17 賢者、過去を見る
転移魔法で到着したのは、鄙びた村だ。
海沿いにあるこの村は、僕の記憶よりもきちんと建っている家が少なくて、人影もまばらにしか見えない。
「エレル様、ここは?」
「僕が城へ行く前に住んでいたところだ」
「ここがエレルさまの故郷っすか」
故郷。果たして本当にそう呼べるのかどうか。
「家は……あの辺りだったな」
何せ五歳のときの記憶だ。記憶魔法はまだ使っていなかったため、場所を思い出すのも一苦労した。
しかし、そこに家は建っていなかった。
朽ちて潮風になぶられるままの建物の残骸がある。
「あの、まさか」
「家があったはずの場所だ。おかしいな」
両親……両親と思っていた人たちは、僕と引き換えに大金を手にしていたはず。
大金と言っても、このうら寂れた村で他の漁師が捕る魚を買いたいだけ買える分しかなかった。
他所で家を買って住むほどの額ではない。更に言えば、両親はそこまで知恵の回る人たちではない。
「誰かに聞くしか無いか」
「でも、誰もいないっすよ」
僅かにいたはずの村人は、余所者の僕たちを警戒したのか、皆家の中に入ってしまった。
「禁書から、人の考えを読む魔法を手に入れてある。それを使う。こういう時にしか使わないから、安心してくれ」
「わかっておりますよ」
何人かの村人の思考を読んで分かったことは三つ。
僕が魔力持ちなことは村中に知れ渡っていたこと。
僕の両親は村に帰ってこなかったこと。
それと、僕が、両親の実子ではなかったこと。
「そんな……ではエレル様は一体……」
「ある日の漁で、網に引っかかっていたそうだ」
「網に!?」
「普通ならそんな状態の赤子が生きてるわけないよな」
不気味な赤子を、誰も引き取りたがらない。
しかし、僕は海に捨ててもまた次の漁で網にひっかかった。
どこでどう捨てても、次の漁の網にひっかかる。
村で話し合い、赤子を引き受けた者には漁の取り分を増やすことにした。
それでも誰も引き受けたがらない。
取り分をギリギリまで吊り上げ、ようやく手を挙げたのが、取り分目当ての僕の両親だった。
村人たちは全員、僕に何か不思議な力があることに気づいていた。
僕は僕の力を人に見せるべきではないと、本能に近いところで感づいていた。
僕の力が魔力ではないかと察知した両親はある時、僕に食事を与えないことにした。
極限状態になれば、決定的な証拠を出すと考えたのだ。
「そこで僕はまんまと魔法を使ったわけだ」
村から離れた場所に簡易的な小屋を作り、そこで休憩がてら、村人たちから仕入れた情報をチュアとキュウに伝えた。
一通り話したところで、チュアが淹れてくれた温かいお茶を飲む。いつの間にか強張っていた身体がほぐれた気がした。
「自分があの両親の子じゃないことは、予想していた。本当に知りたかったのはそこじゃない」
僕はもう一口お茶を飲んだ。
「本当の両親を探すおつもりですか?」
「半分そのとおりで、半分違う」
僕の答えに、チュアとキュウは顔を見合わせる。
僕は一呼吸置いてから、ここへ来た本当の目的を告げた。
「僕の本当の親は、少なくとも片方は、おそらく人間じゃない。一体何なのかを調べに来た」
「人間じゃないって……」
「でないと色々と説明がつかないんだ。魔力の量、自己封印、身体の変化……」
僕は一旦言葉を切った。
チュアは僕をまっすぐ見つめている。キュウも、僕を見上げている。
「調べるのは、思ったより時間がかかりそうだ。僕はしばらく、この小屋を拠点にする。チュアとキュウは……」
「ここにいます」
「いるっす!」
「いいのか? 無理しなくても」
「ここにいます!」
「いるっす!!」
「わかった。じゃあもう少し家を広くして、護りも強化しておくよ」
二人と一匹が横になれる程度の部屋しか作らなかった仮宿の小屋には小さな台所と寝室を増設し、ベッドふたつとキュウの寝床を置いた。
食材は無限鞄のひとつを倉庫代わりにして、チュアに使ってもらうことにした。
「でも、調べるってどうやるっすか?」
「村人の皆様の記憶どおりならば、手がかりが少なすぎます。それに、育てのご両親は一体どうなさったのか」
「育ての親なら、とうに殺されているだろうな」
「! そんな……」
とある村人の記憶に残っていた。
育ての親は、村に帰ってこなかった。
あの城のことだ。はじめから報酬など渡すつもりはなかったのだろう。
大金を手に浮かれていた育ての親を、どこかで殺して、報酬を奪い返したのだ。
僕の推論を展開すると、チュアは唇をかみしめた。
「チュア、そんなことをしたら唇に傷がつく」
チュアの唇は、料理の味見をするために重要な部分だ。
右手の親指でそっと触れて、傷の有無を確認する。なんともなかった。
「!!」
が、チュアは顔を真赤にして僕から距離を取った。
「すまん、気になってな。傷はなかったぞ」
「は、はいっ、あのっ、ですねっ」
「?」
「エレルさま……」
キュウが呆れた顔で僕を見上げている。何なんだ。
「明日から村の周辺を調べてくる。実は五歳のときに親に連れ出されるまで、村の外へ出たことがない。だから、調べに行く時は転移魔法が使えないんだ。徒歩になるから……」
