていたし、もしかしたら魔族というだけあって夜行性なのかな。魔族イコール夜行性、っていうのも単純だけど、イメージ的に闇に
しかし、わたしの予想を裏切って、室内からは「どーぞ」っていう、あっけらかんとした声が飛んできた。わたしが来たの、予想できたのだろうか。もしも訪れてきたのが、まったくの別人だったらどうしてたんだ。
という想いは胸の内に閉まって、わたしは扉を開けた。
「やほやほ、勇者ちゃん」
部屋にいたのは、ベッドの
彼女たちは、突然明かりにさらされたからか、手をかざして
マリアはわたしの背の影から、
リリウェルは相変わらず、よれよれのシャツと短パンのラフな格好。同じくハーピーも、体毛が鳥のようではいるが、上半身は衣類と呼んでいいのかわからないけど布切れを
マリアは、そんな二人? 二匹? をしげしげと眺めていた。リリウェルはともかく、あからさまに魔族であるハーピーをその目で見て、少なからず驚いているようだ。
「約束通り、マリアを連れて来たよ。こっちがわたしのお嫁さんのマリアね……」
わたしは、自慢の嫁を前面に押し出して、マリアをひけらかした。気分が浮つく。一体リリウェルがどれだけ
おずおずと一歩踏み出したマリアは、
「エステルからお話は
う~ん、挨拶ですら、
しかし、マリアのパーフェクトな自己紹介を受けたというのに、返ってくるのは沈黙だ。まさか、魔族にはマリアの美しさがわからないというのだろうか?
わたしは
リリウェルは――口を半開きにして、硬直していた。
それはまるで、
「え!? マリアちゃん……予想以上に美人すぎない!?」
間を置いてから、リリの
「まあ、お上手ですね。魔族さん方も、とっても可愛らしいですよ♪」
マリアは社交辞令も会得しているのか、おっとりとした口調で褒め散らかす。だが、わたしはマリアとは対象的に、彼女の言葉にムッとした。
「マリア。わたし以外のことも可愛いって思ってるんだ?」
「エステルったら。やきもちですか? うふふ。大丈夫ですよ、エステルが一番可愛いですから♡」
って言われて頭をナデナデされたが、わたしは唇を
ってゆーわたしの気持ちなんて、マリアには手にとるように
「君たち……
わたしたちの間に割って入ったのは、リリの
マリアははっとなって我に返り、照れたように、わたしの背に隠れる。
だが、マリアはわたしのご機嫌をとることに
こ、こんなんで尻尾を振るほど、わたしはちょろくはないけどね。マリアのおっぱいは柔らかいから、背中に当たっていると嬉しいけど。
「あっちの小さいのがリリウェルっていって、えっとハーピーのほうが……」
わたしはむすっとしたまま、マリアに向かってリリたちを紹介する。
すると、リリは呆れ顔を維持しつつベッドから降り立ち、ハーピーもその隣に立った。
「この子はサフランね。あたしがリリウェル。よろしくね、おっぱいの大きいマリアちゃん♡」
リリはセクハラ言葉を発しつつも、
だけど、マリアに外敵が寄ってきていると認識したわたしは、マリアを
「マリアにいやらしい目を向けるな! それと、わたしの許可なしにマリアに触ることは禁止だから!」
瞬間、リリはぎょっとして立ち止まった。彼女は、まるで危険生物の縄張りに足を踏み入れてしまったかのように、身を
「勇者ちゃん、怖っ! 目がマジすぎるでしょ……」
ドン引きされた。
だけど裏を返せば、わたしはそれだけマリアを守ることには本気ということでもある。
なんせ、わたしは物心つく頃からマリアを守護する騎士だったんだから。
マリアもマリアで、失礼な態度をとっているわたしのことを
「エステル、格好良いですよ♡ あと、さっきのことはごめんなさい。今後気をつけますから。だから、今晩はエステルの罰をしっかり受けますからね♡」
って
「いや。だからさ。あんたら、人前なのにイチャつきすぎでしょ……」
やるせないリリの突っ込みだけが、室内に宙ぶらりんする。
わたしとマリアは見つめ合って頷き、今にもキスをしそうだ。いや。実際、キスするつもりだった。たぶん、お互いに。
けれど、かろうじて残った理性が、わたしたちを押し留める。
怒りが収まって落ち着いたわたしは、一呼吸入れてから地上を指さした。
「マリアがみんなの分のご飯も用意したからさ、上で食べようよ」
「まあ、いいけどさ……。あんたら、お似合いだわ……」
あまりにもわたしたちがマイペースだからか、リリはやつれた顔をして了承する。陽気でギャルギャルしいリリが
リリたちは地下を好んでいるというわけではないらしく、地上で食べることに対して拒否することもなかった。
わたしたちは
******
「こんな美味しい食事、久しぶりだわー。マリアちゃんはなんでもできるのねー」
わたしたち四人は、ビニールシートの上でランチをとっていた。空気は和気あいあいとしており、
「とーぜんでしょ。マリアのご飯をわけてもらえること、光栄に思ってよね」
わたしは、自分が昼食を作ったかのように振る舞う。でもでも、事実を
マリアは軽食屋の娘だけあって、料理は格段に上手だ。まあ、マリアは家事全般得意なので、完全完璧な女性なんだけどね。
「勇者ちゃんってば、奥さんの前だとはりきっちゃうのね。昨日と全然別人♡」
リリは意味ありげに、ニヤニヤとする。
わたしは内心で冷や汗をかいた。昨日の、えっちになりそうだったこと、マリアにバラされないか焦ったのだ。
一方でマリアは、その話題に興味津々。身を乗り出していた。
「エステルは、私がいないとどんな感じなんですか? 私の知らないエステルがいると思うと……ソワソワしちゃいますね」
マリアも、わたしへの独占欲はかなり強い。自分の知らない愛する人の姿がある、っていう真実に心がざわつくのは必然である。もしもそれをマリアに当てはめたとしたら、わたしは気が狂ってしまうかもしれないしね。
「えーっとね、勇者ちゃんね、かなりえっち……」
「わーわー、わたしのことなんて、どーでもいいでしょ! わたしはいつでもどこでも、マリアのことを愛しているだけだよ!」
いきなり、とんでもないことを口走ろうとしたリリウェル。
わたしは
マリアはわたしを不審げに見上げている。もしかしたら、昨日の出来事に感づいたのかもしれない。
「ん。それもあるにはあったよ。奥さんのこと、大事にしてるんだろーなー、ってのは素直に伝わってきてたしね」
リリは、わたしの弱みを握ったことにしたり顔をしている。が、わたしを
マリアは、わたしがいつでもどこでもマリアを愛していることを受けて、急激に頬を赤くしていた。わたしへの嫌疑は晴れて、愛だけが残ったようだ。よかったよかった。
「そ、それよりさ。マリア、どう? 魔族の国、行ってみていいよね?」
わたしは、そそくさと話題を移行させる。不自然さを感じさせないスムーズな話題の
「ええ、私はエステルと一緒なら、どこまでも付いていきますよ♡ それに、魔族さんも楽しそうな方たちですので、心配事もないですね」
わたしは、マリアにサンドイッチを口に運んでもらいつつ、うんうんと首を縦に振った。
「だよねだよね、魔族の国も楽しそうだよね。で、いつから行く? リリたちに案内してもらわないとだし、長旅になるらしいからね」
「歩いて行くと、かなり遠いからね~。さすがにサフランも、三人は乗せられないし」
リリはハーピーを横目で見やり、悩む素振りを見せる。
わたしは、長旅もありかな、と思っていた。これまでの人生で、遠出したことなんてないし、むしろワクワクする。
「わたしは、遠くても平気。マリアだって疲れないように、わたしが抱っこしてあげられるし。荷物だって持つよ! 勇者を舐めないでよね」
勇者の力を雑用に行使していることなど
マリアはわたしのことを、ぱちぱちと手を叩いて褒め
「ま、大丈夫ならいいけど。あたしたちは、明日からでもいーよ。あんたらで日程決めちゃってよ」
リリは、わたしを国に歓迎したいのか投げやりなのか、どっちかよくわからない。よほど、わたしとマリアの仲が良いの、呆れているみたいだ。でもね、しょうがないよね。わたしとマリアは十年以上の付き合い。恋仲になったのは最近だけど、昔っから両片思い、みたいなところはあったし。年季が違うんだよ。
「マリア、どーする? いつから行く? わたしも明日からでいいけど」
「そうですね、エステルにお任せしますよ。ただ、ちょっと準備とかしないとですから、一日は待って欲しいです」
「わかった。じゃあ、明日は買い出し必要だったら、お買い物デートだね」
「はい♡ エステルとのお買い物はいつでも楽しいですからね♡」
もはや、わたしとマリアは自宅でくつろいでいるのと違いはなかった。
二人で旅行の計画を立てるのって、めちゃめちゃに楽しい!
リリの溜息が聞こえてくるまで、自分たちの世界に
******
「えっと……あれもよし、これもよし……」
自宅にて。
マリアは、床に広げられた荷物の山を一つ一つ、念入りに確認していた。
今日は魔族の国へと旅立つ日だ。
マリアは昨日もえっちの前に荷物のチェックはしていたのに、今朝起きてからもまた確認作業をしている。さすが、しっかりもののお嫁さんだ。
「ああ、エステル? あれはいらないかしら?」
マリアはよほど心配性なのか、何度荷物のチェックをしても、あれがいるかこれがいるかと提案してくるのだ。
「今度は何? わたしは別に、マリアがいればそれでいいんだけどね」
「まぁ、エステルったら……♡ でもね、そうもいきませんよ。長旅になるんですから、下着の替えとかは絶対にいりますし」
「わたしは、マリアのぱんつなら、何日
「何を言っているのかしら、エステルは……///」
わたしの変態発言を受けてなお、もじもじと恥ずかしそうに顔を赤らめるマリア。こんなんで、リリウェルたちと旅ができるのだろうか? そもそも、わたしたちは、リリたちがいる中で、えっちの時間をどうやって
「それで、マリア。あれってどれのこと?」
「えっと、いつもの枕です。エステルったら、枕が違ったら眠れないんじゃないかと思って」
わたしは床に転倒するかと思った。いったい、何歳児だと思ってるんだ、わたしのこと。さすがに枕が変わったくらいで寝られないとかはないと思う。ま、まあ。隣にマリアがいなかったら、眠れない気はするけれど……。
「枕なんてなんでも大丈夫だよ! いざとなったら、マリアのおっぱい枕があるし」
「はいはい、エステルなら、おっぱい枕、いつでも使ってくれていいですからね♡ でも、一応、本物の枕も入れておきますね」
マリアは余裕たっぷりに
リリの話によると、旅の途中で買い出しできる街もあるので、食事などの心配はないみたい。でも、ある程度北上すると、人里はなくなってしまうらしい。
といっても。ハーピーが狩りやら何やら得意なので、飢え死にすることはないそうだ。ま、わたしも勇者だから、食材の調達くらいは楽勝だろうけどね。
「ほらほら、マリアも準備なんてとっとと終わらせてよね。わたしはいつでも出発できるんだから」
「そう
「もー、いざも何もないよ。わたしは勇者だからね。もしもマリアの体調が崩れちゃったとしても、わたしが超特急でお薬買いに行ってあげられるしね」
「そこのところは、エステルは頼もしいですからね♡ でも、エステルのための可愛いお洋服とか、歯ブラシとか、あれもこれもいりますから……」
結局のところ、マリアは時間ギリギリまで荷物の整理に
わたしの身の回りの世話、けっこう大変なんだろうな……。でもね、マリアがしてくれるから、甘えるの大好きなんだ。
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