恋ときままな妖精

@edagawa31sizu

第1話 妖精も人間の暮らしがしてみたい

 妖精を見たとしても、誰も見たという記憶が消されてしまうという。これだけ多くの妖精伝説が世界中の歴史に残っているのに、妖精を見たという人は少ない。

 妖精がいないというのではなくて、記憶が飛んでしまっているからに違いない。

 花がひときわきれいに咲くとき、木々が騒々しくざわめき、小鳥がかわいらしい声でさえずる時、決まって妖精は現れるという。目でみようとしても見えないけれど。心の目で感じると、妖精の優しく囁く声を聞くことができるという。雑念を払い、心の耳を傾け、あたりに漂ようほの甘い香りをかぐとき、妖精の息遣い、そして生きているという鼓動の響きを感じるはずである。


 うっそうとした森の中を進んでいくと、小さな湖があり、そのそばには人が一人はいれるかどうかの小さな洞窟のようなものがあった。そこに、妖精たちの住む街に入るための隠し扉が作られていた。日の当たらない日中でも薄暗い森なので、人が入り込むこともあまりなかった。ひっそりとして、陰湿な場所で、人が近づくとコウモリやヘビ、ムカデなど昆虫が中から飛び出してくるので、たまったものではない。誰もが気味悪がって、遠回りしたり、急いでその場から立ち去るのがやっとだった。

 ところがその隠し扉を開けると、そこは、光り輝く美しい世界が果てしなく広がる別世界をなしていた。そここそが妖精たちの住む楽園だった。現実の世界とは隔絶された、キラキラの空間が広がっている。小鳥は楽しそうにさえずり、動物たちは仲良く幸せそうな表情で毎日を不安もなく暮している。花は枯れることはなく、咲いてはまた蕾にもどりまた咲くという事を繰り返している。これまで一度だけ花が枯れてしまったという事が妖精の歴史にあった。悲しい出来事があったのだが、それも切り抜け、そのあとは順調そのものの暮らしが続いている。動物たちは食料の心配もなく、天候の心配もしないで、のんびりリラックスした生活を楽しんでいた。妖精の世界は平和な楽園だった。

 妖精界で少女のナルルは、この平和でのどかな豊かな自然に囲まれた暮らしが気に入っていた。でもその一方で、成長するにつれ毎日が変化のない平凡な暮らしに、退屈すら感じ、満たされない矛盾を感じ始めていた。もっと自分の実力がだせるような刺激のある生活はないのか。人間の世界には自分の力を求めているような人や動物、花や草木がいるのではないか。苦しんでいる人がいるのに、見て見ないふりをしていてもいいのかという正義感が増してきていた。

「人間の世界は毎日があくせくしてるけど、なのに満足してる人もいる。人間界はどうして妖精界とはこんなにも違っているの?不思議な気がする。考えれば考えるほど、人間界に興味が湧いてきて、実際に見たくてしょうがなくなるの。行ってみたいよ」ナルルは、おばあさんに人間界を見に行きたいと正直な気持ちを伝えた。

「良くお聞き、ナルル。あなたはまだ妖精として完成されていないのよ。まだまだ学校で学ぶことも多いし、人間界に行くには、いくつもの研修を通して妖精としての精神的なレベルを上げる必要があるでしょ。」

「もう私は大人よ。大体わかってる。ただ、研修を受けて許可をもらえばいいんでしょ。修了証書をもらうだけ、そんなの意味ないよ。時間のムダだと思う。実際の世界で体験することが重要だと思う。机に向かって勉強ばかりしてても意味ないよ。心配ないから、行かせてほしいの」ナルルは言い出すとなかなか引かないところが厄介だった。母親そっくりな性格だった。

