第10話 影山家当主及家人ノ他決シテ入ルベカラズ
入ってみると、やはり暗い。そして、独特の匂いがする。変な匂いではないんだが、なんかこう、形容しづらい。
ある程度奥まで進むと、足元も見えにくくなっていた。俺は偶然ポケットに入っていたスマホを取り出して、ライトをつけた。これで幾らかはマシになるだろう。
「便利ね。それ」
と、驚いた顔をしながらリーヴァが言っていた。
「あぁ。人類の叡智の結晶だよ」
そして、行き止まり。ここが蔵の最奥だろう。
「なんだ、こりゃ……」
目の前にあったのは、観音開きの鉄の扉。人が入る分の大きさはあるから、ここの奥にさらに部屋があるんだろう。
しかし問題はその扉だ。
お札やらなんやらが張り付いていて、いかにも禍々しい。そして極め付けは、
『影山家当主及家人ノ他決シテ入ルベカラズ』
と、縦書きで書かれた紙が、扉を横断するようにデカデカと貼られている。なんともホラーチックだ。それよりも俺は、こんなものがウチにあったことに驚きなわけだが。
「入ろうとしたのか?」
「えぇ。この中にありそうなの」
彼女の言うところの、この家に全く穢れが無い原因。それがこの先にあると思ったらしい。確かに、実に意味ありげで、何か隠してありそうだ。
「家の中もあらかた見てみたんだけど、それらしきものはなかった。なんかここから一味違う気配がするな〜って思ったら、こんなのが……」
「ふむ……」
改めて見てみると、扉も紙も相当古い。特に紙なんかは四隅が捲れていて、掴んで引っ張れば剥がれそうな感じである。
「剥がせばいいんじゃない。角の方とかめくれてて、剥がれそうだけど」
「無理なの」
彼女はキッパリと断言した。
「無理?」
「えぇ、よく見てて」
そう言って、彼女は角を掴んでその紙をめくろうとした。
だが、引っ張っても微動だにしない。
「ん……!」
リーヴァの引っ張ってる様子も嘘っぽくは見えない。結構力んでる風だが、あれでも剥がれないのか?
「っはぁ……はぁ……こんな状態よ。それで、文面がこう言ってるから、あなたならなんとかできるんじゃないかって」
「そう……なのか?」
そうには思えん。彼女は人外の存在。それも大神の端末という。今までそういう場面には出会わなかったが、本当は人間なんかより、大きな力を持っているかもしれない。そんなリーヴァでも剥がすことができないなら、俺には無理なんじゃないか?
と思いつつ、紙の角に手をかける。
すると、これがまぁ面白いくらいにペラりと剥がれた。剥がせるシールを剥がすような要領で、別に力を込めることなく、あっけなく剥がすことができた。
「……」
「……」
リーヴァも唖然としてこっちを見ている。俺も驚きでものが言えない。
「……開けるか?」
「ここまで来たら、ねぇ……」
だけど開くかなこれ。扉の古さを鑑みると、取手が機能してない可能性もあるが。そう心配しながら、取手を掴んで、右に回してみる。
ガチャン
と大きな音を出して、扉が開いた。スマホのライトを照らし、中を見てみる。
そこにあったのは、祭壇だった。
古い家によくある神棚じゃない。祭壇だ。修学旅行で行った京都の神社にあったような、大掛かりなやつだ。祭壇の真前には大きな木箱が置かれていて、その上にちょこんと、本が乗っている。
「じゃあ、入ろう」
「えぇ」
そうして俺たちは中に入った。
蔵は外も中も相応に古かったが、ここだけは違う。新しく、そして綺麗に見える。祭壇に供えてあるいろんなものも、ついさっき置かれたみたいに汚れ一つない。
そして、これはフィーリングの問題だが、なんだか家の他の場所とは空気が変わったような感じがした。本当にそうなのかは知らないけど。
しかし、一体どういうことだ? そもそもこんな空間があったこと事態初耳なのだ。ここに古いボロボロの祭壇があったなら、まだかろうじて納得がいく。こんなに綺麗なのはおかしい。つい最近はおろか、父からも祖父からも、蔵に手を入れたって話は聞いたことなかったのに。
「どういうことだ……なんなんだ、これ……」
まったく、わけがわからない。俺はそう言うしかなかった。だがリーヴァは、何やら納得したような顔をしている。
「なるほど……そういうことね」
どういうことだよ。俺は全然わからんぞ。
「何かわかったのか?」
「えぇ。これ、魔除けの祭壇ね。私が知ってるのとは原理が違いそうだけど、」
魔除けの、祭壇……?
「なんだそれ」
「周囲に穢れを近づかせないようにするものよ。その中でもこれは強い部類ね。どうりでこの家にまったく穢れがなかったんだわ」
なるほど。彼女が疑問に思っていた、この家に穢れが無い理由の答えがこれらしい。
「この部屋が他のとこと比べて綺麗なのも、その祭壇のしわざってことか?」
「多分そうね。祭壇の周りは、ひとりでに綺麗になるものよ」
「そうなのか」
とりあえずそう返事をする。やっぱり俺にはピンとこない。
リーヴァはそんな俺の態度を見て、なんとも意味深な笑みを浮かべてこう言ったのだ。
「あなたもいずれわかるはず、開けば」
「開く……?」
「ん、いいえ。気にしなくていいの」
そう言って話題を引っ込めたが。
とはいえ、ウチにそんなものがあったとは驚きだ。両親と祖父母を見てると、ウチの家族にそんな宗教に熱心な人なんていないと思っていたんだが。
じゃあ誰が作ったんだろう。
と思い、俺は箱の上に乗った本を拾い上げた。これも見かけこそ新しいが、糸で綴じられていて、タイトルには旧字体の漢字の文で、『陰陽道之心得』と筆で書いてある。明らかに最近書かれた本ではない。
は? 陰陽道?
一瞬思考が止まる。
とりあえず作者の名前を探すと、表紙の隅の方に「影山晴久」とある。
影山。俺と同じ名字だ。先祖か? 家のどこかに家系図があったはずだから引っ張り出してこないと。それに、陰陽道の心得なんて本を書くってことは、いわゆる陰陽師だったということか?
先祖が、陰陽師?
ここ二日で不思議なことが起きすぎて慣れてきた感はあったが、これは……。いずれにせよ、これは家に持ち返って、落ち着いた場所で中身を読んでみるべきだ。いろいろ調べながら。
「その本、どうかしたの?」
リーヴァがこっちの顔を見て聞いてきた。
「いや、特に。なんでもない」
俺は反射的にそう答えた。
「そうかしら……」
彼女は疑うように俺のことを見た。まぁ、そうなるか。
「とりあえず、一回家に戻ろう。見たいものは見れたろ?」
俺がそう言うと、彼女は少し考えて、
「そう、ね。このくらいにしておこうかな」
と言ったから、俺たちはこの蔵を出ることにした。
「よいしょっと」
俺は本の置いてあった箱を持った。おそらく本とこの箱はセットだから、持って帰った方がいいと思ったのである。大きかったから身構えていたんだが、持ち上げてみると予想外に軽かったんで拍子抜けした。
「それ、持ってくの?」
と、リーヴァが聞く。
「うん。ちょっと調べたくて」
「やっぱり怪しいわね……」
ジトりとこちらを見た。しょうがないじゃないか、俺だって詳しいことはわかんないんだから。
「俺もそう思う。よくわからないんだよ、俺も」
と言うと、彼女は、
「ふぅーん」
と怪しげに俺のことを見たが、それについてはもう何も言わなかった。
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