「ついていきたいです」
「おいらも!」
「それなら今日は早く寝よう」
「エレル様、お疲れのところ申し訳ないのですが、衝立を作って頂けませんか?」
「衝立? ……ああ、そうか。すまん、気が回らなかった」
チュアは夜着に着替えたいのだ。いつもの家では自室と寝室があったから良かったが、今は寝室も共用だ。
「部屋を二つに分けるか」
「いえ、そこまでしていただかなくても」
「僕が気になる。……よし、これでいい」
「ありがとうございます」
チュアは何故か少し不服そうな顔をして、新しく作った扉の向こうへ行った。
まず海へ出た。
水上歩行魔法を使って海の上を進み、海流の流れをざっくりと探る。
チュアは僕が片腕に抱え、キュウは僕の首にしがみついている。
二人がどうしても、どこまでも僕についてくるといって聞かないので、この状態になった。
「海の上は冷えるのですね」
「だから陸に残れと言ったのに」
「平気です。エレル様こそ、寒くありませんか」
「僕は暑いのも寒いのも慣れている。住んでいた家……は潰れていたからわからないだろうが、あの家は壁が一部なかったからな」
「壁がない!?」
「僕が物心ついた頃には、そういう状態だった。直す金が無かったんだろう」
「そうでしたか……」
「壁のない家によく住んでたっすね……」
「だから、不気味な赤子でも引き取ったんだろう。取り分が増えても、壁はそのままだったがな」
僕を育てるために物入りだったという言い訳は通用しない。僕の食事はしょっちゅう抜かれていたのに、あの二人は毎晩酒盛りをしていた。
「海流を調べてどうするんすか?」
「僕がどこから流れてきたか、予想がつけられるだろう」
「なるほどっす。それで、わかったんっすか?」
「まあ大体は。陸へ向かうぞ」
転移魔法で陸まで戻り、今度は陸上を徒歩で進む。
予測地点には広大な森があった。
懐かしい気分になったのは、気のせいだろうか。
「エレル様?」
チュアに声を掛けられて、僕は森の入口に立ち尽くしていたことに気がつく。
「ああ。なんだろうな、家のある森とは植生も何もかも違うというのに……」
踏み出した足はそのまま、僕を森の奥へ運んだ。
人為的な道どころか、獣道も見当たらない。
特に魔法を使っていないのに、茂みや木々まで、僕が進む道を開けてくれているようだった。
チュアとキュウも僕の様子に何かを察したのか、黙ってついてきた。
やがてたどり着いたのは、ぽっかりと拓けた場所だった。
今の家がある場所の、三倍ほど広い。
その真ん中に、十字に組んだ木の棒が刺さっている。
木の棒に近づいて、根本に触れた。
完全に無意識でやったことだ。
「来てくれたのですね、あなた」
上から声がして、見上げてみれば、半透明で全身真っ黒な人型の何かが浮いていた。
髪も肌の色も闇のように真っ黒なのに、瞳だけが金色に輝いている。
背には魔王と同じような翼が生えている。
「違う、あなたは、あの人じゃないわ」
「お前は誰だ?」
「私はフォテリウム。フォテリウム・ファント。人と交わりし妖魔……」
「妖魔!?」
僕は思わずキュウを振り返った。キュウは首をぶんぶんと横に振る。
「知らない人っす!」
僕はキュウに頷いて見せて、黒い人――フォテリウムに向き直った。
「人と交わって、子はどうした」
「子は……ああ、我が子は!」
フォテリウムは喉をかきむしり、頭を振り乱した。
そして僕に、狂気の宿った瞳を向けた。
「お前が海に棄てたじゃないか!」
フォテリウムの半透明の手が僕に襲いかかってきた。
「エレル様っ!」
「大丈夫だ」
こいつは幻影だ。実体に触れることは出来ない。
予想通り、フォテリウムの手は僕の身体をすり抜けた。
その瞬間、僕の頭に何かが流れ込んできた。
漁村でよく見る、潮焼けした赤茶髪の男が、フォテリウムに何か話しかけている。
フォテリウムは好意的に男を受け入れ、何度かの暗転の後、腕に赤子を抱いていた。
黒髪の男児は、前に髪を切った後で見た鏡の中の僕に、どこか似ている。
それから、男に赤子を取り上げられ、追いかけた先で……赤子は海へ投げられた。
フォテリウムは男を殺し、この森へやってきて、男を埋め、木で十字を作り……。
「エレル様、エレル様っ!」
「あいつもういないっすよ! 何があったんっすか!?」
僕の顔を、チュアとキュウが上から覗き込んでいる。
僕は地面に寝転がっていた。
「記憶を見せられていた。僕が魔法で見たんじゃなく、フォテリウムに見せられた」
「記憶を見せるなんて……あの方、フォテリウムさんは何者なのでしょう」
「本人が言っていただろう、妖魔だと」
「でも、それでは……」
「ああ、間違いない」
僕は体を起こして立ち上がった。
僕自身の全てのことに、納得した。
髪と瞳の色、そして魔力量の多さは母親から引き継いだのだ。
顔つきは、人間の男に似たのだろう。妖魔すら誑かすほど、見目の良い顔をしていたらしい。
「僕は妖魔と人の間に産まれた、半妖魔だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます