11 勇者、報酬を受け取る

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 メリヴィラとルメティは、城で無為な日々を過ごしていた。


 城の貴賓室に寝泊まりする客と言えば貴族か他国の使者で、たとえ逗留期間が年単位に及ぼうとも、終始下にも置かない歓待を受ける。

 更に、貴賓室に泊まる客には、目的や役割があるものだ。

 国内の貴族ならば、政やそれに関わる重要任務のために呼ばれており、他国の使者は国同士を繋ぐための仕事で来ている。

 日中は部屋に居ないことが殆どで、食事も毎日、誰かしらの昼餐や晩餐に呼ばれて部屋で摂らないことのほうが多い。

 貴賓室に泊まるほどの人物がだらしないなど滅多にないため、部屋は常に侍女が掃除をする場所を見つけるのが大変なほどだった。


 メリヴィラとルメティは違った。


 食事は毎食部屋で食べ散らかし、剣術や弓術の指導等の仕事を頑なに断り続けて部屋に籠もっている。

 掃除を命じられた侍女たちが部屋に入ると、わずか一晩で貴賓室の内部と思えないほど散らかっていた。


 国益になることを何もせず、貴賓室でぐうたら過ごす勇者と聖弓。

 いくら魔王を倒してきた者たちとはいえ、流石に度が過ぎている。

 二人は城の人間に、このような評価を受け、煙たがられるまでに成り下がっていた。


 例えば、掃除の質。

 ある日突然姿を消したカンクスは綺麗好きで、部屋の何かが少しでも乱れていれば、掃除担当の侍女に文句を言った。そのため、カンクス付きの侍女は交代回数が他の二人よりも多かった。

 ルメティは眠る時と朝食以外はメリヴィラの部屋にいるため、部屋は比較的汚れない。

 問題はメリヴィラの部屋である。

 カンクスでなくとも、メリヴィラが一日使った部屋は信じられないくらい汚れた。

 ある日、毎日の掃除に嫌気が差した侍女の何人かが手を抜いたが、メリヴィラやルメティは全く気づかなかった。

 それから徐々に、侍女たちの間で「勇者様の部屋で手が抜ける場所一覧」が出回り、迅速に共有された。

 メリヴィラたちは、部屋の隅の見えないところに、埃が積もっていることに気づかなかった。


 次に、料理の質。

 たとえ王族と言えど、毎日高級な食材を使った贅沢な食事を摂っているわけではない。

 何なら国王は時折、平民の生活を知るためにと、平民と同じような食事を摂る。

 ところがメリヴィラは毎食、分厚いステーキを要求した。

 味付けは程よく変えているが、よく毎日食べていて飽きないなと、城の料理長が感心するほどの肉への執着ぶりだった。

 はじめのころは上質な獣肉を用意していた。

 これも、毎日となると、城といえど手に入らないことはある。

 ある日料理長は、庶民でも魔獣や獣の罠用に使うような、硬く不味い肉を、上手く調理して出した。


 メリヴィラとルメティはいつも通り、何も言わずに平らげた。

 不味い、いつもと違う、などの文句も出なかった。


 料理長はこれを機に、通常ならばゲテモノと言われる食材を「勇者専用調理器具」で調理し、いかに勇者たちの舌を騙すかを、楽しみ始めた。



 こうして、勇者たちはひっそりと、城中の人間から軽んじられた。

 本人たちが気づかないので、誰も不幸にならなかった。



 勇者が城へ凱旋してから、およそひと月が経過した。

 報酬調整の話が出てから、二十日過ぎたことにもなる。

 メリヴィラ達は久しぶりに、宰相に呼び出された。


「おまたせしました。調整が終わりましたので、報酬の件についてお話させていただこうと思いまして」

 待ってましたとばかりに身を乗り出しかけたメリヴィラは、ルメティが無言で肘を突くフリをすると、静かに椅子に座り直した。

「報酬の件について、話?」

 ルメティが小さな違和感に気づいて、宰相に問いかける。

 報酬の内容については、魔王討伐へ出発する前にすべて決まっていた。

 満額からの減額と、第三王女に関する話も、既に聞いている。

 そこから更に何があるというのか。そういう意味の問いだった。


 宰相は小さくうなずき、何枚かの書類を机の上に並べた。


 書類は、報酬の契約書だ。メリヴィラやルメティ、そしてこの場に居ないカンクスと、エレルのものではない筆跡でエレルのサインが入っていた。

「こちらが当初の契約書ですね。そして今回、勇者殿と聖弓殿の報酬減額により作成した、更新契約書です。内容をよくお読みの上でサインをお願いします」

「したぞ」

 メリヴィラは読まずにさっさとサインした。ルメティはざっと目を通したが、問題ないと判断して、こちらもサインをする。

「はい、ありがとうございます。では次に、貴賓室の使用料について……」

「貴賓室の使用料!?」

「ええ。あれの維持は税から出ております。勇者殿におかれましては、今しがたサインして頂いた書類の、こちら『民からの税で自分を養ってもらうつもりはない』の項目の通り、報酬から差し引かせていただきます」

