ももたろう

神在月ユウ

ももたろう

その1 おじいさんとおばあさんは桃から生まれた赤子を…

 むかしむかし、戦国の世の中のとある山中に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。それは、とある日のことです。

 おじいさんは日課の、もはや何のために行うのかさえよくわからなくなってきた芝刈りに、おばあさんはこれまた日課の、もういいかげんめんどくさくなってきた洗濯のため川へ行きました。

 おばあさんが川に着くと、上流から最長部八十センチはあろうかという大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてくるのが見えました。おばあさんは食欲に誘われ、その大きな桃を取ろうと岸から手を伸ばしました。

「も、もう少し…」

 あと少しで桃に手が届きそうだったそのとき、おばあさんは足場をあやまって川にどぼん。奇跡的にも無傷ですんだおばあさんでしたが、ずぶ濡れになってしまいました。

 もう少し、いやかなり昔なら水の滴るその容姿はいい眺めであったでしょうが、ばあさんが濡れても全然おもしろくないのは本人も重々承知しているので、おばあさんはさっさと水から上がり、服を絞って桃の行く末を眺めていました。

 すると、おばあさんの願い通じてか、桃は川のカーブで曲がりきれず、打ち上げられました。おばあさんは駆け寄りました。そして、その顔が歓喜に緩みます。

「おお、随分おおきな桃じゃ。こりゃ食べ甲斐があるわい」

 おばあさんは襷を縛りなおし、気合を入れて桃を抱え上げようとしました。しかし、桃はあまりに重すぎたために、びくともしません。おばあさんは悩みました。どうしたらこの桃を家まで運べるだろうか、と。

 半刻ほど考えた末、おばあさんはひらめきました。

 まず、洗濯物を入れていた桶をバラバラにして、丸い板を作りました。それが終わると、今度は数本の丸い、ある程度太さのある枝を数本探してきて、それを桶の板の下に敷き詰めました。その上に、なんとか引きずって桃を無理矢理上に載せると、おばあさんは桃を支えながら板を進めていきました。少し進んでは後ろに現れる板を通過した木を拾い、桃の進路に置き、また進んでは木を拾って前に置き、を繰り返し、おばあさんはなんとかその大きな桃を家まで運ぶことに成功しました。その頃には、もう空が緋色に染まりきっていて、不満そうな顔をしていたおじいさんがすでに帰宅していました。

「なんなんだ、それは」

 おじいさんは不審気に訊きます。すると、おばあさんはけろっと答えました。

「桃ですよ。見てわからないんですか」

 おじいさんは考え始めました。まず何からつっこんでやろうかと。そんな大きな桃じゃ大味でたいしてうまくないだろうとか、どうしてお前が古代エジプトの運搬方法を実践してるんだとか、そもそもこの辺、とくに上流に桃がなるようなところなんてないとか、いろいろ考えているうちに、いつの間にかおばあさんは包丁を手に舌なめずりをしていました。

「食うのか?」

「もちろんですよ」

 おばあさんはおじいさんの気などなんのその。包丁を桃に当て、力を込め始めます。が、桃は一向に切れません。包丁は一ミリも進みません。やけになったおばあさんは、包丁を置いて、鍬を手に桃に挑みます。勢いよく桃に鍬を振り下ろしましたが、キィィンという高い音と同時に鍬が刃こぼれし、おばあさんの全身に思わず肩をすくめたくなるような、不快な微振動が波打ちました。おじいさんはまさか桃がキィィンという音を出すとは、長生きはしてみるものだと思いました。

 さすがに関心ばかりもしていられないので、おじいさんはその桃に触れてみました。かなり硬い。そして、とりあえずなんとなく桃の表面を撫で回してみると、急にギザギザの部分があるのに気づきました。そこに力を込めると、なんとカシャリと音がして、皮がスライドしました。おじいさんはまさか桃からカシャリと音がするとは思いもよらなかったので、改めて長寿に有り難味を感じました。

 スライドした部分を見ると、そこには大きな赤いボタンがついていました。

「なんじゃこりゃ」

 それを横で見ていたおばあさんは、何のためらいもなくボタンを押しました。

『ビー、ビー、ビー・・・』

 突然耳を劈く音が桃から発せられました。腰を抜かすおじいさんとおばあさん。

『システムの解凍を開始します』

 さらに続く桃からのアナウンス。二人はぼうっとしていることしかできません。

 桃は十字に切れ目が入り、切れ目から横にスライドしていきました。白い煙が中からもわもわと立ちこめ、その煙の向こう、桃の中には、なんと小さな男の子が眠っていました。

「赤子だ…」

「ああ、赤子だ…」

 つまらないリアクションの二人に呆れたかのように、赤子は顔をしかめ始めました。そして、急に大声で泣き始めました。

 おばあさんは赤子を抱き上げると、よしよしとあやし始めました。二人には子供がいなかったので、その赤子を息子のようにかわいがって育てました。

 なんてことにはなりませんでした。

 もともとおじいさんは不能で、子供を授かることはできませんでした。しかし、とくに子供がほしいとも思っていませんでした。いっそ、子供よ絶滅しろ、とまで思っていました。

「おい、泣き出したぞ」

「そんなこといわれたって、知りませんよ」

 このわけのわからぬ赤子をどうするか、二人は悩みました。しかし、すぐに結果は出ました。

 二人は赤子が泣き叫ぶ中、桃を閉じました。泣き声はプツリと止みました。

『システムの凍結を開始します』

 もはやこの二人に桃から発せられるその声は届きません。

 そして、二人は力を合わせて桃を屋外に持ち出し、そのまま斜面に向けて転がしました。

――――ゴロゴロゴロ・・・・・・ドッポーン

 桃は勢いよく斜面を下り、ちょうど行き当たった川に飛び込みました。そのまま桃は川を流れていきました。

 邪魔者を処分したおじいさんとおばあさんは、しばらくそれなりに生き続け、4年後におじいさんは病気で寝込み、………………………おばあさんにお荷物扱いされ、トリカブトを盛られて死にました。その半年後、おばあさんは新手の結婚詐欺にあい、身ぐるみはがされて飢え死にしました。

 そのころ桃はというと、数年続いた日照りによって川が枯れ果て、干上がった川底で数年を過ごしました。

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