「でもねそれだけじゃないのよ。人間界は金儲けのために悪魔に魂をゆだね、競争社会になっていて弱いものは淘汰されてしまう。お前のような純粋で心が優しい妖精は、人間界で一緒に暮らすなんてことはできっこない。とても無理だろうと思う。今までそうした考えで人間社会に行ったものもいるけど、傷ついた妖精はおおいんだよ。人間は欲望のままに戦争をして、多くの罪のない人を傷つけ、命まで奪い合ったりする。お前はそんな残酷な社会でどうやって生きていく考えなんだね。理想と現実とはかなりの開きがあるのよ。だからもう二度とそんな話しはいないでね。もし、おじいさんにでも聞かれでもしたら、学校の寄宿舎に入れられて、自由に外を歩いて楽しむことすらできなくなってしまうから、わかったわね」おばあさんは、哀しげな表情でナルルに伝えた。

「うん、わかったわ、おばあさま。ただちょっと気になって聞いただけだから」ナルルの表情は硬く、到底納得いかないそぶりだった。ナルルはおばあさんにだけは、自分の気持ちを正直に伝え、少しでも人間界に行くための手助けをしてもらいたかったのだが、うまく味方につけられず、がっかりした様子だった。

「それとね、聞いた話では、人間界に行くと7日目には妖力が殆ど使えなくなってしまうと言われているのよ。気をつけなくちゃいけない。でも、そこまでいたという妖精はあまりいないから、私も行ったことないから、正確なことは分からないの。人間界には妖力があってはならないために、妖力は封じられているらしいわ。それだから7日が過ぎてもし、普通の人間と同じになったら、おまえはどうやって自分を悪い人間や魔界人から守りきるつもりなんだね。人間社会には魔界人がかなり潜んでいるそうよ。普通の暮らしをして、人間を悪い世界に導いたり、中には妖力を失ったはぐれた妖精を捕まえて、食うと言われてる。彼ら魔界人が我々妖精の血を飲むと、寿命が100年以上伸びると言われているらしい。だから、一人ではかなわないので、何十人もで襲って妖精狩りをする魔界人のグループがいると聞いてるのよ。とにかく人間界は言っちゃだめだからね。お願いを聞いてちょうだい」おばあさんは、本気でナルルの心配をして、本当は言ってはならない魔界人の話しなど、こまごました内容までナルルに聞かせた。こうした内容は妖精界では極秘扱いとなっていて、訓練を積んだ妖精だけが知ることになっていた。

 おそらくこれまで何人もの妖精が、人間界に行って行方不明となっているのに関係してる内容だとナルルは思った。しかも、専門図書館で見た文献にも、人間界に入ると妖力が衰えたり亡くなるという事が書いてあったことを思い出した。

「じゃあ、人間界に行ったら妖力はもう二度と使えなくなってしまうの」

 話しをしてる中に、母親が入ってきた。

「おかあさま。どうしてここに」ナルルが驚いて甲高い声を上げた。おばあさんとの話しは、秘密にする必要があった。母親に知られた以上、タダでは済まされないとナルルは心配した。

「お前は、いつの間に、来ていたの」おばあさんが母親のアミノに言った。

「そうではないわ・・・。人間界に入ってもし妖力が無くなってきたら、妖精界に戻って、妖精魂を飲めばいいのよ。力はすぐに回復するはずよ」アミノは続けた。

「妖精魂は、大学の倉庫にもあるし、おじい様の主族長の地下にも備えられているのよ」母親のアベルが言った。

「お前はそこまでナルルに教えてしまって・・・」この内容は極秘中の極秘とされていた。妖精魂は妖精の命の次に大切なもので、魔界人なども倉庫のありかを探っていた。それが知れ、もし奪われると妖精界は大混乱することになる。

「でも、手に入れることはできないのよ、ナルル。厳重に管理されているので持ち出しは不可能よ。妖精玉ならば、何人かの妖精の世界で貢献した人が持つと言われているけど・・・。ねっ、おばあ様」母のアベルは何か意味ありげに話した。だからおばあ様が取ってきてあげてとでも言いたげだった。

