第9話 揺れる心

「急に来たのにありがとな。やっぱお前の飯うめぇわ」


 昼食が終わった後、俺とリーヴァは玄関口に敏明を送りに来ていた。


「ありがとう。毎日じゃ流石にアレだけど、たまになら歓迎するぞ」


「そうさせてもらうわ。こんな可愛い美少女もいるわけだしな」


 そう言って、敏明がリーヴァに目をやった。……自分でもどうかと思うんだが、敏明に限らずこういうことをされると、やっぱりちょっと心が穏やかじゃなくなる。そりゃあ彼女が周囲の目を奪うほどの美少女だってのは、わかるんだけどさ。


「おいおい、そんな顔するなって! 冗談だ冗談。俺がNTR嫌いだってのは知ってるだろ? ましてやる方に回るななんて、絶対にあり得ないさ」


 彼そう口早に言うのを聞いて、俺はハッとして我に帰った。彼が焦って宥めようとするほど、俺は不機嫌な顔をしていたらしい。まったく、自分で「彼女は泊めているだけ」と言っておいて、俺自身もそういう認識なのにも関わらず、こういう風な冗談を言われると不機嫌になるなんて。どうかしてる。敏明にはきっと理不尽に見えただろう。申し訳ない。


「そりゃあわかってるとも。なんだ、そんな露骨に嫌な顔してたか?」


「おうよ。般若みたいな」


「そうか。だったらすまんな」


「いいんだ。俺もからかい過ぎた」


 そして、敏明は玄関のドアに手をかけた。


「んじゃまた明日。お幸せに」


 彼はそう言いながらニヤッと笑って、ドアを開けて帰っていった。だから、俺にとっての彼女はそういうのじゃないって……。


 いや、本当か? じゃあなんであんなに矛盾した、おかしい態度を取る?


 彼女はただの同居人。


 俺はそれで納得してるんじゃないのか?




 

 ——そうじゃ、ないんだろうな、多分。


 彼女を完全にただの同居人だと思っていたなら、あれくらいのからかいなら、不快に思わないで笑うはず。だが、あの時の俺はそうじゃなかった。俺は彼女をただの同居人とは思っていないような対応をしたんだ。あれはなんて言うんだ? ……嫉妬? いやいや、まさか。


 少なくとも今わかるのは、彼女をただの同居人と思うことに納得のいかない俺がいる、ということだ。


 昔こんな気持ちになったことがあったような気もするが、思い出したくもない昔のことだ。


 ドアが閉まると、リーヴァがこっちの方を見た。


「ねぇ、これからどうするの?」


「ん。特にやるべきことはないけど」


 彼女のその言葉で我に返り、俺はこの後の予定を考えた。塾は休みだから、午後は暇である。あぁあれか。寝る前に部の序曲の案を出しておかないと。それ以外はやることはない。街に連れ出したいのも山々なんだが、同学年の誰かに会う危険がある。


 だからそういうことがしたいと言ったら、もうちょっと我慢して、と彼女に詫びようかと思っていたところ。


「じゃあさ」


 とリーヴァが言ってきた。


「ここの家の物置、入ってもいい?」


「物置? 別にいいけど、保存食くらいしかないぞ?」


「違う違う。庭にあるでっかい物置のことよ」


「え……蔵?」


 急なことで少し驚いた。自慢じゃないんだが、この家は結構昔からあって、土地もそこそこ広い。庭もあって、そこの隅にいかにも古そうな蔵がある。実際古い。家は度々リフォームしてるんだが、蔵だけは建てられた当時のまんまで実に古ぼけている。


 蔵の前は何度も通ったことがあるが、蔵自体には入ったことはない。影山家に関する古文書や骨董品が入ってると昔父が言っていて、蔵の中身についてはそれだけの知識しかない。


「鍵は壊れてるからそのまま入れるはずだけど……どうして?」


 するとリーヴァは腕を組んでこう言った。


「この家に穢れが全く無い原因、あそこにある気がするのよ」


 あぁ、彼女が今朝不思議がってたあれか。


「へぇ。まぁ俺はよくわからんけど、君がそう思うんなら自由に調べればいいよ」


 蔵について俺は本当にノータッチだから、根掘り葉掘り色々探されようが構わない。逆に何か見つかれば、それはそれで面白いと思う。俺も俄然興味が湧いてきた。家事が一区切りついたら見に行ってみるか。


「ありがと! じゃあ早速行ってくるわね!」


 リーヴァはにこりと笑って、玄関を後にした。嬉しいことがあるとほんと嬉しそうに笑うんだよな、彼女。太陽みたいな、というか。こっちもなんだか嬉しくなって、笑ってしまう。


 それから数十分後、皿洗いを終わらせ食器を食洗機にちょうど入れ終わった時、玄関の方から足音が聞こえた。


「ちょっといい?」


 リーヴァが勢いよくリビングの扉を開ける。


「おう、どうした?」


 蔵でなんか目ぼしいものでも見つけたんだろうか。


「手を貸してほしいの」


 金庫の鍵はどこだとか言われても心あたりが無いから困るが……


「ん? 一緒に来ればいいのか?」


「えぇ」


 どうやら一緒に来るだけでいいらしい。そう言うリーヴァに連れられて、俺は蔵に行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る