第47話 聖剣の力

「俺たちだって馬鹿じゃない。どうやるのか教えてやるよ」


 怜司と桜が跳躍。同時に蒼麻が杖を振るい業火が放たれる。火炎の波濤が草原を焼き尽くしながら悠司を飲み込もうと襲いかかる。


(目くらましか……だが、こっちにも魔法使いとしての技術ぐらいある。前衛を退かせるなど、考えが甘いぞ)


 炎程度がダメージにならないことはお互いに分かっている。ならば目的は視界を塞ぐことだと悠司は判断。即座に魔力探査を行う。周囲に三つの存在を感知。ほぼ真上にふたつ。前方右側にひとつ。それがさらに右側に移動中。


(前衛という壁がいないのなら、お前を捕らえるなど容易い。なんだ、成長したと思ったがこの程度か?)


 もっとも重要な攻撃手段たる蒼麻の守りを薄くする、という怜司たちの戦略に悠司は嘲笑を浮かべる。

 火炎に包まれながら漆黒の触手が感知した反応へと向かっていく。触手の先端が反応箇所に到達し、捉えた。その瞬間、反応が消失。触手から伝わる感触に悠司が目を見開く。


(違う、これは蒼麻じゃない! 分身のデコイか!!)


 魔力探査に引っかかったのは蒼麻が生成した分身だった。本人は隠蔽魔術により魔力探査を防ぎながら悠司の正面左側へと移動していたのだ。


(くそ、蒼麻を探す暇はない。次はさっき跳んだ怜司か──!)


 落下してくるふたつの反応。悠司が真上へと意識を向ける。最初同様に、まず壁となれる怜司から攻撃してきて桜が続くと考え、身構える。火炎が蒼麻により消失させられると同時に、悠司の目に飛び込んだのは怜司ではなく桜だった。


「なにっ!?」


 桜の急降下攻撃に対して悠司は触手を出そうとするが間に合わない。刀が悠司の右肩に入り、右肺から右脇腹を抜けて切断。リヴァイアサンの再生を妖刀の封印が押し留める。

 さらに続けて怜司の聖剣が悠司の左腕へと振り下ろされる。魔力の防護が間に合わず腕が斬り落とされて地面に落下。すぐに再生が始まるが、聖剣の腹が胴体に叩き込まれて悠司の身体が吹き飛ぶ。


 地面をごろごろと転がってから悠司は停止。脚だけでなんとか立ち上がる。視界の端では蒼麻の詠唱が終わっていた。


(なんだ、封印術じゃないぞ!?)


 悠司の脳内に極大の違和感が走る。封印術にしてはあまりに詠唱が早すぎる。蒼麻の魔法が発動すると同時にその正体に辿り着いた。

 空間から魔力で構成された鎖が現れて悠司の胴体、両脚、首に巻き付く。蒼麻が放ったのは封印術ではなく捕縛術だった。系統としては封印と似た類のため、悠司の魔力干渉を防いできて容易に同化できない。

 だが、同化できないといっても数秒捕縛するのが限界だ。リヴァイアサンを封印しきるほどの封印術の詠唱を終わらせるには、不十分。


「はっ、こんな捕縛術を使ってどうするんだ。封印術発動までは待ってやらんぞ」


 悠司の声には微かな不安と恐怖。相手の行動への違和感が未だに拭えていない。怜司たちの戦術の意図が見えていない以上、安全が保障されていなかった。

 ありうるとしたら桜に細切れにされることぐらいだ、と悠司は考える。だが──


「ああ、分かってる。待つ必要なんかない」


 彼の正面に立っていたのは怜司だった。聖剣の柄が強く握りしめられる。剣身が光り輝き、爆発的に魔力が増大する。


「な、なんだそれは……!」


 光に照らされる悠司の表情が驚愕に染まる。あまりの魔力の強さに言葉を失っていた。

 無限の意識から来る無尽蔵の魔力を持つリヴァイアサンにとって、魔力による攻撃は実質的には脅威ではなかった。どんな存在が相手であれ、相殺し上回るだけの魔力量を彼らは持っていた。

 ただしそれは、魔力の放出が間に合えば、である。聖剣はたった一瞬で尋常ではない魔力量を引き出していた。リヴァイアサンの魔力を纏うのは、決して間に合わない。


「お前が再生できるのは知っている。なら、その身体の全てを消滅させたら、どうだ」

「──っ!!」


 怜司の冷徹な一言に悠司は凍りつく。肉体が完全に消えたらどうなるかなど、当人さえ知る由はなかった。

 死。その恐怖が悠司に、そしてリヴァイアサンの全てに襲いかかる。長らく感じていなかった負の感情が彼らの意識と身体を駆け巡った。


 回避は捕縛されていて不可能。汚泥に変化することも同様に防がれている。

 慌てて悠司が魔力を纏い始めるが──遅かった。


「これが人々の祈りの力だ──受けてみろっ!!」

「怜司ぃいいいいいいいいいいいいっ!!」


 聖剣が振り下ろされ、魔力が解放される。轟音と共に極光が放たれて悠司の全てを飲み込んでいく。

 光は草原を走り抜けて宙を貫き夜空へと駆けていく。魔力による高温の爆風が吹き荒れて草木を焼き払い、空の雲さえを穿ち抜いた。


 眩い輝きが収まると、怜司たちの前方には極大の破壊痕。草原が抉り取られ土が露出し、風景の向こう側にある森林にさえ穴を空け、夜空の雲を吹き飛ばしていた。


 悠司がいたはずの場所には何も残っていない──肉片ひとつ、汚泥一滴たりとも。

 悠司の全てが、完全に消滅していた。

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