「まあそういうことだね。ただ、妖精玉は何人かが常に携帯して持ってるとは聞いたことがあるけど・・・」

「妖精玉は妖精魂とまでは効果がないけど、命をつないでくれる大事なもので、それも通常では手に入らない貴重なものなのよ。人間界に行くには最低でも、妖精玉は持っていかないといざとなった時に、大変なことになってしまう・・・そうでしょ、お母様」母親アベルは、ナルルに人間界へ行くのはムリだという事をわからせたいというきもちはつよかったが、ナルルが無謀にも飛び出してしまったりすると危険なため、最低限の準備が欠かせないと教えたかった。ただ、あまりに、秘密の内容までナルルに明かしてしまい、返って後押ししていると取られかねないと心配した。今は準備不足がハッキリしており、ナルルに人間界に行くことを断念させる必要があると考えていた。これまでもナルルの言動に不穏な動きが見られ、母アベルは心を痛めていた。ナルルは母親に似ていざとなると突っ走ってしまうきらいがあった。それだけ力をもてあましているのはわかったが、タダの勇気や夢、思い込みだけでは通用はしない。また、もし人間界に行ったら、もうナルルは二度と戻ってこないのではないかという心配をしていた。

「わかったよ。みんなで私を・・・。気持ちが通じてないよ」ナルルは涙を浮かべていた。

「そうじゃないのよ、ナルル、心配してるのよ、あなたを皆が」

「もういい・・・よ」

 アルルは家を足早に出た。

 失意のままにナルルは、親友のミチルの家に足が自然に向いていた。ミチルとは同じクラスメイトでもあり、頼れる存在でもあった。詳しい話しはしていなかったが、ある程度の人間界への願望を話し、相談には乗ってもらっていた。ミチルは一人娘で家族からは大切にされていたが、好奇心が強いため、ふたりで図書館で人間界の本を読んではああでもないこうでもないと、想像を膨らませていた。

「見たことあるの、ナルルは人間界を見てもいないくせに、勝手に想像してるんじゃないのか。それって良くないかも」ミチルは厳しい口調になっていた。

 人間界に行っていいものは、自由に空間を移動してもいいという許可を持った者だけに限って許されていた。しかも少女のナルルは適性の年齢には達していない。時空自由移動の許可は年齢的にももらえるはずがなかった。

 学校で法規を学び、妖力を完成させ、精神の安定育成を図ることが、許可の前提条件となっている。だが、規則にばかり縛られていることで、よけいに知識欲にかられるばかりだった。ナルルは、人間界が実際にどうなってるかを自分の目で確認したい、経験してみたいという欲望がどんどん増してきていた。何にしても、規律に縛られるのが窮屈となり、枠からはみ出して興味が先行している。旺盛な青春の思春期でジレンマは最高潮に達していた。

 人間は皆な苦労してるみたいだ。あくせく暮していると聞いている。どうして人間は遠くの手の届きそうもない夢ばかりおって、本当の幸福を見失っているのだろうか。そうした遠くの夢や成功ばかりに価値観を持つのだろうか。その野暮というか、欲望はいったいどこからきているのだろうか。心理を確認したい。人間はその夢や希望を叶える目的で、人の物を奪い、戦い、人の命を軽く扱う。その心理はどういったものなのか。本能なのかそれとも洗脳社会に問題があるのか。ナルルは人間の欲望のシステムがどうなっているのかを探求してみたい欲求にかられていた。そこがわかれば、永遠の平和も実現可能となるのではないか。価値観の違いが、戦いを生み、不幸を生み出している原典ではないのかとも考えた。人間の幸せは、意外と近くにあるかもしれない。希望を見失わないようにした方がいいとナルルは思った。

 妖精の世界では頑張ってる人は、最後は必ず、幸せになるのが自然だった。それが、人生の法則といわれている。妖精の社会では、努力した人は必ず報われることになっていた。妖精界では、人間が言うような夢は叶うかどうかは時の運でもあるし、競争が発生するので、むしろ競争を避ける狙いから、譲り合うのが通例だった。報われる人と報われない人が出てしまうわけで競争は意味がない。社会的にみると、幸運に恵まれる人は一人で、あとの大多数が不幸という構図になってしまう。そんな夢は見るだけ意味がない。そんなことはどうでもいいと妖精界では思われていた。むしろ大切なのは、満足できる結果が得られるかどうかだった。生きていく上で満足できれば、夢など叶わなくてもいい。どの時点で止まったとしてもいい。夢がかなうかどうかはどうでもよかった。皆が平和で満足できる社会を目指すことが一番大切な生き方だと教わってきた。競争のあとが、傷ついた人が大勢でて、不幸な人がたくさん出たなら意味ないからだ。その一個人の夢がかなうかどうかではなくて、より多くの人が満足できる人生を過ごせるかどうかに妖精の価値観が置かれていた。人間界の考え方とは根本的に違うのかどうか。人間の欲望ははてしないものなのか、永遠に変わることはないのかどうか。ナルルは自分の目で確認して、分析してみたいと考えた。

 一番気の合うミチルにだけはその気持ちを理解してもらえると思って期待していた。でも、臆病なところがあるミチルは実際に行くとなると、慎重が先にたっていた。

 ナルルはさっきあったばかりの母親やおばあ様との話しの一連の内容をミチルに話した。

「お願い、ナルル。人間の世界にはいかないで。行っちゃダメだよ。立派な家族がそこまでいうのには、なんかわけがあるはずだよ。それだけあんたのこと心配してるんだから。行ったら、人間からひどいことされるよ、きっと。妖精は妖精の世界で暮すのが一番幸せだと思う」ミチルが心配そうに話した。

「ミチル、一緒に行ってみようよ。見てこないと何もわからないじゃん。人間だって悪い人ばかりじゃないよ。やさしいひとだってきっといる。心配ばかりしたって、前に進まないよ。そんな悪い世界をいつまでも妖精界がほっておくはずないし。いざとなれば妖力で私が懲らしめてやる。」

「それはまずいんじゃない。妖力は人間界では基本的に使っちゃダメでしょ。それに使ったら記憶を全部消さないといけない決まりになってる。しかもそんな妖力はまだ習ってもいない。それと記憶が全部無くなったら意味がないと思う。もうちょっと待てば、自遊空間移動の許可が取れる年齢になるから、それまで待とうよ。許可を取ってからでも遅くないから」

「そんなの待てないよ。あと25年もかかるんだよ。それに、女には許可が厳しいって聞いてるから、待ってどうなるというの。」

「でも、なんでそんなに急いで人間界に行きたがっているの、そんなに急ぐのには、なにか理由でもあるの」

「なんか、待ってる人がいるような気がするんだ。自分でもよくわからなけど。この気持。誰かが、私をひつようとしている様な気がするんだよ」ナルルは最近特に人間界から、引かれるような気持が込み上げていた。でも、特にはっきり思いあたるフシはなく、また、人間界に知り合いがいるというわけでもなった・・・はずだった。

「とにかくナルル、もうちょと待とうよ。そしたら、私も一緒に行けると思う。準備不足だよ。今はよそうよ、なんか嫌な予感もするから。約束する。ナルルと一緒に行くよ。私の心の準備ができるまでもうちょっと待って」ミチルはどうしても、今すぐという行動には気乗りしなかったかった。

 たぶん、好きな男の子ヨデフに興味が奪われていたからかもしれない。ヨデフから今は離れたくなかったのかもしれない。

「ミチルの気持ちは良くわかったわ。でも、私一人で行くかもしれない。もしそうなっても恨まないでね。ミチルには迷惑はかけたくないから。ただ、このことは誰にも黙っててね。私の家族には内緒にしておいてね。みんなに心配かけたくないから」

「うん・・・わかった、でも」ミチルは歯切れの悪い返事を返した。

 人間の世界に行くことがこんなにも大辺だったとは、ナルルは思ってもいなかった。何とか親友のミチルには理解してもらえ、一緒についてきてもらえると淡い期待すら抱いていた。だが、あえなくその期待は、失望にと変わってしまった。

 ミチルと別れた後、ナルルは公園の大きな木の下のベンチに腰掛け、物思いにふけっていた。そこに小鳥のピーノがどこからともなく飛んでやってきた。

「何を考えてるの」ピーノはナルルに聞いた。

「別に・・・。誰も、私の気持ちなんてわかってくれない・・・。私はただ、人間の世界を見に行きたいと思ってるだけ。」

「人間界に行っても、そんなにいいことがあるとは思えないよ」ピーノが言った。

「得するかどうかで行こうとは思ってはいないよ。私は世の中が良くならないかなと願ってる。それを望むことはいけないことなの?

 人間界は危険危険というけど、いい人だっているはずだよ。世界中のみんなが仲良くする必要があると思うよ。私は少しでも協力ができないものかと考えてるだけ」ナルルの気持ちは決して悪い考えではなかった。人間も妖精も、魔界人も全ての人類が仲良く暮らせる社会を作りたいという理想を持つことはいい考えといえる。

「私もナルル一人では危険だと思う。同じ考えの人をたくさん作り、協力してもらって行動に移した方がいいと思う。大きなことをする場合には、慎重に行動して、時間も十分にかけるという事も必要じゃないかな」ピーノはナルルのはやる気持ちを抑えようと考えた。

「そうよね、そんな見方もあるよね、焦ったっていいことないかもね。ありがとうね、ピーノ。私のこと心配してくれて、ありがとう」孤立無援の状況に、ナルルも弱気になってきたようだった。思い切って行動を起こすには、何かのよりどころが必要だった。今のままではまるで裸で薔薇のとげの中に飛び込むようなもの。強力な後押しか、支援が欲しいと思った。せめて小さなものでもいいから、心がくじけそうになる時に、勇気づけてくれるものがあればいいのにと考えた。

 その時、突然きらめく花びらが雪のように辺り一面に舞った。花の精がナルルの心を感じとって、花びらを降らせて慰めたかのようだった。

「ピーノ、私あきらめないよ。きっとチャンスは訪れると思う。自分の可能性に掛ける。努力が足りない、皆がムリだというのならもっともっと頑張って、納得のいく成果を出すよ。それしかないもん。一度や二度の挫折でくじけて、夢をあきらめていたら、納得できる人生なんて来やしない。努力なくして夢は叶わないと思うから」ナルルはこれまで以上の固い決意を決めた。

「そうだよ、ナルル。その気持ちが大切だよ。今すぐにじゃなくてもいいさ。でも、みんなが言うから止めたなんて、ナルルらしくないよ。ずっと信念を貫いて、くじけちゃだめだと思う。夢に向かって、ガンバって。そんなナルルが一番かっこいいよ。他人に頼ってばかりでも何もうまくいかないと思う。自分でこれなら大丈夫という自信がついたら、ためらう事なんてない。勇気と知恵がついたなら実行あるのみだと思う。その時には私もたくさん協力するからね。でも、迷いのあるうちはやめた方がいいかも知れないよ。感も大事だからね。固い決意と自信が持てる時に、思い切って飛び込んでみるのもいいと思う。」小鳥のピーノはナルルを心から応援していた。

「ピーノ、ありがとう。なんか自信が湧いてきたわ」

 ピーノはどちらかというと勧めてしまっているような気もした。


 ナルルは中央の大きな木に小鳥小屋を妖力を用いて、設置した。

「ピーノにお礼に小鳥小屋をプレゼントするね。公園の中心で、いつもみんなを見守っていてね。そしてもし、皆が困っていたり悩んでいたりしたら、今日みたいに優しくアドバイスしてちからになってあげてね」

