第17話 そして陰陽師が生まれる
何かが俺の体を駆け巡っている。
それを感じてすぐに、意識がはっきりし始めた。何が起こったのかと、俺の体を見てみる。
……無傷だ。信じられない。
さっきまであちこちひどいことになっていた俺の体が、ピンピンしていた。血の一滴も垂れていない。
それ自体は喜ばしい。だが不思議なのは、さっきから俺の体の中で「流れている」何かだ。こんな感覚、今まで感じたことはない。
だがそれについて考えるのは後回しだ。
奴らの後ろ姿が見える。南原と思しき影の横で項垂れながら歩いているのは、リーヴァか。
追いつかなきゃならない。一刻も早く。
そう思って足を踏み込んだ時、取り巻きのうちの一人が後ろを向いて、目が合った。
『今から捨てがまりを仕掛けてやるから、そこで首でも洗って動かずに待ってろ』
そう思いながらそいつを睨みつけた。
そいつはひどく驚いた顔をしていた。そりゃあそうだろう。今さっき完膚なきまでにぶちのめしてやった奴が、なんにもなかったように立っているんだから!
だが奴、それだけじゃなかった。
まるで金縛りにでもかけられたかのように、動かないのだ。確かに俺はさっき「動かずに待ってろ」と思ってそいつを睨んだ。まさかそれでああなったと? 信じがたいが……
「おい、どうした」
南原もそいつの異常に気づいたらしい。
「う、動かねぇ……足が、動かねぇんだ……手も体も……固まっちまったみたいで」
奴は震えていた。動かそうとしても動かせない、という状態なんだろう。
「それだけじゃねぇ! あいつ、あんなにボコしてやってのに立ってる……ピンピンしてやがる……!」
「あ?」
南原が目を細めてこっちを向き、一瞬驚いた後、めんどくさそうな顔をした。
「チッ。おーい、お前ら!」
南原が取り巻きたちを呼び止めた。
「なぁに、またぶちのめしてやればいいだけのさ」
奴はそう言って動かなくなった取り巻きにリーヴァを乱雑に預け、拳を鳴らしながらこっちに近づいてきた。
さぁ、どうする。
南原とタイマンでもよほどのことがない限り勝てないのに、取り巻きも連れてこられちゃ多勢に無勢だ。惨めを晒したくないなら、文字通り死ぬまで戦い抜くしかない。今度はさっきみたいな回復も無いだろうから、多分本当に死ぬ……
いや待て。本当に無いと言い切れるか?
そもそもあれはなんなのか。謎の回復に、相手を睨みつけただけで金縛り。普通なら絶対にできないことだ。まるで架空の物語にでも出てくるかのような……
……まさか、陰陽術?
イメージとは少し違うが、そういうことなのか? 能力が、開いた?
とりあえず、さっきのようなことをもう一度やってみよう。迫ってくる連中に向かって、
『止まれ。動くな』
と念じて、奴ら一人ずつと目を合わせた。
するとどうだ。
さっきの取り巻きみたく、動かなくなる直前の姿勢のまま、その場で震え始めた。
「な、なんだよこれ!」
「チッ、クソ! 動きやがれってんだ!」
「あぁクソ、何が起きたんだよ!」
連中はみんな困惑している。南原はというと、俺を睨みつけていた。
「おいてめえ! 俺らに何しやがった!」
奴は声を荒げた。
「ただこう思っただけさ。『お前らなんか動かなくなっちまえばいい』って」
「あ……!?」
舐めやがって、とでも思われたのだろうか。奴はさらに怒って、動き出そうとする。相当力を込めてるんだろうが、奴の体はびくともしなかった。
「畜生!畜生!!」
さて、どうしたものか。このまま膠着させとくわけにもいかない。何か決定打を打ち込まないと。
殴る蹴るということをして、再起不能にさせてもいいんだろう。だが俺はそういうのは好きじゃないし、そんなので収まる怒りでもない。何かこう、別のがいい。もう二度と奴らが俺らを、そして誰かを今回のような目に遭わせないように、奴らの心に刻みつけないといけない。
そう考えていると、学ランのポケットに違和感を感じた。そうだ、例の本をポケットに入れてるんだった。
——決めた。こうしよう。
「そんなに動きたいか?」
俺は南原に、落ち着いた調子でそう聞いた。
「あ!? なんだよ!?」
よほど向こうはキレている。動きを封じているから安心だが、そうじゃなかったらどうなってたことやら。
「動かせるようにしてやる、って言ってるんだよ」
「最初からそうしろって話だろうが! 早くしろ! ぶっ殺すぞ!」
すごい剣幕だ。放したらコンマ数秒で俺に殴りかかって渾身の一撃を浴びせるだろう。
そうなる前に、俺は奴に
「まぁ待て。こっちにもいろいろと準備がいる」
「あぁ!? 早くしろっつってんだよ!!」
奴は相当な力を込めているみたいだが、それでも全然動く気配がない。俺は安心して、あることをし始めた。
奴らを解放する前にする「あること」。それは呪いだ。
俺は学ランのポケットから例の本を出して、その中に挟んでいた霊符を数枚取り出し、呪いの内容を霊符に向かって念じる。
すると、霊符に書いてある文字が、青白く光り始めた。使い方が合っているか不安だったが、どうやら大丈夫だったらしい。
俺は奴らに向かって、を投げた。
薄い和紙でできているはずなのに、霊符は勢いよく飛んでいって奴らの額に張り付いた。東方の博麗霊夢、それも原作での彼女を想像してもらうとわかりやすい。あんな感じだ。
だが、奴らの額に貼られた霊符は、下の方から徐々に消えていって、しまいには無くなってしまった。
え、これ、大丈夫なの? 不安になる。もしこれで何にもなってなかったら俺はお陀仏である。
だが、それはもう覚悟したこと。結局はこのままの状態にしておくわけにはいかないんだから。金縛りを解くしかない。
『動いてよい』
俺はそう念じて、再び連中を見た。
すると、スタートのピストルを聞いた陸上選手の如く、物凄いスタートダッシュで、真っ先に南原が俺に向かってきた。
奴はすぐに俺の目の前に着き、拳を振り上げ、下ろす。俺は思わず目をつむった。
だが、痛みはやってこなかった。
「うぁ……ぐっ……あっ、あっ……」
目を開けると、必死に首を押さえて悶えている南原の姿があった。周りの取り巻きは、鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして南原を見ている。
よし、成功だ。呪いはきちんとかかったのだ。
「ぐぁ……お、お前……一体、何を……」
地面に崩れ落ち、掠れた声をして奴が聞く。
「さぁな。報いが来たんじゃないのか? 今までお前が苦しめてきた人間の、恨みってやつだ」
まぁ嘘だが。本当は『他人に危害を加えようとすると、首を強烈に締め付けられる感触を覚える』と霊符に念じて、呪いをかけた。
「ぐ……!」
奴は俺を睨んで、唸り声を上げた。自分が何にもしてないのに不当な仕打ちを受けていると思っていらっしゃる。予想通りの反応だ。
「そんな風じゃあ、彼ら、彼女らの怨念は消えない。もっと真剣に自分のしてきたことに向き合って、反省しなきゃ」
「ふざ、けん、な……俺は……弱い、奴が、苦しむのを、見るのが……楽しいのさ。俺、が、俺の、楽しいように、生きて、何が悪い……!」
呆れた。そこまで他人を酷い目に遭わせて、それを肴にして楽しみたいのか。この様子じゃあ呪いが解けたら、喉元過ぎればなんとやらって奴で、またすぐに自分のやりたいように暴れ出す。
だが流石に首を締め付けられた状態だと苦しい意識が先行するのか、まともには動けないみたいだ。
なら。
「てめえ……今すぐ、この、ふざけた真似を、やめろ……!」
やめたら殴りかかってくるくせに。受け入れるわけがない。
殺しはしない。だが、その呪いは死ぬまで背負ってもらう。
俺は本の中に挟んでいた霊符を取り出した。今日持ってきた最後の一枚である。
「や、やめ、ろ……!」
南原は俺が霊符を取り出した瞬間、目を見開いて震え始めた。南原が恐怖する顔なんて初めて見た。だが、同情や哀れみなんて浮かばない。当然の報いだ。
俺は霊符を南原の額に貼り付けた。彼の顔は青白くなり始めていて、震えも相まってまさに心の底から怖がっている風だ。
「これから一生、一日も欠かさず、今まで自分がしてきたことを悔い、そして、今まで自分が苦しめてきた人たちに詫びろ」
俺はゆっくりと、霊符を通じて南原の体に染み込ませるように、そう言った。
「片時でもその思いを忘れて、再び自分の欲望のまま他人を苦しめようとすれば、今この時の痛みが、同じように襲うだろう。ずっと、ずっと、死ぬまで、ずっと」
南原は涙や鼻水まで垂らし始めた。強く首を絞められている感触を感じていながら、よく気を失わないものだ。そのタフさが、今となっては彼を苦しめているのだが。
「悔い、詫び、そして改めろ。それしか逃れる道はない。神社で祓ってもらってもいい。だが、それで悪事を働いたら……」
見るも哀れな状態になった南原に向かって、俺は静かにこう言った。
「次は呪い殺す」
首の締め付けが引いたのか、彼は首を押さえるのをやめた。もう抵抗する意志を無くしたんだろう。立ち上がるや否や一目散に逃げていった。取り巻きもその後を追った。
……おや、リーヴァはどこに行ったんだ?
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