21 賢者、後始末に協力する

 国王の罪が暴かれると、臣下たちは一斉に現ロージアン国王の王位剥奪に動いた。


 動いたと言っても、罪を暴いたのが第一王位継承者本人で、現王もその場に居て、何の反論もしなかった。

 それどころか、尚もチュアに命令を聞けと喚くばかり。


 王の象徴である冠がチュアの頭上へと移り、ロージアン国初の女王が誕生した。



「流石に疲れたぞ」

「申し訳ありません、エレル様。今、お食事をお持ちしますね」

 僕は城の中にある一室――貴賓室というそうだ――のソファーに、ぐったりと寝そべっていた。

 食事を持ってくると言ったのはチュアだが、実際に持ってくるのはチュア付きの侍女だ。


 侍女を決める際もそうだったが、この国の家臣たちの誰を残し、誰を王の共犯として裁くかを、僕が仕分けた。

 仕分けたと言っても、魔法で頭の中を覗き、魔王召喚について関係のあるやつをチュアに伝えただけだ。

 重臣の中でも王に近い連中ほど、共犯あるいは黙認し、私腹を肥やしていた。

 意外だったのは、宰相という国で二番目くらいに偉いやつが、魔王召喚のことや、僕がこの城でどんな目に遭っていたのか知っておきながら、立場上反対や手助けができなかったことを、心から悔いていたことだ。

 何なら「私が一番重い罰を受けるはずです」と直訴してきた。


「ならば、未熟な私に代わって政を頼みます」

 チュアがこう申し渡したため、宰相は今後、朝から晩まで様々な仕事に追われることになっている。


 全員の仕分けが終わったのが、玉座に乗り込んでから一週間経った今日だ。

 念には念を入れるということで末端の下級兵士や新米侍女まで仕分けたため、魔力に余力はあるが精神的に疲れた。


「お待たせいたしました」

 運ばれてきた料理は、チュアが手ずから作ったものだ。

 チュアが自ら厨房に足を運び、止める周囲を女王権限で遮って、僕のために火とナイフをふるってくれた。

 早速片端から口に運ぶ。相変わらず美味い。

「美味い」

「何よりです」

「チュアは食べないのか」

「私は別で……」

「一緒に食べてはくれないのか。一人で食べていると、なんだか味気ない」

 僕がこう言うと、チュアは目をぱちぱちと瞬かせ、それからふわりと笑った。

「では、私も頂きます」

「陛下」

「いいのです。エレル様と同じものをここへ」

「畏まりました」

 僕の前に置かれた料理に変化はないのに、やはりチュアと二人で同じものを食べると、より美味しく感じた。




 なにもしなくていい、自由に過ごして構わないと言うので、僕はそのまま城へ留まった。

 禁書庫の本は全て魔法保存済みだが、図書館には新たな本が入っていたので、それを読んで過ごした。

 食事は、チュアにどうしても外せない用事がある時以外、共にした。

 キュウだけは退屈そうにしていたので、日に一度は城を抜け出して近隣の森を散策したり、かち合った魔獣を討伐した。

 チュアが僕のことを「人嫌いの賢者様ですから、丁重に、しかし誰も特別用事がなければ話しかけないように」と触れ回ってくれたので、僕は他人に気を遣うことなく過ごすことができた。