 ピーノとナルルがおしゃべりしていると、

 仲間と一緒にアルラが通りかかった。

「小鳥小屋を勝手に作っては、いけないんだよ。ナルル」仲間の一人が言った。

「そうだよ」仲間から声が上がった。


 妖精の世界では勝手に建物や付属物を作ってはならないという決まりがあった。たとえ小鳥小屋のような小さなものでも、自然を勝手に変えてしまう事はできないことになっていたのである。仮に、家とか建物を作る場合、または大きな改造を伴う場合には、事前に部族長の許可を取る必要があった。小鳥小屋の場合は、自然を破壊する物ではないが、自然との調和を大切にするという考え方から、誰でもいいので立会人を付けて、立会人の同意をもらっておく必要があった。二人以上の同意があれば、ある程度の行動は自由だった。ただ公共的な場所だけに、小鳥小屋の設置はギリギリの行為だった。ただそれも、公園と木と小鳥小屋の自然の調和がとれていれば全く問題はなかったが。

「僕が立会人となるよ。この公園には小鳥小屋が必要だと思う。自然の調和も崩してないし、何の問題もない。僕が承認するから、ナルルは心配しないで」アルラが言いだした。仲間たちは一気に静かになった。アルラの存在は仲間の間でも目立つ存在だった。リーダーとしての実力を伸ばしていた。しかも、いずれは族長になる逸材だという評価すら言われていた。そのアルラが承認するという事であれば、だれも反対などできはしない。

 幼稚園の時に、アルラとナルルは王子とお姫様の役を演じ、その時からアルラはいずれ大きくなったらナルルと結婚したいと考えるようになっていた。アルラの初恋、一方的な片思いだったが、仲間の間にもそれとなく気持ちは通じていた。

「勘違いしないでよ。この小鳥小屋の設置にはちゃんと族長の承認取ってあるからね。前もって話してあるから、いつでも設置していいことになってた。アルラには悪いけど立会人は不要なのよ」ナルルは、思いつきで突発的につくったのではないと説明した。

「そうだったのか。良く話しを聞かなくて、悪かったね」アルラは素直に謝った。

「あっそうだ。そういえばこれ、さっきナルルのお母さんから預かったよ。君が家を駆け足で出てしまったので渡せなかったから、どこかで見かけたら渡してくれって、頼まれたよ」アルラは小さな布製の巾着袋のようなものをナルルに渡した。

「ありがとう、でもこれは・・・」

「じゃあ僕らはこれから、教会の清掃があるからいくね」

「あっ、うん。じゃね」ナルルはアルラと別れ、一人になった時にそれとなく布袋を開けてみた。

 その中には黒光するビー玉のような球が4つ、それとひときわキラキラと光る金色の球が1つ、合計5つ球がはいっていた。

 小鳥のピーノがその球を見て、その球の秘密を話した。

「すごいよナルル、黒いのは妖精玉、そして金色のキラキラ光る球は妖精魂だよ。困った時には妖精玉でどんなことでも叶うはずだよ。そして妖精魂を使えば妖力が最高位まで回復するんだ。でも・・・ちょっとおかしい。これは特別の場合しか使えないものだよ。それと、軽はずみには見せたりもできないはず。そんな秘密の球が、こんな大切な球が5つも出てくるなんて、信じられないよ。ナルルのお母さんはどうして、何のためにナルルに渡したのだろうか」ピーノは頭をかしげた。

 ナルルの目には、涙が浮かんでいた。何か大きな力が得られたような感動の涙のようにも見えた。

「おばあさま、おかあさま、ありがとう・・・」やっぱりお母さんとおばあさんはナルルの味方だったという事を確信した。なんだかんだと表面的には反対していても、やっぱり子供の心配をしない親はいない。親は自分以上に子供の事を考え、時には自分が犠牲になってもいいとすら考えるものである。