 侍女が手を抜いていて、ゲテモノ料理に騙されていることを知らないメリヴィラは、さあっと音が出るほど青褪めた。

 豪遊していた、という自覚があるのだ。

 実際は、侍女に休息を与え、タダ同然の食材で胃を満たしていただけなのだが。

 しかしサインをしてしまった。きちんと書類を読んでいたとしても、気にせずサインしていただろう。

「そ、そのとおりだな。それで、どのくらい減額になる?」

 メリヴィラはわざと足を組み直し、余裕そうに聞いた。

 宰相はニコリと笑みを浮かべた。

「はい。こちらの書類にまとめてございます。簡単に言いますと――」




 メリヴィラは手のひらに一枚の金貨を乗せて、宰相の部屋を出た。


「う、嘘だ……」

 なかなか歩き出さないメリヴィラの腕を、ルメティが引っ張る。

 当初の報酬金の一万分の一しか、文字通り手に残らなかったのである。

 貴賓室の維持費以外にも、食費や備品費、更に仲間の尻拭いをするべきということでカンクスが支払わずに逃げた分も引かれ、報酬はぴったりゼロになった。

 呆然自失となったメリヴィラに、宰相が「お可哀そうですので」とポケットマネーから金貨一枚を手渡したのだ。

「早く、自分で歩いて。部屋の荷物をまとめて、さっさと出ましょう」

「そんな、何のために、旅を……」

 旅の辛い部分は全てエレルに背負わせたが、魔王城のある場所まで行くこと自体が過酷な旅だった。

 常人ならば、エレルが献身的にサポートしたとしても、踏破できないだろう。

 その意味でメリヴィラの呟きは正しいが、魔王討伐の全ての手柄を掻っ攫った姑息な男が言っていい台詞ではない。

「悔しいけれど、もう仕方がないわ。金貨一枚あれば当面は食いつなげる。さっさとこの国を出ましょう」

 ルメティも内心は憤っていたが、一番現実的だった。

「あ、ああ」

 何故こうも急いでいるかというと、これ以上貴賓室に寝泊まりさせられないと通告されたからである。


 メリヴィラは力の入らない足腰でどうにか部屋まで戻り、覚束ない手付きで荷物をまとめはじめた。




*****




 メリヴィラとルメティが城を出て城下町を歩いていると、あちこちからヒソヒソされた。

 話し声の方へ目を向けると大人は目を伏せてどこかへ去っていくが、子供は無邪気に「穀潰し勇者だ!」とメリヴィラを指さして叫んだ。

「なんだと!」

 メリヴィラが拳を振り上げると、子供たちはわーっと声を上げて散り散りに逃げていく。

「やめなさいよ、子供相手に。それにしても、穀潰し勇者とは穏やかじゃないわね」

 止めるルメティも訝しんでいる。


 メリヴィラ達の所持金は金貨一枚だが、これは銅貨一万枚分の価値がある。

 町で一番安い宿屋に宿泊するのに、ひとり銅貨二百枚。

 受付で前払いし、入った部屋は、貴賓室とは何もかもが雲泥の差だった。

「……くそっ、水も出ないのか」

 貴賓室には取手を捻ればいくらでも水が出てくる魔道具が置いてあった。

 この部屋のベッドのマットレスはスプリングが壊れており、シーツはペラペラで、天井の隅には蜘蛛の巣が張っている。二人部屋だが、他の家具は何もない。荷物置き場やハンガーすら無かった。

 宿の主人がメリヴィラたちを見て勇者だと気づき、わざとこの部屋をあてがったのだ。

「流石にちょっと文句言ってくるわ」

 蜘蛛の巣に気づいたルメティがどかどかと足音を立てて部屋を出ていった。


 しばらくして戻ってきたルメティの顔は、金貨一枚を渡されたメリヴィラと同じくらい、青褪めていた。

「どうした、何があったんだよ」

 思わずメリヴィラが気遣うと、ルメティは宿の主人から得た情報を話した。



 勇者様は確かに魔王を討伐して帰ってきた。

 しかし、要求した見返りの額が大きいため、やむなく国は税金を上げた。

 それでも勇者様は納得せず、希望の額が溜まるまで、城で豪遊している。

 豪遊費用も税金から出ている。

 一日あたり、平民の百倍の費用がかかっている。

 そのくせ、何も仕事をしない。町の近くに魔獣が出ても「魔王退治で疲れた」と言い訳をして城から出ようとしない。


 勇者様の一行には神官と賢者がいたはずだが、賢者は凱旋時から、神官は凱旋後まもなく姿を消した。

 神官と賢者は勇者様の蛮行に呆れ果てて見限ったのでは。

 更には、勇者様への報酬となるはずだった国一番の美姫と名高い第三王女まで姿を消した。


 つまり、城にいる勇者たちは、国にとっての穀潰しと化している――。



「ってことになってるらしいわ」

 ルメティは話し切ると、寝心地の悪いベッドへ仰向けに倒れ込んだ。

 逆にメリヴィラは立ち上がった。

「そん、そんな……」


 全て嘘だと言いきれなかった。

 メリヴィラが言い訳できるポイントは、宰相のポケットマネーの金貨一枚以外、報酬を貰っていないという部分だけだ。

 しかし、報酬額を吊り上げるよう言った覚えはないし、豪遊だって特に咎められなかった。


 誤解を解こうにも、ルメティの話しぶりから、この町、いや国中に似たような噂が広まっているのだろう。

「ここの主人だけでも……」

「無駄よ。その場で反論したら『そりゃあ当人たちはそう言うでしょうね。こっちは増税で苦しい生活強いられてんのが全てなんですよ』ですって」

 寝転がったままのルメティが苦しそうに吐き出すと、メリヴィラもベッドに崩れ落ちた。



 翌朝のまだ陽も昇らないうちに、勇者たちは頭に被り物をして顔を隠し、速やかに町から離れた。

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