第3話 戦闘
ゴーズのデバイスが左腕に装着され、そこから装甲をまとっていく。赤の戦士――レッド・ゴーズだ。赤色の装甲を軸に、黒のラインが走る。無駄なパーツが存在しているが、それが逆に威厳を生み出しているその姿は、まさにヒーローだろう。
もっとも、誠一は自分がヒーローであるなんて、一度でも思ったことはない。人と対等のコミュニケーション能力を持った命を殺すしか能のない――殺さなければ人が死ぬのだとしても――出来損ないの殺し屋でしかない。
それでも、誠一が生きる意味は他のどこにもありそうにないのだから、この道で生きていくのが最善だ。大概の人は、それに気づかずに無意味に死んでいくしかできない。特に、この貧困街で生まれ育った人間であれば。
前に進む人を守るための力――だから、ゴーズなのだと開発者の老人は語っていた。名前の由来などうでもいいし、原理原則なんてものにも興味はない。どうせ整備や調整するのは誠一ではなく、専門のスタッフ。誠一のやるべきことは――
「殺させない」
ケダモノは人を殺す。身分に関係なく、人が人であれば殺すという、ある種の装置だと言える――そんな理不尽を受け入れられるほど、人が成熟したことなど一瞬でもない。
「黙れ、裏切者が! 我らこそが世界の――」
歪な声で喚き散らすケダモノの、その腹に。
誠一は穴を開けた。拳で貫いたのである。ケダモノは、誠一の接近に気づくことすらできずに、致命傷を負った。
「人でないものと」
拳を引き抜き、両手を組んで上段に構えて、
「話す趣味はないんだよ」
振り下ろす。
鈍い感触がして、ケダモノの頭部が潰れ――そのまま縦一文字に両断される。半身となったそれは、形を維持することさえできずに、粒子となって消えていく。
ケダモノ一体で五万円。
それが安いか高いかは知らないが、一回の出動で三十万は稼げる――つまり、まだケダモノはいる。怪物は、単体で行動することはあまりない。
「居住区に近づく敵影あり」
「遅いっての」
AIの方が立場が上だから、聞かれれば咎められるが。
今はケダモノを殺すことが他のすべてより優先される――誠一は駆け出した。人のそれよりも、ゆうに十倍は上だが、それでも全力疾走ではない。接敵した時に体力が万全ではない、というアホをやらかさないために走る速度だって気を付けないといけない。
「敵は三体」
「だから遅いって」
走りながら、ぼやく。その頃にはすでに、三体のケダモノを認識していた。視界の外であろうとも、その存在を感じ取れる。五感以上の感覚を使えない人であれば、誠一はレッド・ゴーズになれなかっただろう。特殊な才能ではないにせよ、万人が持っているものでもない。
ケダモノたちが、誠一に気づいて振り返ってくる。また甲虫型だ。四体の群れだったのだろう。
その時点では、誰もが気付けるだけの距離になっている。それを確認してから戦闘態勢になるようでは、遅い。
誠一はレッド・ゴーズの腰の装甲から二本の棒を取り出して、合体させて――ひとつの大振りの斧へと変貌させる。これは誠一の能力とかではなく、ゴーズのシステムである。原理原則は説明を受けたが、覚えていない。
わかっているのは、命を終わらせるための武器である、ということだ。
ケダモノたちは情報と経験を共有していると聞く。だから、斧を見て即座に逃げようとした――せこい、と誠一は思った。潔く死ぬか、殺されるか。その二択から逃げるな。生かしておく理由なんてものはない。
それが、人の総意だ。
個人でそれに抗うことはできない。だから、誠一はそれに従い、斧を振るう。
一体のケダモノの頭へ、斧を振り下ろす。避けようとしたのだが、あまりにも遅い――なまじ情報と経験を共有しているから、とっさに相手を見下してしまうのだ。こいつの手の内を知っている、という想いは傲慢さを生む種になる。
だからいちいち行動がワンテンポ遅れる。殺し合いではそれは致命的だ。
だから、一体、殺した。
命を奪うことに抵抗などない――どうせ最初から壊れた倫理観のない世界に生まれたのだから、富裕層の言う、常識などというものの規格に縛れる理由はない。どれだけ忌み嫌われようとも、なすべきことなす。
それしかできない無能な人、それが人類の守護者――レッド・ゴーズ、つまりは誠一である。
残った二体は左右に分かれて逃げ、逃走の果てに人を殺すと狙ったのだろうが。
その程度のことが想定されていない、と思うのは愚かでしかない――が、ケダモノは愚か以前の存在だから、それでなんとかなる、と考えてしまうのかもしれない。
誠一は斧の連結を解いた。二本になったそれの、先端は鋭い。誠一は上空に向けて、棒を投げ――彼の意思のままに、ケダモノへと急速降下していく。
頭部を貫くつもりだったが、少しだけずれた。だから、一体は足を切り裂き、もう一体は肩から腕を切り落としたに留まった。どちらを追撃するか。考えるまでもない。甲虫型であっても、ケダモノは飛べない。足で動くことしかできない。
であれば、足がなくなればそうそう動けない――誠一は腕を失ったケダモノへと一目散に駆ける。もう一体のケダモノは後からでも追いつける。動けないのだから。
片腕をごっそり失ったとはいえ、ケダモノはまだ戦闘意欲を失っていないようだった。どれだけ痛めつけ、拷問しようともこの敵は決してそれを捨てない――どころか、人にとって有用な情報ひとつ話さない。だから、ケダモノの生態については憶測でしか語ることができない。内部は人に近いらしいが、ゾウにも近いと言われている。
つまり、単純な膂力では人では勝てない。多少の武器の有無でも、その差は覆せない――それを可能にしたのが、ゴーズというわけだ。
ケダモノが腕を振るう。まともに受ければ殺される。そういう恐怖を誠一が持つ――とケダモノは持っていたのだろうが、誠一は気にせず受け止めた。
見た目からは想像しがたいほどの衝撃をもらうが、それだけだ。
ゴーズをその程度で殺せるなんて、夢にも思わないで欲しい。
「一生」
ケダモノの腕を跳ね返して、続ける。
「夢を見させてやる」
死してなお、見られるかは知らないが――人でないなら可能かもしれない。
ケダモノの腕を弾き飛ばしたその腕で、首筋を掴んだ。首が太いから、完全に掴むことはできなかったが。
宙づりにするには、十分過ぎた。
ケダモノの足は、大地から離れてバタバタと動いている。
誠一はひとつ、息を吐いて。
ケダモノを大地に叩きつけた――思い切り腕を振り下ろし、ケダモノの身体で地面をえぐる。
「っ――!」
声にならない悲鳴を、ケダモノが上げる。人のような行為をする。と、誠一は内心でつぶやく。それは人の特権だ。
誠一は、そのケダモノの足を踏み潰した。ケダモノは人に似ている所があるから、頭部を潰されると死ぬ――不死ではない。であれば、絶対に殺せる。
命であるならば、人は、どうにかして殺す術を手中に収めるものである。無論、ゴーズという力のように、人であって人でない階層の人間に押し付けることもあるのだが。
残り、一体。それは、片足を失って、それでもなお前に進もうとしていた――人を殺すという意思を消してはいなかった。
その姿勢は立派だ。声にせず、続ける。だが死ね。
――そして、今日も。
人の世界は守られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます