05 賢者、姫と狐を通わせる

「魔王討伐隊については、何かご存知ですか?」

 話の初めに、いきなり答えづらい質問をされた。

「まあ、それなりに」

 適当にはぐらかしたが、チュアは気にした様子もなく、話を続けた。


「ロージアン国で結成された魔王討伐隊が先日、魔王討伐に成功したのです。私は、勇者への報酬のひとつとして選ばれていました」

 そんな話聞いてない、と言い掛けて、なんとかこらえた。

 報酬自体は知っている。貴族が一生遊んで暮らせる程の金品を与えられることになっていた。

 僕は確かに「一人ひとりに与えられる」と聞いていたのだが、メリヴィラ達は何故か「隊に与える」と解釈していた。

 だからこそ、僕は暗殺されかけたわけだが。


 それに、人を報酬にする話は知らない。

 しかも一国の王女を。


「それはまた、気の毒に」

 僕に初めて、他人に対する同情心というものが芽生えた瞬間だった。

「そう言っていただけるだけでも救われます。それでその、嫌で逃げ出したのです」

「報酬になるなんて、誰だって……」

 嫌だろう、と言おうとしたら、立ち上がったチュアが大きな声を出した。


「あの男に嫁ぐなんて、真っ平御免です!」


 確か勇者って、王族に次ぐ権威を与えられてなかったっけ。

 なのに、勇者のことを「あの男」と呼ぶなんて。

「報酬扱い自体は、嫌じゃないのか」

「どちらかといえば嫌ですが、どうせ政略結婚に使われる身ですから、多少のことは覚悟していました。でも、あの男だけは……」

「なんか、あったの?」

 報酬になるより嫌だなんて、メリヴィラとはいえ酷い言われようだ。あいつ、何かやらかしたのか?

「私は、勇者選定の場にいました。そこで見たのです。あの男が、対戦相手に卑劣な手ばかり使っていたのを。あんなのを選んだ父の気が知れません」

 奴の肩を持つわけじゃないが、メリヴィラは決して弱くはない。

 普通にやってりゃ国の剣士で一番くらい、自力でとれるだろう。

 その上で汚い手段を使うなんて……ああ、これこそが「人としてどうかと」か。


 まあ、このお姫様は「魔王討伐隊」を少々神聖視し過ぎている気がするが。


「魔王討伐なんて、そうそう上手くいくはずがない。それが分かっていたから、第一陣は捨て駒のつもりだったんだろ」


 これが、魔王討伐隊の真の姿だ。


 卑劣な手段を使う剣士、神を少しも崇めていない治療師、実力に乏しい弓士。

 そして、貧民出身で魔法レベル1の魔法使い。

 これで魔王を倒せると考えていたなら、ロージアン国王は余程の馬鹿だ。


 魔王を倒せてしまったのは、誤算だったんじゃないかな。


「その考えは有り寄りの有りですね」

 チュアが何度も頷いて、妙な言い回しで僕の意見に賛同した。

「私が言うのも何ですが、父は……陛下は愚かな人間ではありません。勇者を釣るために、私を報酬にしたのでしょう」

 仮に僕が剣士で、勇者になれるほどの実力を持っていたとしても、報酬に人間を与えられるなんて願い下げだ。

「姫君で釣れるような人間なら、捨て駒にしても構わない、と」

「そうでしょうね」

「勇者はそれでいいとして、他の三人はどうやって釣ったんだろうな?」

 僕は報酬に釣られた覚えはない。

 それどころか、ある朝起きたら国王付きの近衛兵達が僕を取り囲んで「お前は魔王討伐隊の一員に選ばれた」って一方的に告げてきて、後は拒否する間もなく連れ出された。報酬云々の話はメリヴィラ達から又聞きしたくらいだ。

 今思えばあの日、魔法を駆使して逃げておけばよかった。あの時は、現状が変わるならなんでもいい、と投げやりになっていたのだ。


「神官と弓士も報酬でしょう。魔法使いに関しては、私には全く知らされておりません。……エレル様、同じ魔法使いとして何かご存知では」

「城で会った他の魔法使いは、教育係の奴だけだ」


 教育係の割に、僕に魔法を教えるどころか、奴が魔法を使ったところすら見たことがない。

 それどころか、僕は他の魔法使いを全く知らない。知ろうとしても、誰も教えてくれなかった。

 魔力持ちというだけでは魔法は使えない。

 通常ならば師に習うか書物を読んで自分の魔力と向き合い、己に合った属性や方向性を見定め、呪文を詠唱して発動させる、と本に書いてあった。

 僕の場合は、物心ついた頃から何故か僕自身のなかに魔法があった。

 だから教わる必要はなかったし、僕の感覚を誰かに伝えることもしなかった。

 只でさえ、貧民出身の魔力持ちというだけで覚えのない悪意に晒され続けてきたのだ。これ以上「異端」を知らせる理由はない。


「……」

 チュアは何事か考え始めたらしく、黙り込んでしまった。

「お前が城から逃げてきたお姫様なのは十分わかった。だが、ここは城からはだいぶ遠い。どうやってここへ来たんだ?」

 最寄りの町まで、普通の人間の徒歩なら半日はかかる。

 僕は魔法で筋力や体力を上げておいたから、数十分で辿り着いたのだ。

 更に城から、しかも女の足では三日はかかるだろう。

「城を抜け出した後は、夢中で走り続けていたら、いつの間にかここにいました」

「……え、以上?」

「はい。私、なにかに集中すると周りのことが見えなくなって、寝食も忘れてしまうのです」

 なんとも肩透かしな理由だった。

 しかもこの姫君、やや天然だ。

「じゃあ、このあと行くあては?」

「実は、全く無いのです」

 さっきから足元で、キュウの尻尾が足にぱたぱたと当たってくすぐったい。

 どうもキュウの奴、チュアが気に入っている様子だ。


 僕は少しだけ考えて、結論を出した。


「あの料理を毎日作ってくれるなら、ここにいてもいい」

「ありがとうございます!」



 正直に言おう。僕は飯に釣られた。




 チュアを住まわせるにあたって、僕は家を改築した。

 まず部屋を二つ増やした。チュア用の私室兼寝室と、居間だ。

 それとチュアの要望で、台所を厨房と呼べるほど広くしてやった。

 水回りの魔法を構築し直すのが面倒だったが、チュアが僕の頭を抱きしめて「凄いです! ありがとうございます!」と喜ぶものだから、まあいいかという気分になった。

「なあ、僕はこう見えても二十歳だと言っただろう。子ども扱いはやめてくれ」

 これまで、誰かに抱きしめられた記憶は無い。意外なほど柔らかい感触に、人肌のぬくもりが殊の外心地よかった。

「し、失礼しましたっ!」

 チュアは僕を手放したが、今度はキュウを抱き上げた。

「クォン」

 キュウの奴、まんざらでも無さそうだ。

「キュウさんは何歳なのでしょうか」

「知らん。幾つだ? あとついでに、お前の性別はどっちだ」

「オスです! 歳はわかんないっす!」

「オスで、年齢は自分でもわからん、だそうだ」

「ふふっ」

 突然チュアがちいさく笑い出した。

「何かおかしかったか?」

「すみません。エレル様はお優しいお方だなぁと思いまして」

「?」

 思い当たる節がなくて、僕は首を傾げた。

「私を脅してまで遠ざけたかと思ったら、こうしてお家の改築までして置いてくださったり、キュウさんの仰ることを正確に教えてくださったり」

「お前を置くのは飯のためで、キュウのことは、別に大した労力じゃない」

 僕が言い返すと、チュアはまた口元に手を当てて上品に微笑んだ。

「そうですね、そういうことにしておきます」

 一体何なんだ。

「まあ、キュウの言うことが分からないってのも不便だな。キュウ、なんとかならないか」

「契約はひとりまでっす」

「うーん。でも僕には聞こえてるから……これでどうだ」

「ひゃっ!?」

 チュアの右耳に手をかざそうとしたら、何かされるのかと勘違いしたらしいチュアが体を震わせ、手が当たってしまった。

「すまん、すぐ済む。……よし。キュウ、何か喋ってくれ」

「何したっすか?」

「あっ、今の『何したっすか』はキュウさんですか?」

「!? どうやったの、エレルさま!」

「僕に聞こえたキュウの声を、転送する魔法を作った」

「魔法を作った!?」

「声を転送する魔法!?」

 チュアとキュウが驚いている。

「魔法使いだから魔法くらい作るだろ」

 僕は今までこうして生きてきたのだし。そもそも家を作る魔法だって、僕が作ったものだ。

「先程の建築の魔法も、素晴らしいものでした。エレル様、貴方もしかして……」

「余計な詮索はするな」

「はい」

 何かに気づいた様子のチュアだったが、睨みつけて警告すると静かになった。

「エレルさま、すごいっす!」

「ああ、でもこれだと、お前たちだけのときは会話できないな。キュウ、ちょっと調べさせてくれ」

「えっ、あのっ……あがあがあが」

 僕はキュウの口を限界まで広げて、喉の様子を観察した。

「なんか喋ってくれ」

「あがあがあがっ!」

「もうちょっと意味ある言葉くれ」

「エレル様、それでは喋りたくても喋れませんよ」

「むぅ、仕方ない」

 喉奥の観察は諦め、キュウの体の、発声や会話に関連する部位に当てずっぽうに魔法を設置していたら、喉と脳と心臓に同時設置することで魔法が完成した。

「喉と脳はまぁ分かるが、心臓かぁ」

 数回の試行でこの組み合わせに辿り着けたのは、僕にとってもキュウにとっても幸いだった。

「これでゆっくりお話できますね、キュウさん」

「はいっす!」

 姫と狐は楽しそうだ。



 そんなことをしていたら、昼飯の時間になった。

 森の探索済範囲を広げたかったが、仕方ない。

「鹿肉は料理できるか?」

「できますよ。エレル様、貴方の魔法に手伝っていただくことは可能ですか?」

「僕の魔法が料理に必要なのか?」

「あれば便利というだけで、私だけでもできなくはないです」

「問題ない。手伝おう」


 チュアが作ってくれたのは、ハンバーグという料理だった。

 鹿肉を粉々にするのに、僕の魔法を使ったのだ。

 確かに、これを人力でやるのは手間がかかるだろう。


「うん、美味い」

 鹿肉など直火で炙って塩をつけて食べたことしか無かった。

 一度細かく砕いて捏ねてまとめることで柔らかくなり、旨味がぎゅっと閉じ込められている。

「料理ってのは手間がかかるんだな。今後も手伝えることがあったら何でも言ってくれ」

 美味しい料理がでてくるなら、僕は魔法も労力も惜しまない。

「エレルさま、食いしん坊」

「お前は食わないからそんなことが言えるんだ」

 僕とキュウが言い合っているのを、チュアが微笑みながら見ていた。

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