 なにせ人嫌いになった原因の大半は、過去のこの城での扱われ方である。誰も意見や反論などできなかったし、チュアがさせなかった。


 しかし、人と違うことをしたがる人間というのもいる。



「賢者殿!」

 図書館に入った新しい本を借りて部屋へ運んでいる最中に、呼び止められた。

 僕に声を掛けてくるのはチュアだけのはずだというのに、男の声が「賢者」と言った気がする。

 待てよ、賢者というのは僕の名前ではない。

 この国では何百年かぶりに賢者の称号を持つものが現れたそうだが、僕以外にも賢者がいてもおかしくない。

 つまり、僕を呼んでいるわけではない。

 瞬時にそう判断し、僕は一瞬たりとも立ち止まることなく、部屋へ向かって歩き続けた。

「お待ち下さい、賢者殿! エレル殿!」

 名前を呼ばれた。

 だがあえて無視する。

 キュウも心得ているので、全く反応せず僕の足元を着いてきている。

「お待ちくださいったら! エレル殿! お願いしたいことが……」

 必要最低限しか人間と関わらなくていいと言われたから、僕はここにいる。

 願いを聞くことなんて、しなくていいはずだ。

「エレル殿! 賢者殿! ちっ、やっぱり勇者の仲間は穀潰しばっかりだな!」

 不届き者の声に集まっていた人間たちざわめいた。

 僕は止まらず、その場を歩き去った。




 部屋で読書をしていると、チュアがやってきた。

 普段は侍女や臣下を数人付けているが、僕の部屋へ来る時は一人だ。

「エレル様、先程は弟が失礼しました」

「先程? 弟?」

「廊下で声を掛けた上、暴言を吐いたと」

「……ああ、あれか」

 本に夢中になって、頭から抜けていた。

「全部無視したからな、全く気にしていない」

「そのようでしたね。申し訳ありません、何人もエレル様を煩わせぬように通達を出していたのですが……」

 チュアの言葉はどこか歯切れが悪い。

「何か拙いことでもあったか」

「実はその、はい」


 チュアの弟は、前王と正妃の間にできた、正真正銘チュアの弟だ。

 年齢はチュアより五歳年下の、十三歳だと聞いている。

 現時点で王位継承権第一位を持つ人物でもある。

 魔王召喚などに全く関わっていなかったため、現時点ではチュアの次に権力を持っている。

 仕分けのために頭の中を覗いた時は、特に問題点など見当たらなかった。


「良く言えば勉強熱心で知的好奇心旺盛な子なのです。エレル様に魔法のことを聞きたかったと言っています」

「魔法のことと言われてもなぁ。何を話せばいいんだ」

「詠唱の有無での威力の違いだとか、魔力とは体内でどのような感覚なのか、だそうです」

「そんなもの、この国の図書館にある本に書いてあるだろう」

「実際のところを聞きたいのだとか」

「本に書いてあることが全てで、それが理解できないのなら、一生無理だ」

 生まれた時から目が見えない者に、色について教えても、伝えきれないのと同じことだ。

 魔力のないものに魔法の話をしても、一定の知識にはなり得るだろうが、それ以上何にもならない。

「それでも『自分で聞いてみなければ分からない』の一点張りで。周囲にも当たり散らして、迷惑をかけているのです」

「僕にはどうしようもない」

「はい、承知しております」

 チュアはチュアで、困り果てて僕に話をしたのだろうな。

「チュアがどうしてもというなら、一度だけ、一時間だけならそいつと話をしてもいい」

「! ありがとうございます!」

「本当にそれきりだ。それ以上のことを望まれたら、僕はここを出ていく」

 本当は出て行きたくない、というか、チュアの傍から離れたくない。

 僕の天秤は、一人森の奥でひっそり暮らすことよりも、チュアと一緒にいたいという欲の方へ傾いていた。

 だけど、チュアが困る原因が僕であるなら、潔く身を引こう。

「わかりました」

 僕が「出ていく」と言った瞬間、僅かに目を見開いたチュアだったが、頷いて立ち上がった。

「今からでもいいですか?」

「ああ」

「では、早速……きちんと言い含めてから、呼んでまいります」



 十数分後、部屋の前が騒がしくなった。

 チュアと、弟らしき声がなにやら言い合っている。

「何事だ」

 僕が扉を開けると、チュアと弟、それから侍女や兵士が数人、一斉にこちらを見た。

「エレル殿! お話させていただけると聞いて馳せ参じましたが、この者たちが一緒に部屋に入ると言って聞かないので」

「いくら貴方でもエレル様がお許しにならない限りはできないと言っているでしょう」

「姉上は二人きりで話をしているではありませんか」

「だから、それはエレル様に許可を頂いてのことで」

「あー、わかった。お前だけ部屋に入れ。チュアも気にしなくていい。聞いていると思うが、話すのは一時間だけだぞ」

「ありがとうございます!」

 チュアが「いいのですか?」という視線を投げてきたので、大丈夫と言う代わりに頷いてみせた。

 チュアも頷き、侍女たちと共に去っていった。



 部屋の中で僕がソファーに座ると、チュアの弟は立ったまま、上半身を九十度折り曲げて頭を下げた。

「先だっての不躾な暴言、大変失礼いたしましたっ!」

 チュアの弟は、小さな声で叫ぶという、器用な芸当をした。

「気にしていない。聞きたいことがあるそうだが、何だ?」

「どうしてもお話したく、気を引くためにあのような……え、気にしておられないのですか」

 チュアの弟が顔だけこちらを向けた。拍子抜けたような表情をしている。

「現状穀潰しと言われても仕方のない生活をしているからな」

 今の僕は、過去の僕が本来受け取るはずだったものを後払いされている状態だ。

 魔力持ちとしての保護、魔王討伐の旅の補償、魔王討伐報酬等など、とっくに無効化されていてもおかしくなかったのに、あの宰相が一々覚えていた。

 とはいえ、本当に本を読むだけで何も仕事をしていない日々は、流石に後ろめたい。

「お心の広さに感謝します」

「いいから、話を。一時間だけという約束だぞ。もう十分は経ってる」

「そうでしたね。では、手短にお話させていただきます」

 チュアの弟は一度、大きく深呼吸した。


「姉の……チュア・コトラ・ロージアンの夫となり、王配として国を治めてもらえませんか」

「……は?」


 僕は一瞬、思考が止まった。


「僕の出自のことは、もう知ってるだろう?」

 僕の出自と、王族に魔力持ちがいない最大の理由は、根が同じだ。


 魔力持ちとは、何らかの理由で妖魔の血が混じった人間のこと。

 王族に魔力持ちがいないのは、出自の確かな人間としか婚姻しなかったため。


 僕より年下の魔力持ちがどこを探してもいないのは、人と交わることのできる妖魔がこちらの世界へ来なくなったからだ。


「わかっております。ですが、我が父をご覧になったでしょう。高貴な血だけを濃くした結果、あのような螺子の外れた人間が生まれたのです」

 自分の親のことを「螺子の外れた人間」と表現するチュアの弟に、僕は興味を持ってしまった。

 だけど、それとチュアの夫の件は別問題だ。

「無理だ」

 他を当たってくれ、と続けるつもりが、その言葉は喉に石でも詰まったように、出せなかった。

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