 妖精界でも最高に貴重とされた妖精魂をナルルに渡したことがわかれば、おそらく処罰は免れないだろう。場合によってはおじいさんの首族長にまで責任は及ぶかもしれない。それほどの重大違反と言えなくもなかった。族長の座がはく奪されてもおかしくはなかった。


「そんなことは、断じて許さない。人間界に行きたいとはどうしてそんな考えになるんだ。困った孫娘じゃのう。まさか、人間の・・・」執務室に大きな声がひびきわたった。

「あなた、それは言ってはいけません・・・。確かに、そうかもしれませんが、あの子も苦しんでいるのですから、絶対に蒸し返してはいけません」

「あぁ、そうだね、とにかくいい方法を考えよう」部族長のバルモランは困り果てた表情で妻アミノにつぶやいた。バルモランは妖精界の首族長、すなわち、妖精界の最高の地位に立っていた。妖力ではだれもかなうものはいなかった。天空を引き裂き、大地を揺るがすとも言われていた。しかも妖精界の人望も集めた最高の部族長として長くその地位を築いてきた。厳しい面を持ちながら、優しすぎるきらいがあった。特に、娘のアベルと。孫娘のナルルには弱く、手こずっているのが現実だった。自由奔放に育てた結果がうまくいかない原因だったかと反省してもいた。

「お父さん!」

「あぁー、いいところにきたね。アベル。でも、お父さんじゃなくて、首族長とこの場は呼んでもらえんものかなぁ。それにドアをノックしてだね」

「ナルルはもう大人です。自由を与えてあげてください」勢いよくナルルの母親のアベルが言い放った。

「いきなり、あのなぁ、部族長としてはだね・・・いろいろな調整があるから。孫娘だからと言って特別扱いはできないんだよ。わかってくれるね」

「そんな古臭い考えじゃなくて、ある程度の自由は子供にも必要です。ナルルを短期留学で人間界に送ってください。でないとあの子は何するか・・・心配」

「人間界に短期留学なんて。無茶言うなよ、そんな制度はないし」

「ないなら、今作ってください」

「おいおまえはどう思う」バルモランは、返答に困りはて妻アミノに助け船を求めた。

「・・・・」妻は無言を通した。

 どうせ反対しても娘アベルが言い出したら聞かないことをわかっていたし、ケンカするだけ無駄と思えた。夫はいずれ、娘には弱く許可するのが落ちだとわかっているから、何も言わない方がいいという結論だった。

「人間界への短期留学は、制度もできてないし、人間界には妖精界試験の合格者以外はいけないという規律があるし。まぁ、学長とも相談をしないと、私一存で全ては決められないんだよ」

「首族長の権限は最高ですから、お父様から言ってもらえれば・・・。インターン制度が必要です。少し人間界を見てくるという事は人格形成でも重要ですわ。それに・・・頼れるのは族長のおとう様しかいませんから」首族長バルモランは娘のお願いには、かなり弱かった。娘の強引な要求で、通らなかったことは一度もないほどの威力だった。

「もし、聞いていただけないようでしたら。私もナルルも少し家を離れて暮らします」娘のアベルは本気だった。

「じゃあまた、人間界に行って・・・」

「あなたそれは、言いすぎても」妻アミノが言葉を遮った。

「そんな、大騒ぎすることじゃないだろう。少し時間をもらえんか。とにかく学長とだね。わかったから、大人しくしていてくれ、頼むから」いつもになく娘の目はきつく、これ以上の説得はムダと感じた。族長としても半分返事をする以外にないと感じた。これまでも、短期留学の要望は学園には出されていた。もうそろそろ抑えがきかなくなり始め、対策を考える事が必要だという声も出ていたのである。

