ゆりばたけ
くしやき
だからこの死に意味がある(1)
pixivさんの百合文芸5に投げつけた短編です。
ふたりの殺し屋が死ぬ話。
―――
1
「どうか死なないで、生きて、生きて!」
そう懇願する彼女の目の前でワタシは迷うことなく喉を切り開いた。鮮血色の幕が下りてワタシの命はそこで終わる。
最期に感じたものは彼女の熱と涙の震え。
間違いなく、ワタシは笑って死んでいた。
2
白雪。
そう呼ばれる女と出会ったのは『学園』に入学してしばらくしてからだった。目もくらむようなプラチナブロンドを一つ結びに垂らす、氷でできた瞳の女だ。ただひたすらに美しく、けれど瞳だけではなく態度や表情すべてが冷ややかに凍てついてまるで空から降ってくる氷の結晶のようだからと、面白半分に雪に喩えられる女だった。
出身は分からず、年齢は当時8歳。もっともその年齢は正確ではない。身寄りどころかともすれば身分さえない子供を世界各地から集めては殺しの技術を教え込む学園の生徒だ、そんなものは珍しいことでもなかった。
「本日よりバディを組んでもらう。今後ともに暮らし、ともに生き、ともに殺す自らの片割れとなる者だ。変更は認められない」
学園の生徒は二人一組で実戦を行う。そうすることで
彼女は学園の同期生の中では一番近接戦闘に優れ、そして銃の扱いは二番目だった。だから一番銃の扱いに優れて二番目に近接戦闘が上手いワタシと組むことになった。
マリー、という名前を知ったのはそのときだ。
「はじめまして。ワタシはローズ。バラ園のいけがきにつかまって、ぴぃぴぃ泣いていたからローズなの」
「……」
当時、ワタシは彼女のことが気に入らなかった。
とっておきの自虐ネタを一瞥だけで無視したこともそうだが、彼女はあまりにも口数が少ないのだ。ワタシにしても協調性のあるほうではないが、それでもバディとしてともに過ごすのだから最低限のコミュニケーションというものがあるだろう。彼女にはそれがなかった。
はじめはそれでも彼女とコミュニケーションを図ろうとした。
「ワタシはあなたよりすこしお姉さんだから、上のベッドをつかっていいよ」
「……」
「ケーコーヨーエナジーバーはたくさん味があるってしってる? ワタシはこのハニーアップルがすきなの」
「……」
「さっきキョーカンが言ってたんだけど、こんどコロすんだって。なわでしばってあるから危なくないらしいよ。コロすのっていたいのかな」
「……」
なにを言っても無言。ときおり業務的な報告に対してあいづちらしきものを返してくるが、それだけ。好きになりようもなかった。
途中で嫌になってバディの変更を申し立てたが一蹴されたので、最終的にはあきらめて、ソロがふたりいるだけという認識に落ち着いた。
なにせワタシも彼女も成績は優秀だった。コミュニケーションはなくとも協力訓練で困ることはなかった。互いにやるべきことをやればだれよりもうまくやれたのだ。
そのころには訓練も一通り終わって、初めての実戦を迎えるころだった。バディを組み始めて半月ほどだ。
はじめての実戦は、森の中に根城を築いたどこぞの犯罪組織だった。
幼少の学園生などただの道具で、相手が何者であるかなど教わらない。ワタシはそれでもよかった。なにも知らずとも訓練通り潜入し、訓練通りに目標を殺せた。
しかしマリーはそうではなかった。
ワタシが三人を殺したころ彼女は一人目に拳銃を突き付けていた。半狂乱の女は拳銃を抜き出そうとしていたが間に合うはずもない。
そのはずなのに、結果的にマリーは撃たれた。
この土壇場で、引き金を引くのをためらったのだ。
弾丸が彼女の頬をかすめてから、マリーはようやくそれを撃ち殺した。顔面に突き刺さった弾丸は女をぶち壊してその肉をまき散らした。転がり落ちた眼球をマリーがぼうぜんと見下ろしていたから、ワタシはそれをフォローする羽目になった。
しばらくすると彼女は相変わらず凍り付いた表情でまた動き出したが、今度は引き金を引くのにためらうことはなかった。
そして作戦が終わった後、合流地点へと移動している最中に、彼女は激しく嘔吐したのだ。
「げぇ、お、おぇっ、うぅ……」
「マリー? どうしたの?」
「どうしたの? どうしたのってなに!?」
「ま、まりー?」
彼女がまともに言葉を発するところさえ初めて聞いた私にとって、彼女が声を荒げるなどというのは想像もできないことだった。
「ころしたんだぞ人をッ!」
「ぶげっ」
あまりのことに硬直する私を殴り倒し、組み伏せて、彼女は吐しゃ物とともに絶叫をまき散らした。
「あの女の人! 目玉が飛び出てた! わ、私を見てた! ここをタマがかすめたんだ! まだあついんだ! ひりひりする! イタいんだ! 私たちもしぬかもしれなかった!」
彼女の頬には銃弾のかすめた擦過傷があった。それくらいなら私にもある。作戦のために支給されたボディスーツはいたるところが破れていたし、耳元に風切り音だって聞いた。
殺したし、死ぬかもしれなかった。
訓練で習ったように。
「なんなんだよ……ころしたらしぬんだぞ……しんだらしぬのになんでへいきなんだ……しんだらひとりなんだ……さみしいんだ……」
彼女は泣いていた。恐れていた。震えていた。
まるでそれは、年相応の幼い少女のようだった。
ワタシはふと、学園に連れてこられる前のことを思い出していた。
どこともしれない貧民街でゴミを漁って暮らしていたころ、ワタシの後ろにつきまとっていた、自分より小さく、幼く、わがままで目障りな子供が、ある日死体となって野良犬に貪られていたのを発見したときのことだ。
その死体は腹部が真っ青に染まって、口から吐しゃ物と血をまき散らしていた。酔っ払いにでも蹴られて、内臓が破裂して死んだのだろう。
名前も知らない、あるかさえ分からない少女だった。悲しみはなく、ただ悟った。
人は死ぬし、殺すのだ。
そこに意味などないのだろう。
その少女の死に顔と、このときのマリーが重なった。
けれどマリーは彼女よりもずっと美しく、そしてなによりワタシにとって意味のある人間だった。
「さみしいことなんてない」
「は?」
「ワタシはあなたのバディだから、あなたとワタシはいっしょにしぬ。だからひとりじゃない」
彼女のぽかんと口を開けた間抜けな顔をよく覚えている。
あまりの驚きに怒りもどこかへ行ってしまったらしい彼女の下から這い出した私は、まず土で顔をぬぐった。拳銃をクワに耕した地面へと吐しゃ物を混ぜ込んで痕跡を始末して、それからスーツをはだけ、彼女の口周りをむき出しになったお腹で拭い、胸の先で涙をすくいとった。
私の顔は土にまみれ、頬は腫れ、切れた唇から血も流れている。後で鏡でみたらひどく痛々しかった。
けれど彼女は美しく、ただ美しかった。
ワタシがそうしてやったのだと思うとたしかな満足感を覚えた。そのころにはすでに、ワタシは美しい彼女が好きだった。
学園に戻ったワタシたちは熱いシャワーを浴びた。保健室で傷を治療し、体育館に集められた。
体育館には同期生たちが続々と集められた。
けれど教官が壇上に立つころになっても、いくつか見知った顔がなかった。そろったみんなも傷だらけで、腕や足のないものもいて、ひとりぼっちでいるものもいた。
バディともに五体満足でそろい、そして仕事を完璧にこなしたのはワタシたちだけだったのだ。
教官はワタシたちを特別クラスに入れると発表して、ワタシたちはそれにただ従った。
与えられていた二人部屋に戻ると、はじめはいつものように言葉はなかったが、やがて彼女のほうから話しかけてきた。
「マリーっていうのは、ほんとうはこの子の名前だったんだ。アイツらはかんちがいしたんだ」
彼女はベッドに隠していたテディベアを私に見せた。擦り切れ、色あせた赤いリボンをまいた、とてもよれよれのテディベアだった。
「ほんとの名前は?」
尋ねると、彼女はテディベアをワタシに投げつけてくる。キャッチしたら「あげる」とあっさり言われたから、ワタシはその空虚なプラスチックの瞳を覗き込んだ。
「マリーでいい。それが今の私の名前だから」
その日から、彼女はワタシとふたりきりのときにはよく喋り、よく泣くようになった。
テディベアは、数年後に修復できないくらいボロボロになったから捨ててしまった。
そのときも彼女は少し泣いた。
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