第8話

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 ボロボロのベッドの周りに集まったわたしと、謎の少女リリウェル、そしてハーピーは、顔を突き合わせて話し合いをしていた。


 ベッド自体は、今にも倒壊しそうなきしみ音を立てているけれど、け布団は割と新しく、意外と生活感がある。リリの服も古着っぽいが、それは単に寝間着ねまきだから、らしい。


「なんかね、魔物のみ家があるから討伐して欲しい、って依頼を受けたんだよ」


 わたしは、自分が何故ここにおとずれたのかを口にした。

 この二人? 二匹? は、人間に対して襲いかかるどころか、友好そうだし。相手側の話にもだいぶ興味があった。


「魔物の棲み家……。すみません、リリウェルさま。おそらく、あたいのせいで……」


 すると、わたしの言葉でしょげかえったのは、ハーピーのほうだ。目尻めじりを下げて肩を縮こまらせる彼女は、どことなく犬のようにも見える。

 それに対して、リリが飼い主のような応対を取るものだから、余計にペットっぽさが漂うハーピーだった。


「まあまあ、しょうがないわよ。あたしがサフランにお使いやら見張りやらを頼んでいたせいだしね。悪いのは、あたし」


 リリはハーピーのことをサフラン、と呼び、肩をすくめた。面倒なことになった、と言いたげに、溜息ためいきをついている。まるで、わたしが悪人のようだ。居心地が悪いったらありゃしない。


「まあ、わたしは依頼されただけで、詳しい内容は知らないんだけどさ。それより、リリウェルも魔物なの?」


 そうなのである。はやとちって街から飛び出したわたしは、何も知らないのである。だって、魔物の棲み家がある、なんて聞かされたら、凶暴な魔物がうろついていると思うわけで。すぐに退治しなきゃ、って思考回路になるのは当然じゃん。

 まさか、コミュニケーションが取れる魔物がいるなんて考えもつかなかったし。いるならいるで、さっさと教えてくれよ、って文句もつけたくなる。


「ま、そーいうことになるかな? あたしは、"魔物"なんて呼ばれるの、嫌だけどね。こんなに可愛いのに。ねえ?」


 リリは、整った自身の爪をながめた後に、ハーピーに同意を求める。すると、彼女もカクカクと首をたてに振った。


「ふんっ、さしずめ、えっちな魔物でしょ。わたしは断っていたのに、強引に迫ってきたし」


 突っ込まずにはいられなかった。すると、リリはわたしを小馬鹿にするように、ニタニタと笑みを浮かべる。


「目は全然断っていなかったけれどね。お股、じっと見てたし。勇者ちゃん、すけべなんだから」


「う、うるさい。急に脱ぎだしたリリが悪いんだからね」


「ほんと、わかりやすくって可愛い子ね。こんな子が勇者なんだから、驚きよ」


 今度は一転して、優しげに頭でもでてきそうだ。どうしてわたしの扱いは、子どもみたいになるのだろう。別に、慣れっこだけどね。


「んー、でも困ったな。リリたちは、悪さをしていたわけでもないんでしょ? だったら、依頼はどうしよう」


「あら。どーして、あたしたちが悪さをしていないって思ったの? もしかしたら、可愛い女の子をさらっているかもしれないよ?」


「ん、んー……。なんとなくだよ。リリとハーピー、悪そうな顔していないし」


 言語化するのは難しいけれど、わたしの直感はアテになる。

 こんなボロい瓦礫がれきの下で暮らしているのに、人の物品を奪ったような形跡はないし。それに、盗難があったとかって話も耳に入っていないもん。掛け布団は新品だけど、強奪ごうだつした……っぽくはない。これもカンなんだけどね。


「ふぅん。いい子なのね、勇者ちゃん。ま、あたしはこれでも魔族の中では偉いほうでさ。でも、魔族の女の子よりも人間の娘たちを気に入っていてね。ほら、あたしは見た目は人間と変わらないじゃん? それを利用して、人里近くで遊んでいるのよ」


 リリは、年相応のギャルっぽく陽気に笑いながら、わたしの肩をバシバシと叩く。

 わたしには距離感の近い同年代がほとんどいなかっただけに、どう反応すればいいのかわからない。情けない話である。


「魔族の中では偉いほう、って……。この辺にはそんなに魔族が住んでいるの? だからフィオーネが討伐を依頼してきたのかな……」


「いや、この近辺にはあたしくらいしかいないわよ。ただ、サフランが護衛なしだと危ないってうるさくってね。この子に見回りとか任せていたわけだけど……まあ、それを目撃されちゃったとか、じゃない?」


「ふぅん……。そんな危険にさらされてまで、人間の近くで住みたいもんなの?」


「んー? 人間の街で遊んでいる魔族の子なんて、たくさんいるわよー?」


「えっ!? そうなの!?」


 わたしは仰天ぎょうてんして、リリの瞳をまじまじと見つめてしまった。そこに浮かんでいるのは、純粋なまでの楽しさ。街でたむろしている若者の少女となんら遜色そんしょくはなかった。


「まあ、サフランみたいに見た目だけでバレちゃう子は無理だけど。あたしみたいな子は、いっぱいまぎれ込んで遊んでいるわよ。あたしも、人間の文化が大好きだから、こーして遊びにきているわけ」


「街の人達は誰一人、気づいてないぞ。魔族って、けっこう身近なんだね……」


 その後、リリに軽く説明してもらって。わたしがよく退治しているような知能のない魔物は、リリたち魔族にも手に負えない……ってゆーか、意思疎通が無理らしく、仕方無しに野放しなんだそうだ。

 わたしたち人間が熊や猪なんかを統率できないのと同じ、ってわけ。


「にしても、今後、ここには住めそうにないわね。街に近くって、生活できて、誰にも見つかりそうにない場所、って探すと面倒なのよ。……あ、そーだ。勇者ちゃんに住まわせてよ♪」


 リリは、真剣に思い悩んでいたと思ったら、表情がコロっと変わって、わたしに笑顔で提案してくる。しかも、まるでそれは可決された後だといわんばかりの、ウキウキとした顔だ。


「そ、それは無理! わたしの家はマリアとイチャイチャする専用の場所だから、誰一人家には入れられないの!」


「あ、そーいえば、結婚してるとか言ってたっけね。それで、彼女さんはどんな子なのよ?」


 入居拒否されたことなんて気にも留めず、リリはあっけらかんとして聞いてくる。彼女のふてぶてしい態度といえば、強引にでもわたしの家に転がり込んできそうな空気があった。決然けつぜんとした態度で接して、かたくなに断り続けていかないとダメそうだね。


 ただ、マリアについてたずねられるのは、予想外だ。ふつー、のろけ話なんて興味出ない人が大半だろうし。だからわたしは、マリアのことをいくらでも自慢したくなってしまい、ついつい饒舌じょうぜつになってしまうのだった。またとない、マリアについて語れるチャンスなのだから。


「マリアのことが気になるの? マリアはね、めちゃくちゃ美人で、おっぱいが大きいんだよ。あのおっぱいなしでは、わたしはもう生きていけないね!」


 満点のテストをひけらかすようにして、鼻を鳴らしながら豪語する。実物を見せてあげられないのが残念でしかたない。だって、マリアを目にした人たちは、老若男女、揃って羨望せんぼうの眼差しを向けるのだから。例えそれが魔物であろうと、抱く感想は同じはずである。といっても、マリアの生おっぱいをおがむことが許されるのは、わたしだけなんだけどね。同性だろうが、目に触れさせることはない。いやー、残念だなあ。


「ふーん。顔とおっぱいだけで選んだんだ? 勇者さまってのはお得ねー」


「なっ! そんなんじゃない! マリアとは小さい頃からずっと一緒だったの! 何をするにも一緒で、お互いのことならなんでも知ってるの! ま、まあ、おっぱいは大きいほうが好きだけど……」


 最後のは、自信なさげにつぶやく。

 で、でも、もしもマリアの胸が平均以下だったとしても、わたしはマリアを選んでたはず。たぶん。


 その証拠に、わたしは眼前にいる魔物娘、リリウェルの小ぶりな胸にも食いついてしまっていたし。いや、物理的には食いついていないけども!


「うんうん。やっぱりすけべな勇者ちゃんだ。さて、それじゃあ、あたしたちはこれからどーしよっかなー」


「おとなしく国に帰りましょうよ、リリウェルさま……」


 困っているのか、この状況を楽しんでいるのかわからないリリウェルに対して、辟易へきえきとしながら口を挟んだのはハーピーだった。どうやら、主のわがままには苦労しているらしい。


「国? 魔族の国なんてあるの?」


 わたしは、そう問わずにはいられなかった。

 だって、魔族の国が現存しているなんて、歴史の教科書にもっていなかったし。魔族との争いは、数百年前に終わったんじゃなかったの? わたしはてっきり、魔族の大半はほろんだと思っていた。せいぜい、生き残りがたまに人里を荒らしている程度。それが人類の認識である。


「あるに決まってるでしょ? 勇者ちゃんってば、なんにも知らなそうだから、ついでにいいこと教えてあげるよ。魔族の国のほうが、社会保障、しっかりしてるわよ」


「しゃ、社会保障??」


 わたしは、聞き慣れない単語に、間の抜けた声をあげてしまう。

 魔族が発する単語としては、いささか不適切なのではなかろうか。わたしは一体、何の生物と会話をしているのかわからなくなりそうだった。


「そ。あたしたちの魔王さまは、女性同士の結婚に対して力を入れていてね。かなり制度とかしっかりしているのよ。人間社会を見た感じじゃ、同性婚なんてできないでしょ? あ、でも勇者ちゃんは結婚しているんだっけ? ってゆーか、あんた何歳なのよ、お子様っぽいけど」


 何やら難しいことをまくしたてられた、やはり子ども扱いされてしまい、わたしはムッとしてほおふくらませた。

 

「わたしは15歳だよ。立派なオトナでしょ。ってゆーか、あんただってわたしと背が変わらないじゃん」


「15歳で結婚ねえ。あたしからしたら信じられないわ。だって、勇者ちゃん、めっちゃ子どもだし。見た目のことじゃなくってね」


「どこも子どもっぽいところなんて、ないし。だってわたしはマリアと大人なこと毎日しているし、結婚だってみんなに認めてもらえたんだからね。わたしは勇者ですごいから、特別にね」


 リリは、やっぱりね、と目だけで語る。わたしはあおられたように感じて、拳をプルプルと震わせた。

 まあでも、客観的に見て15歳という年齢は少女に位置するしね。わたしは大人だから、納得してあげた。行き場のないわたしのツルスベっとした拳は、どうにか降ろす。うんうん。馬鹿にされて怒らないところも、大人だよね。


「ん、やっぱりそんなとこよね。女の子同士の結婚なら、魔族の国のがだいぶ進んでいるのは確かよ。あ、そうだ、魔族の国、来てみたりする?」


「ええっ!? 勇者のわたしが魔族の国になんて呼ばれちゃって、いいの!?」


 いきなり何を言い出すんだ、このすけべ魔族!


 わたしは魔族との争いを終結させるため、女神さまに選ばれた勇者なんだぞ!?

 魔物と勇者は相容あいいれないはず。むしろ、魔物は、過去の勇者によって滅ぼされたとされているのだから、わたしなんて憎まれこそすれ、歓迎されるはずもない。

 いや。でも。ハーピーは警戒心があるといえばあるけれど、人間におびえているだけっぽいし。しかもリリに至っては、まるで転入生にも物怖ものおじせずに質問攻めをするような気さくさがある。魔族の考えていることは、わたしにはわかんない。


「大歓迎されると思うよ、こんな可愛い勇者ちゃんなら、ね。これを機に、魔族と人間の交流も深まれば、あたしも堂々と人間社会で遊べそうだしねー」


 リリは、私利私欲、丸出し。彼女の言葉を全部が全部信用しちゃっていいのかは、疑問だけど……。

 女の子同士で結婚できる国があるというのなら、興味はそそる。わたしとマリアの暮らしも、もっと楽になるかもしれないし。

 とはいえ、魔族の国が安全かどうかをこの目で確認するまでは、マリアを連れてはいけないな。


「じゃあ見学は、してみたいかな……。何日くらいあれば魔族の国に行けるの?」


「んー、そうねえ。歩いていくなら、けっこう長旅になるわね。あたしは、サフランに乗せてもらって、すぐだけど」


 リリは、隣のハーピーを見やりながら答える。


 長旅かぁ……。

 となると、マリアを置いていくわけにもいかないし。旅行がてら、一緒に行くしかないかも。

 わたしがいれば、マリアを守ることは容易たやすいけれど。魔物に一斉に襲われたら、マリアだって怖がるだろうし、悩みどころだね。

 マリアに相談してもいいんだけど、マリアのことだから、わたしのしたいようにしていいって言うに決まってるしなあ。


 わたしが思いめぐらせていると、リリは理解をしめす瞳でうなずいてくれる。


「しばらく考えとくといいよ。勇者ちゃんを待っている間、安全に暮らせる場所探してもらえるといいなー?」


 リリは、わたしの家に居候いそうろうしたいというニュアンスで聞いてくる。

 そうだ、そっちの問題も解決していないんだった。


 わたしは、領主の娘・フィオーネに依頼されてここにいる。

 城跡じょうせきの地下に巣食う魔物が人間に友好的だったとして、フィオーネにどう報告すればいいのだろう? 害意がないから放置してきました、って正直に言っても信用してもらえるかは不明だし。報酬だって出ないかもしれない。でも、嘘をついて報酬をもらうわけにもいかないし。

 難題が山積みだ。


 わたしは勇者として力は得たけれど、脳みそのほうはただの少女のまま。しかも、周りには相談できる人間なんてマリアくらいだし……。いやまあ、マリアは天然だけど、意外と一般常識は心得ているから、社会についてわからないことは教えてもらえるけども。現状の答えを用意できるとは思えなかった。

 解決策が見いだせない。


 ひとまずは、マリアに話をするべきかな……。マリアの用意できる解答がなかったとしても、ふーふなんだから話し合うべきだとは思うし。


「ま、また明日ここに来るよ。安心して、魔物は見つからなかったから、再調査する、とでも言っておくから。マリア……あ、わたしの奥さんね、一緒に魔族の国見に行かないか聞いてくるよ……」


「ああ、そう? じゃあ、また明日来なさいよ。よかったら、えっちの続きもしてあげるから」


 リリは、わたしのことを一切いっさい疑おうともせず、軽い口調で手を振ってくれる。

 マリアとリリは、あんまり会わせたくはない組み合わせだな……。いらぬ誤解を与えそうだし、マリアに変な知識がついてしまうのも考えものだ。


 そんなこんなで、普段使わない頭をフル稼働させてしまったため、変に疲労感を覚えながら、領主邸にまできびすを返すわたしだった。

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