 と、そこに、守衛隊長が執務室に飛び込んできた。

「大変です、族長。あっ、これはお揃いでしたか」

「どうしたというんだ。何があったんだ」

「それが、妖精界線を破り人間界に入った妖精がでまして」

「なんじゃと、で・・・。誰が、だれが飛び出したというん、だ。まさか」

「いいずらいのですが、ナルルさんです」

 母のアベルはそこまで聞くと、執務室を飛び出していった。

 妻アミノはただ黙ったまま何か感慨深げに事態を見守っていた。妻アミノは一向に驚くそぶりもなく、冷静に見えた。

 ナルルはついに妖精の世界を飛び出し、人間界へと向かったのである。

 守備隊長は、話しを続けた。

「さらに問題が出ています。クルミリンの森一帯に火災が発生しています」

「なんだと、ナルルの脱出と関係があるのか」

「そうとは言えませんが。いま分析をしておりまして、対処法を考えているところです」

 妖精界では、自然が完全に制御されてるため、火災はほんらい発生することはなかった。人間界からの汚染物質や花粉などが大量に入ってきたり、時には、流星群が落ちてきて大火災となったこともある。それらの異物に対し浄化作用が発生するために一時的に火災が発生することがあった。その場合は自然の浄化作用なので火災を止めても、異物が消化されていない以上、別の場所で次にまた火災が発生してしまうため、鎮火は人為的にするのではなく自然鎮火を待つことになる。妖力で一気に消し止めたり、水などを用いて自然を破壊することは場合によっては逆効果となる事もあるためできないのである。ただ、その鎮火を待つ間に、動物や昆虫、妖精の住家を一時的に救出するために、多くの妖精の出動が必要となり、大きな火災が発生したりすると一大事件となる。今回も大きな火災になってもおかしくはなく、ナルルの捜索よりも火災の鎮火と住民の避難に注力する対策が取られた。

「とにかく、火災の鎮火にむけて、全力を注いでくれ。ナルルの事はそのあとで、考えよう」首族長は判断を下した。

「わかりました。ナルルさんの捜索救出はとりあえずは後回しという事で火災の収拾を優先いたします」警備隊長は執務室を急いで出て行った。

 そこに、今度は入れ替わるような形で、長老や族長たちが執務室に押しかけてきた。

「今回はどういったことでしょうか、主族長。説明をいただきたい。ナルルが妖精の境界線を破ったことが原因で、大火災が発生しているという話しが街中から出ています。本当なのでしょうか」長老から説明を求める声が出た。

「今、火災の対処法を取っているところです。また、原因が何なのかはまだはっきりとは申し上げられません。とにかく、我々として今後どうするかを、会議を開いて皆さんの声も出していただき、考えてみたいと思います」

 首族長は長老や各族長に会議室で話し合う事を促した。ナルルの人間界への脱出事件は、意外にも大きな事件に発展してしまった。妖精界に予想しなかった大きな波紋を起こしてしまったようだ。とうぜん、ナルルが人間社会に関心が強いという事が妖精界に知れ渡ってしまい、いろいろなこれまでの出生の事実など、隠し通すことができにくい状況となってきていた。

 会議の進展にもよるが、ナルルは妖精界を追放され、また、おじいさんである首族長の責任も問われることにもなってきた。もし、妖精界を追放されると、ナルルは二度と妖精界には帰れないし、妖力も封じられ使う事はできなくなる。もっとも、人間界では妖力が使えるのは最大で3日間であり、3日以内に妖精界に戻らなければ、妖力は次第に使えなくなり、ただの人間と同じになってしまう。もちろん、背中に着いた羽もなくなり、空を自由に飛ぶこともできなくなる。時空間を破った場所に戻ることもできず、自分の力では再び妖精界に戻ることができなくなる。今回、ナルルが飛び立った場所は、かなり山奥だったため、歩いては到底その場所には戻れないほどの険しい場所だった。ある意味では、妖精界には戻ることはないという覚悟を決めての、人間界への脱出行動とも言えなくもない行動だった。


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